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19話 側近の暴走
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19話 側近の暴走
異変は、あまりにも静かに始まった。
ルヴァンディア王国の使節団が王都に滞在している――それ自体は、珍しいことではない。
表向きは親善、裏では情報収集。どこの国もやっている。
だが、その“裏”が、少しだけ逸脱し始めていた。
「……このままでは、埋もれるな」
使節団の一室。
重いカーテンの内側で、側近の一人が低い声で呟いた。
「何もしなければ、だ」
別の側近が応じる。
彼らは正式な決定権を持たない。だからこそ、結果で示す必要がある立場だった。
「聖女は動かない」
「王宮も静観」
「世論は、落ち着き始めている」
――最悪の流れだ。
「好機は一度きりだぞ」
声が、焦りを帯びる。
「この聖女は、奇跡を起こせる」
「だが、起こさない」
「だからこそ、こちらから“動かす”」
それが、彼らの結論だった。
正規の外交ルートを通せば、時間がかかる。
正式な要請には、審査も契約も必要だ。
何より、“拒否”される可能性がある。
「……回り道は、不要だ」
そう言ったのは、最も若い側近だった。
だが、その若さが、彼を突き動かしていた。
「こちらが先に“事実”を作ればいい」
「聖女が、こちらの庇護下にあるという事実を」
誰かが、躊躇う。
「それは……」
「誘拐とは言わない」
言葉を遮る。
「保護だ」
「一時的な“確保”」
言い換えれば、正当化だ。
彼らは、心のどこかで分かっていた。
それが一線を越える行為だということを。
だが。
「このまま何も起きずに終わるよりは、いい」
その一言が、全てを押し流した。
---
同じ頃。
シャマルは、いつも通りだった。
王宮の一角を静かに歩き、
必要な書類に目を通し、
余計なことは言わない。
(……今日は、妙に視線が多いですね)
違和感は、ほんのわずか。
だが、長く生きてきた聖女の感覚は、それを見逃さなかった。
護衛の配置。
廊下の空気。
人の動線。
どれも、ほんの少しだけズレている。
(……なるほど)
納得と同時に、ため息が出そうになった。
「静かにしていれば、静かに終わる」
それは、希望的観測だったらしい。
---
ルヴァンディア側の側近たちは、すでに動いていた。
正式な命令はない。
だが、誰も止めない。
「失敗すれば、切られる」
「成功すれば、評価される」
単純な賭けだ。
しかも、彼らは“成功する”と信じていた。
「相手は、争いを好まない」
「騒動を嫌う聖女だ」
「なら、力で押せば――」
そこまで考えて、誰も続きを口にしなかった。
考えないことにしたのだ。
---
夜。
王都の外れで、数名の影が動く。
手慣れた動き。
だが、どこか雑だ。
焦りが、判断を鈍らせている。
「急げ」
「警備が変わる前に」
彼らは知らない。
“奇跡を起こさない聖女”が、
“無防備な聖女”ではないことを。
---
シャマルは、その気配を感じ取った瞬間、立ち止まった。
「……来ましたか」
声は、静かだった。
恐怖も、驚きもない。
ただ――
呆れがあった。
「合法手段を試す前に、これですか」
小さく息を吐く。
背後で、何かが動く気配。
次の瞬間――
この“暴走”が、完全な失敗に終わることを、
彼らはまだ知らない。
誘拐未遂事件は、
すでに始まっていた。
そしてそれは、
ルヴァンディア王国にとって、
最悪の一手になる。
異変は、あまりにも静かに始まった。
ルヴァンディア王国の使節団が王都に滞在している――それ自体は、珍しいことではない。
表向きは親善、裏では情報収集。どこの国もやっている。
だが、その“裏”が、少しだけ逸脱し始めていた。
「……このままでは、埋もれるな」
使節団の一室。
重いカーテンの内側で、側近の一人が低い声で呟いた。
「何もしなければ、だ」
別の側近が応じる。
彼らは正式な決定権を持たない。だからこそ、結果で示す必要がある立場だった。
「聖女は動かない」
「王宮も静観」
「世論は、落ち着き始めている」
――最悪の流れだ。
「好機は一度きりだぞ」
声が、焦りを帯びる。
「この聖女は、奇跡を起こせる」
「だが、起こさない」
「だからこそ、こちらから“動かす”」
それが、彼らの結論だった。
正規の外交ルートを通せば、時間がかかる。
正式な要請には、審査も契約も必要だ。
何より、“拒否”される可能性がある。
「……回り道は、不要だ」
そう言ったのは、最も若い側近だった。
だが、その若さが、彼を突き動かしていた。
「こちらが先に“事実”を作ればいい」
「聖女が、こちらの庇護下にあるという事実を」
誰かが、躊躇う。
「それは……」
「誘拐とは言わない」
言葉を遮る。
「保護だ」
「一時的な“確保”」
言い換えれば、正当化だ。
彼らは、心のどこかで分かっていた。
それが一線を越える行為だということを。
だが。
「このまま何も起きずに終わるよりは、いい」
その一言が、全てを押し流した。
---
同じ頃。
シャマルは、いつも通りだった。
王宮の一角を静かに歩き、
必要な書類に目を通し、
余計なことは言わない。
(……今日は、妙に視線が多いですね)
違和感は、ほんのわずか。
だが、長く生きてきた聖女の感覚は、それを見逃さなかった。
護衛の配置。
廊下の空気。
人の動線。
どれも、ほんの少しだけズレている。
(……なるほど)
納得と同時に、ため息が出そうになった。
「静かにしていれば、静かに終わる」
それは、希望的観測だったらしい。
---
ルヴァンディア側の側近たちは、すでに動いていた。
正式な命令はない。
だが、誰も止めない。
「失敗すれば、切られる」
「成功すれば、評価される」
単純な賭けだ。
しかも、彼らは“成功する”と信じていた。
「相手は、争いを好まない」
「騒動を嫌う聖女だ」
「なら、力で押せば――」
そこまで考えて、誰も続きを口にしなかった。
考えないことにしたのだ。
---
夜。
王都の外れで、数名の影が動く。
手慣れた動き。
だが、どこか雑だ。
焦りが、判断を鈍らせている。
「急げ」
「警備が変わる前に」
彼らは知らない。
“奇跡を起こさない聖女”が、
“無防備な聖女”ではないことを。
---
シャマルは、その気配を感じ取った瞬間、立ち止まった。
「……来ましたか」
声は、静かだった。
恐怖も、驚きもない。
ただ――
呆れがあった。
「合法手段を試す前に、これですか」
小さく息を吐く。
背後で、何かが動く気配。
次の瞬間――
この“暴走”が、完全な失敗に終わることを、
彼らはまだ知らない。
誘拐未遂事件は、
すでに始まっていた。
そしてそれは、
ルヴァンディア王国にとって、
最悪の一手になる。
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