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第六話 止まった歯車
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第六話 止まった歯車
王宮の執務室に、重たい沈黙が落ちていた。
机の上には山のような書類。 そのどれもに、赤い印が押されている。
――保留。 ――凍結。 ――再審査。
アルヴィオンはその文字を睨みつける。
「……こんなはずではなかった」
呟きは誰にも届かない。
隣に立つ側近が、低く告げる。
「港湾整備の資材が届きません。支払い保証が停止されたため、商会が出荷を見合わせております」
「代替案は?」
「ございません」
短い答え。
「軍備改革の契約も同様です。武器鍛造の職人が手を止めました」
アルヴィオンは拳を握る。
「たかが一公爵家の支援だろう!」
側近は視線を伏せる。
「“たかが”ではございません。王家の信用の象徴でございました」
象徴。
その言葉が、やけに重い。
「再交渉だ。条件を提示しろ」
「既に打診しております」
「ならば?」
側近はわずかに躊躇う。
「カーディス家は、冷静でございます」
その言葉に、アルヴィオンの眉が寄る。
「冷静?」
「感情的な対立は避け、契約条文通りの処理を行っているだけ、と」
それが余計に苛立たせる。
怒っていればまだいい。 泣いていれば、説得もできる。
だが彼女は、何も乱していない。
ただ、線を引いた。
「……呼べ」
低い声。
「アデルフィーナを、今すぐここへ」
「先日もお断りされました」
「王命だ!」
側近は静かに言う。
「婚約は、殿下ご自身が破棄なさいました」
言葉が詰まる。
王命を下す理由がない。
アルヴィオンは椅子に沈み込む。
頭の奥で、昨夜の光景がよみがえる。
「承りましたわ」
あの穏やかな微笑み。
その意味を、今になって理解し始めている。
一方、カーディス公爵邸。
書斎では、アデルフィーナが新たな書簡を確認していた。
「港湾商会より連絡が参っております」
執事が報告する。
「王宮の保証が停止されたため、契約を見直したいとのこと」
「当然ですわね」
彼女は淡々と答える。
「信用とは、連鎖するものですもの」
侍女が不安げに尋ねる。
「王太子殿下が困られていると聞きましたが……」
「そうでしょう」
「お心は……痛みませんか?」
アデルフィーナはペンを止める。
少しだけ考える。
「痛むべき理由がございません」
静かな答え。
「殿下は、ご自身の選択をなさった」
窓の外では、庭師が水を撒いている。
水が足りなければ、花は枯れる。
だがそれは、庭師の責任ではない。
「私は、役目を終えました」
書類を閉じる音が、軽く響く。
その頃、王宮ではさらなる報告が上がる。
「外交使節の滞在費が不足しております」
「教育基金の補助金が停止されました」
「商会が新規契約を拒否しております」
一つひとつは小さな亀裂。
だが重なれば、大きな歪みになる。
国王は玉座に座り、報告を聞いていた。
「……原因は明白だな」
低く呟く。
側近が頷く。
「はい。婚約破棄による保証停止でございます」
国王の視線が遠くなる。
「アデルフィーナ嬢は、賢い」
その言葉は賞賛でも皮肉でもない。
ただの評価。
「殿下は、甘かった」
静かな結論。
夜。
王宮の廊下を歩くアルヴィオンの足取りは重い。
壁に掛けられた歴代王の肖像画が、やけに冷たく見える。
「私は、間違っていない」
自分に言い聞かせる。
「愛を選んだだけだ」
だが愛は、港を整備しない。 愛は、軍を動かさない。 愛は、契約を保証しない。
その現実が、静かに迫る。
カーディス邸の庭では、月明かりが薔薇を照らしている。
アデルフィーナは窓辺に立ち、夜風を受けていた。
「お嬢様」
執事が一礼する。
「王宮より、三度目の使者が」
彼女は振り返らない。
「内容は」
「殿下が、直接お詫びをしたいと」
沈黙。
そして、穏やかな声。
「お断りいたします」
「承知いたしました」
月は静かに輝いている。
歯車は確実に止まり始めていた。
止めたのは、怒りではない。 復讐でもない。
契約の一行。
そして選択の代償。
王太子はまだ知らない。
これは始まりに過ぎないことを。
止まったのは一つの事業ではない。
彼自身の未来だということを。
王宮の執務室に、重たい沈黙が落ちていた。
机の上には山のような書類。 そのどれもに、赤い印が押されている。
――保留。 ――凍結。 ――再審査。
アルヴィオンはその文字を睨みつける。
「……こんなはずではなかった」
呟きは誰にも届かない。
隣に立つ側近が、低く告げる。
「港湾整備の資材が届きません。支払い保証が停止されたため、商会が出荷を見合わせております」
「代替案は?」
「ございません」
短い答え。
「軍備改革の契約も同様です。武器鍛造の職人が手を止めました」
アルヴィオンは拳を握る。
「たかが一公爵家の支援だろう!」
側近は視線を伏せる。
「“たかが”ではございません。王家の信用の象徴でございました」
象徴。
その言葉が、やけに重い。
「再交渉だ。条件を提示しろ」
「既に打診しております」
「ならば?」
側近はわずかに躊躇う。
「カーディス家は、冷静でございます」
その言葉に、アルヴィオンの眉が寄る。
「冷静?」
「感情的な対立は避け、契約条文通りの処理を行っているだけ、と」
それが余計に苛立たせる。
怒っていればまだいい。 泣いていれば、説得もできる。
だが彼女は、何も乱していない。
ただ、線を引いた。
「……呼べ」
低い声。
「アデルフィーナを、今すぐここへ」
「先日もお断りされました」
「王命だ!」
側近は静かに言う。
「婚約は、殿下ご自身が破棄なさいました」
言葉が詰まる。
王命を下す理由がない。
アルヴィオンは椅子に沈み込む。
頭の奥で、昨夜の光景がよみがえる。
「承りましたわ」
あの穏やかな微笑み。
その意味を、今になって理解し始めている。
一方、カーディス公爵邸。
書斎では、アデルフィーナが新たな書簡を確認していた。
「港湾商会より連絡が参っております」
執事が報告する。
「王宮の保証が停止されたため、契約を見直したいとのこと」
「当然ですわね」
彼女は淡々と答える。
「信用とは、連鎖するものですもの」
侍女が不安げに尋ねる。
「王太子殿下が困られていると聞きましたが……」
「そうでしょう」
「お心は……痛みませんか?」
アデルフィーナはペンを止める。
少しだけ考える。
「痛むべき理由がございません」
静かな答え。
「殿下は、ご自身の選択をなさった」
窓の外では、庭師が水を撒いている。
水が足りなければ、花は枯れる。
だがそれは、庭師の責任ではない。
「私は、役目を終えました」
書類を閉じる音が、軽く響く。
その頃、王宮ではさらなる報告が上がる。
「外交使節の滞在費が不足しております」
「教育基金の補助金が停止されました」
「商会が新規契約を拒否しております」
一つひとつは小さな亀裂。
だが重なれば、大きな歪みになる。
国王は玉座に座り、報告を聞いていた。
「……原因は明白だな」
低く呟く。
側近が頷く。
「はい。婚約破棄による保証停止でございます」
国王の視線が遠くなる。
「アデルフィーナ嬢は、賢い」
その言葉は賞賛でも皮肉でもない。
ただの評価。
「殿下は、甘かった」
静かな結論。
夜。
王宮の廊下を歩くアルヴィオンの足取りは重い。
壁に掛けられた歴代王の肖像画が、やけに冷たく見える。
「私は、間違っていない」
自分に言い聞かせる。
「愛を選んだだけだ」
だが愛は、港を整備しない。 愛は、軍を動かさない。 愛は、契約を保証しない。
その現実が、静かに迫る。
カーディス邸の庭では、月明かりが薔薇を照らしている。
アデルフィーナは窓辺に立ち、夜風を受けていた。
「お嬢様」
執事が一礼する。
「王宮より、三度目の使者が」
彼女は振り返らない。
「内容は」
「殿下が、直接お詫びをしたいと」
沈黙。
そして、穏やかな声。
「お断りいたします」
「承知いたしました」
月は静かに輝いている。
歯車は確実に止まり始めていた。
止めたのは、怒りではない。 復讐でもない。
契約の一行。
そして選択の代償。
王太子はまだ知らない。
これは始まりに過ぎないことを。
止まったのは一つの事業ではない。
彼自身の未来だということを。
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