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16話 本当の聖女は誰か
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16話 本当の聖女は誰か
噂は、評価ではなく安心から生まれる。
王都の下町。
治療院の前で順番を待つ人々が、いつものように雑談を交わしていた。
「……奇跡ってさ、正直ありがたいけど、ちょっと怖くない?」
誰かがぽつりと漏らした言葉に、周囲が微妙に頷く。
「わかる。凄すぎて、逆に不安になる時がある」
「何か裏があるんじゃないかって」
そんな空気の中で、自然と名前が出た。
「それに比べてさ、マリベーリヤはいいよな」
「ああ、あの平民の娘?」
「奇跡は起こせないけど、問題も起こさない」
その一言は、妙に説得力を持っていた。
---
マリベーリヤは、特別ではない。
魔力を持たず、癒しの力もない。
治癒魔法も使えず、聖なる光を放つこともない。
できるのは――
薬草を煎じること。
包帯を巻くこと。
夜通し、泣く子どもの手を握ること。
それだけだ。
だが、人々は知っている。
それが“危険ではない”ということを。
「奇跡を起こすと、期待される」
「期待されると、失敗した時が怖い」
「でも、マリベーリヤは違う」
「できないことを、できないと言う」
「無理をしない」
それは、突出した才能ではない。
だが、裏切られることもない。
「普通だから、信用できる」
「普通だから、安心できる」
その評価は、ゆっくりと、しかし確実に広がっていった。
---
一方、王宮。
文官たちの間でも、その話題は避けられなくなっていた。
「マリベーリヤ……特別な力は、確認されていません」
「ええ。完全な平民です」
「それなのに、なぜ“聖女ではないか”という声が出る?」
その問いに、答えたのは年嵩の官僚だった。
「理由は単純です」
一拍置いて、言い切る。
「奇跡は起こせないが、問題も起こさないからです」
会議室に、静かな沈黙が落ちた。
「奇跡は、国を救うこともあります」
「同時に、国を揺らすこともある」
「だが……」
言葉を選びながら、続ける。
「彼女は、何も揺らさない」
それは、皮肉だった。
奇跡を持たないことが、
政治的に“安全”と評価される。
「では……シャマル様は?」
誰かが、慎重に名前を出した。
「婚約者としては完璧です」
「失言なし、暴走なし、事故なし」
「……つまり」
別の文官が、ぽつりと呟く。
「こちらも、“問題を起こさない”」
似ている。
あまりにも。
---
その日の午後。
シャマルは、王宮の書庫で書類整理をしていた。
物資配分。
派遣要請。
予算の再調整。
(……今日も、平穏ですね)
それを良いことだと、彼女は思っていた。
だが、側近が声をかける。
「シャマル様……民の間で、少し奇妙な噂が」
「ええ。“本当の聖女は誰か”、でしょう?」
側近は驚いた顔をした。
「ご存じでしたか」
「ええ。理由も」
シャマルは、淡々と言った。
「マリベーリヤは、普通だから評価されている」
「普通で、奇跡を起こせない。でも――」
一瞬、言葉を区切る。
「問題も起こさない」
側近は、苦い顔をした。
「……その通りです」
シャマルは、小さく微笑んだ。
「似ていますね。私と」
「……はい」
「私は、奇跡を見せない聖女」
「彼女は、奇跡を持たない平民」
「どちらも、“安全”」
その言葉には、諦観が滲んでいた。
---
王宮の廊下。
貴族たちの間でも、比較は始まっていた。
「シャマル様は、完璧すぎる」
「完成されすぎていて、隙がない」
「それに比べて、マリベーリヤは……」
「普通だ」
「だから、信じられる」
誰も、悪意を持っていない。
むしろ、好意だ。
だが、その好意は残酷だった。
奇跡を求めない人々は、
“安心できる象徴”を欲しがる。
そして、その象徴は一つでいい。
---
夜。
シャマルは、窓辺に立ち、王都の灯を眺めていた。
「……奇跡は起こせないけど、問題も起こさない」
その言葉を、静かに反芻する。
「随分と、都合のいい評価ですね」
奇跡を起こさないことが、美徳。
波風を立てないことが、価値。
(それを“聖女”と呼ぶのなら)
シャマルは、目を閉じた。
(いずれ、誰かが壊す)
期待は積み上がり、
安心は依存に変わり、
やがて“何もしない”ことが、罪になる。
比較が始まった時点で、
もう誰も無傷ではいられない。
本当の聖女は誰か。
その問いは、
答えを求めるふりをしながら、
静かに“次の犠牲”を探し始めていた。
噂は、評価ではなく安心から生まれる。
王都の下町。
治療院の前で順番を待つ人々が、いつものように雑談を交わしていた。
「……奇跡ってさ、正直ありがたいけど、ちょっと怖くない?」
誰かがぽつりと漏らした言葉に、周囲が微妙に頷く。
「わかる。凄すぎて、逆に不安になる時がある」
「何か裏があるんじゃないかって」
そんな空気の中で、自然と名前が出た。
「それに比べてさ、マリベーリヤはいいよな」
「ああ、あの平民の娘?」
「奇跡は起こせないけど、問題も起こさない」
その一言は、妙に説得力を持っていた。
---
マリベーリヤは、特別ではない。
魔力を持たず、癒しの力もない。
治癒魔法も使えず、聖なる光を放つこともない。
できるのは――
薬草を煎じること。
包帯を巻くこと。
夜通し、泣く子どもの手を握ること。
それだけだ。
だが、人々は知っている。
それが“危険ではない”ということを。
「奇跡を起こすと、期待される」
「期待されると、失敗した時が怖い」
「でも、マリベーリヤは違う」
「できないことを、できないと言う」
「無理をしない」
それは、突出した才能ではない。
だが、裏切られることもない。
「普通だから、信用できる」
「普通だから、安心できる」
その評価は、ゆっくりと、しかし確実に広がっていった。
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一方、王宮。
文官たちの間でも、その話題は避けられなくなっていた。
「マリベーリヤ……特別な力は、確認されていません」
「ええ。完全な平民です」
「それなのに、なぜ“聖女ではないか”という声が出る?」
その問いに、答えたのは年嵩の官僚だった。
「理由は単純です」
一拍置いて、言い切る。
「奇跡は起こせないが、問題も起こさないからです」
会議室に、静かな沈黙が落ちた。
「奇跡は、国を救うこともあります」
「同時に、国を揺らすこともある」
「だが……」
言葉を選びながら、続ける。
「彼女は、何も揺らさない」
それは、皮肉だった。
奇跡を持たないことが、
政治的に“安全”と評価される。
「では……シャマル様は?」
誰かが、慎重に名前を出した。
「婚約者としては完璧です」
「失言なし、暴走なし、事故なし」
「……つまり」
別の文官が、ぽつりと呟く。
「こちらも、“問題を起こさない”」
似ている。
あまりにも。
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その日の午後。
シャマルは、王宮の書庫で書類整理をしていた。
物資配分。
派遣要請。
予算の再調整。
(……今日も、平穏ですね)
それを良いことだと、彼女は思っていた。
だが、側近が声をかける。
「シャマル様……民の間で、少し奇妙な噂が」
「ええ。“本当の聖女は誰か”、でしょう?」
側近は驚いた顔をした。
「ご存じでしたか」
「ええ。理由も」
シャマルは、淡々と言った。
「マリベーリヤは、普通だから評価されている」
「普通で、奇跡を起こせない。でも――」
一瞬、言葉を区切る。
「問題も起こさない」
側近は、苦い顔をした。
「……その通りです」
シャマルは、小さく微笑んだ。
「似ていますね。私と」
「……はい」
「私は、奇跡を見せない聖女」
「彼女は、奇跡を持たない平民」
「どちらも、“安全”」
その言葉には、諦観が滲んでいた。
---
王宮の廊下。
貴族たちの間でも、比較は始まっていた。
「シャマル様は、完璧すぎる」
「完成されすぎていて、隙がない」
「それに比べて、マリベーリヤは……」
「普通だ」
「だから、信じられる」
誰も、悪意を持っていない。
むしろ、好意だ。
だが、その好意は残酷だった。
奇跡を求めない人々は、
“安心できる象徴”を欲しがる。
そして、その象徴は一つでいい。
---
夜。
シャマルは、窓辺に立ち、王都の灯を眺めていた。
「……奇跡は起こせないけど、問題も起こさない」
その言葉を、静かに反芻する。
「随分と、都合のいい評価ですね」
奇跡を起こさないことが、美徳。
波風を立てないことが、価値。
(それを“聖女”と呼ぶのなら)
シャマルは、目を閉じた。
(いずれ、誰かが壊す)
期待は積み上がり、
安心は依存に変わり、
やがて“何もしない”ことが、罪になる。
比較が始まった時点で、
もう誰も無傷ではいられない。
本当の聖女は誰か。
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答えを求めるふりをしながら、
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