サブスク聖女と偽装婚約、始めました 〜婚約は、サブスクできないのでお断りです〜

ふわふわ

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37話 婚約破棄後の静かな日常

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37話 婚約破棄後の静かな日常

 婚約破棄から数日。

 王都は、驚くほど平穏だった。
 あれほど注目を集めた舞踏会の翌日こそ噂は飛び交ったものの、人々の関心は次第に別の話題へと移っていく。
 誰かが泣き崩れたわけでも、王家が動いたわけでもない。
 騒動にならなかったこと自体が、逆に「もう終わった話」として扱われていた。

 シャマルにとっては、理想的な結果だった。

(……静かですわね)

 自室のテーブルで書類を整理しながら、そんなことを思う。
 婚約者という肩書きが消えただけで、生活は何も変わらない。
 それが、妙に心地よかった。

 午後、庭園に面した応接スペースで紅茶を飲んでいると、見慣れた顔が現れた。

「相変わらず、落ち着いてるな」

 ウィットンだった。

「ええ。
 婚約破棄の後というのは、もっと慌ただしいものだと思っていましたけれど」

「それは、普通の人間の話だろ」

 ウィットンは苦笑し、向かいの椅子に腰を下ろす。

「で?」

 シャマルは、カップを置いてにっこり微笑んだ。

「アルフェリア様とは、婚約なさらないのですか?」

「……は?」

 ウィットンが、目を瞬かせる。

「だから……彼女とは、そんな付き合いではない」

「まあ」

 シャマルは、わざとらしく目を見開いた。

「遊び、ですの?」

「人聞きの悪い言い方するな!」

 即座に声を荒げる。

「ただの友人だ!
 本当に、それだけだ!」

「そうですの」

 シャマルは、くすりと笑った。

「では、今ごろお困りでしょうね」

「……何がだ?」

「知らないところで、
 “婚約者”にされて」

 ウィットンが、ぴたりと固まった。

「……待て」

 嫌な予感が、全力で顔に出ている。

「それ、どういう意味だ」

「文字通りですわ」

 シャマルは、涼しい顔で紅茶を一口。

「舞踏会の場で、あなたがああ言い切った以上、
 周囲は“次の婚約相手は確定”だと思いますもの」

「……」

「平民の神官見習い。
 健気で、清らかで、元婚約者より相応しい女性」

「……」

「物語としては、完璧ですわ」

「お前のせいだろ……!」

 ウィットンが頭を抱える。

「だいたい、なんでシャマルが彼女のことを知ってるんだ!?」

「さあ?」

 シャマルは、楽しそうに首をかしげた。

「秘密ですわ」

「絶対ろくな理由じゃないだろ……」

「失礼ですわね。
 情報収集は、貴族の嗜みです」

「怖すぎる」

 二人の間に、短い沈黙が落ちる。

 やがて、ウィットンが深く息を吐いた。

「……まあいい」

「誤解なら、そのうち解ける」

「そうでしょうか」

 シャマルは、少しだけ意味深な笑みを浮かべる。

「世間というのは、
 否定よりも、想像の方が好きですのよ?」

「やめろ。
 嫌な未来しか見えない」

「ご安心なさい」

 シャマルは、肩をすくめた。

「私はもう、無関係ですから」

「それが一番信用ならないんだが」

 そう言いながらも、ウィットンの表情はどこか軽い。
 婚約者という重荷が消え、互いに遠慮なく言葉を交わせる関係に戻っただけだ。

(……本当に、終わったのね)

 シャマルは、心の中でそう実感する。

 恋愛の余韻も、悲嘆もない。
 あるのは、少しの雑談と、少しの皮肉。

 それで十分だった。

 庭園には、穏やかな風が吹いている。
 婚約破棄の後の日常は、驚くほど静かで――

 そして、どこまでも自由だった。
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