『「君は飾りだ」と言われた公爵令嬢、契約通りに王太子を廃嫡へ導きました』

ふわふわ

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第十一話 焦り

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第十一話 焦り

王宮の廊下を、アルヴィオンは苛立った足取りで歩いていた。

重い扉が次々と閉まり、背後で控える侍従たちの視線が静かに追ってくる。

「殿下、次の会談まで時間が――」

「キャンセルだ」

短く吐き捨てる。

今は会談などしている場合ではない。

港湾整備は遅延。 教育基金は反発。 軍備改革は停滞。

どれも決定的な失敗ではない。 だが確実に、積み重なっている。

焦りが、胸を締め付ける。

「馬車を用意しろ」

「どちらへ?」

「カーディス公爵邸だ」

侍従の目がわずかに見開かれる。

「……直接、でございますか」

「当然だ」

彼は歯を噛み締める。

「話せば分かる」

その言葉に、確信はない。

だが他に手がない。

一方、カーディス公爵邸。

午後の陽光が静かに差し込む応接室。

アデルフィーナは落ち着いた手つきで茶器を整えていた。

「王太子殿下が、こちらへ向かわれております」

執事が告げる。

侍女が息を呑む。

「お嬢様……」

アデルフィーナはゆっくりとカップを置いた。

「お通しなさい」

その声は、揺れない。

しばらくして、応接室の扉が開く。

アルヴィオンが現れる。

かつては堂々とした王太子の姿。

だが今日は、どこか影が差している。

「……久しいな」

形式ばった挨拶。

アデルフィーナは立ち上がり、優雅に一礼する。

「ご機嫌よう、殿下」

距離は、きっちりと保たれている。

侍従たちが退出し、室内は二人きりになる。

沈黙。

先に口を開いたのは、アルヴィオンだった。

「回りくどい話はやめよう」

「かしこまりました」

彼は拳を握る。

「戻れ」

短い命令。

アデルフィーナは瞬きを一つ。

「何を、でございましょう」

「婚約だ」

空気が、わずかに冷える。

「公に破棄なさったはずです」

「取り消せばいい!」

声が荒れる。

「私は、感情に流された」

それは半ば本音だ。

「お前がいなければ、改革は進まない」

その言葉に、アデルフィーナの瞳が細くなる。

「それは、私を婚約者として必要とされているのですか」

問いは静か。

だが鋭い。

「……当然だ」

「“婚約者”として?」

アルヴィオンは言葉に詰まる。

「私は、お前を評価している」

「どの点を」

即座に返される。

沈黙。

「……有能だ」

それは称賛のつもりだった。

だがアデルフィーナは微笑まない。

「それは、補助官としての評価ですわね」

「何が違う!」

彼は苛立つ。

「違いますか?」

穏やかな声。

「殿下は、私を“便利な存在”としか見ておられなかった」

アルヴィオンは反論しようとする。

だが言葉が出ない。

事実だからだ。

「真実の愛は」

彼女が続ける。

「どうなさるのですか」

その一言が、重い。

「……あれは」

言い淀む。

あれは、何だったのか。

感情の高揚。 衝動。 逃避。

明確な答えがない。

アデルフィーナは静かに立ち上がる。

窓辺に歩み寄る。

「殿下」

振り返らずに言う。

「私は、契約を守りました」

「だから何だ!」

「殿下は、契約を破棄なさいました」

淡々とした事実。

「責任は、どちらにございますか」

アルヴィオンの喉が鳴る。

焦りが、胸を締め付ける。

「国のためだ!」

彼は叫ぶ。

「国のために、戻れ!」

その言葉に、アデルフィーナはゆっくり振り返る。

「国のため?」

微笑む。

「国のために、私を断罪なさったのでは?」

痛い。

あの夜の舞踏会。

公衆の面前での宣言。

あれは、国のためではなかった。

「……私は間違えた」

ようやく出た言葉。

だが遅い。

アデルフィーナは首を横に振る。

「間違いではございません」

「何?」

「選択です」

その声は、優しいほどに静かだ。

「選択には、代償がございます」

アルヴィオンは初めて理解する。

彼女は怒っていない。

恨んでもいない。

ただ、線を引いた。

それが何よりも、重い。

「戻ることはございません」

はっきりと告げられる。

「私は、殿下の補助装置ではございません」

言葉は柔らかい。

だが断固としている。

沈黙が落ちる。

アルヴィオンは、何も言えない。

焦りは、空回りするだけ。

扉が開き、侍従が入る。

「お時間でございます」

形式的な救い。

アルヴィオンは立ち上がる。

去り際、振り返る。

アデルフィーナは、ただ静かに立っている。

動かない。

揺れない。

王宮へ戻る馬車の中。

アルヴィオンは拳を膝に打ちつける。

「なぜだ……」

答えは単純だ。

彼は愛を選んだ。

彼女は責任を守った。

その違いが、今の結果。

カーディス邸の窓辺で、アデルフィーナは夜空を見上げる。

風が少し強い。

歯車は、さらに軋みを増していた。

そして焦りは、やがて判断を誤らせる。

それは、始まりに過ぎなかった。
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