『「君は飾りだ」と言われた公爵令嬢、契約通りに王太子を廃嫡へ導きました』

ふわふわ

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第十話 助言なき政治

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第十話 助言なき政治

王宮の執務室に、珍しく静かな時間が流れていた。

だがその静けさは、安定ではない。

嵐の前の空白に近い。

アルヴィオンは机に広げられた三枚の書類を見比べていた。

港湾整備の修正案。 軍備改革の再予算案。 そして、新たな外交使節団の派遣計画。

どれも急ぎで決めねばならない。

「殿下、早急なご判断を」

側近の声は控えめだが、焦りを含んでいる。

「……港湾は延期だ」

アルヴィオンは言った。

「軍備を優先する」

「しかし、港湾整備は貿易収入に直結いたします」

「軍が先だ」

短絡的な判断。

だが彼は苛立っていた。

遅れを取り戻さねばならない。

目に見える成果が必要だ。

「では、教育基金は」

「削減だ」

部屋の空気がわずかに凍る。

「地方の反発が予想されますが」

「仕方がない!」

声が荒れる。

「全て同時には守れない!」

側近は沈黙する。

かつてなら、ここで冷静な提案が入った。

「殿下、優先順位の再設計が必要です」 「短期と中期の資金配分を分けましょう」 「軍備と港湾は連動しております」

そう言って、整理してくれる声があった。

今は、ない。

決定は早い。

だが精度がない。

数日後。

港湾商会が正式に通達を出す。

「整備延期により、契約見直し」

貿易収入の予測が下方修正される。

同時に、地方貴族からの抗議が届く。

「教育基金削減は容認できない」

反発は予想通り。

いや、想定以上だ。

「殿下、南方領主が不満を示しております」

「脅しか?」

「いえ、冷静な抗議です」

冷静。

その言葉が、刺さる。

冷静に動くのは、いつもあの令嬢だった。

一方、カーディス公爵邸。

書斎では、アデルフィーナが静かに報告を聞いていた。

「港湾延期により、貿易商会が条件を再交渉中とのこと」

「そうでしょうね」

「教育基金削減により、地方領主が動いております」

アデルフィーナは指先で机を軽く叩く。

リズムは一定。

「軍備優先の判断ですか」

「はい」

彼女は小さく息を吐く。

「短期的な成果を求められたのでしょう」

侍女が尋ねる。

「誤りですか?」

「誤りではありません」

アデルフィーナは答える。

「ただ、順序が違います」

窓の外、風が枝を揺らす。

「港湾は軍備を支える基盤です」

「……軍備だけを先に強化しても」

「資金が続きません」

淡々とした分析。

感情はない。

ただ構造。

「殿下は焦っておられます」

執事が言う。

「焦りは、助言を遠ざけます」

彼女は紅茶を一口飲む。

「私は助言する立場ではございません」

それは、冷酷ではない。

線引きだ。

その頃、王宮。

地方領主との会談が行われていた。

「基金削減は撤回していただきたい」

落ち着いた声。

「代替案はある」

アルヴィオンは答える。

「軍備が整えば、治安が安定する」

「教育と治安は別問題です」

即座に返される。

議論は噛み合わない。

かつてなら、事前に論点が整理されていた。

反論も準備されていた。

今は、即興。

会談は不完全な形で終わる。

王宮の廊下を歩くアルヴィオンの足取りは重い。

「なぜうまくいかない」

呟きは、誰にも聞かれない。

答えは単純だ。

助言がない。

いや、助言を軽視した結果だ。

夜。

カーディス邸。

アデルフィーナは帳簿を閉じる。

「王宮の動きは鈍いですわね」

執事が頷く。

「決定は早いのですが、修正が遅い」

彼女は微笑む。

「決断と設計は別物です」

王太子は決断する。

だが設計はしていない。

設計をしていた者を、自ら切り捨てた。

窓の外、夜風が強まる。

王都の灯りは変わらない。

だが、その下で。

歯車は、さらに噛み合わなくなっていた。

そして、助言なき政治は、

ゆっくりと、自滅へ向かっている。
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