婚約破棄?ええ、結構ですわ。――私が手を引いた瞬間、国が傾くとも知らずに』

ふわふわ

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第一話 婚約破棄は舞踏会で

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第一話 婚約破棄は舞踏会で

 王城の大広間は、今日も眩しいほどの光に満ちていた。

 煌びやかなシャンデリア。
 宝石を散りばめたような貴族たちの衣装。
 王太子殿下の誕生日を祝う盛大な舞踏会。

 そして――

「レティシア・ヴァルモンド。お前との婚約を、ここに破棄する」

 静まり返る空間。

 音楽が止まり、笑い声が凍りつき、
 百を超える視線が一斉に私へと向けられた。

 私はゆっくりと瞬きをした。

 ああ、とうとう来たのね。

「理由を、伺ってもよろしいでしょうか。殿下」

 声は震えていない。

 私は公爵令嬢。
 感情を露わにする訓練は、幼い頃に終えている。

 王太子カイゼルは、隣に立つ少女の手を誇らしげに握った。

「俺は真実の愛に目覚めた。隣にいるセリーナこそ、俺の運命の相手だ」

 その少女は、子爵家の娘。
 最近急に社交界へ現れ、
 なぜか王太子の隣を当然のように歩くようになった人物。

 彼女は私を見て、わずかに微笑った。

 勝ち誇った笑み。

 なるほど。

 ……やはり、裏で糸を引いていたのは彼女ね。

「君は優秀だ。だが、冷たい。愛を知らない女だ」

 会場がざわめく。

 冷たい?

 ――この三年間、誰の尻拭いをしてきたと思っているのかしら。

 外交文書の誤字修正。
 財務計画の立て直し。
 無駄な軍拡の抑制。

 殿下が飽きて投げ出した案件を、
 私はすべて水面下で整えてきた。

 王太子としての評価が高いのは、誰のおかげ?

 けれど私は、笑った。

「そうですか」

「……何?」

「婚約破棄、承りましたわ」

 会場が息を呑む。

 泣き崩れると思ったのだろうか。
 縋りつくと思ったのだろうか。

「随分あっさりだな」

「ええ。愛のない婚約など、互いに不幸ですもの」

 私は優雅にスカートを持ち上げ、礼を取った。

「では、本日をもって、私は王家の政務補佐からも退きます」

 ――その瞬間。

 王太子の顔色が、わずかに変わった。

「……補佐?」

「ご存じありませんでしたか?」

 私はにっこり微笑む。

「殿下名義で提出されていた政策案の七割は、私の作成です」

 ざわめきが爆発した。

「財務再建案、港湾整備計画、北方同盟との条約草案。すべて、私の名を伏せて提出しておりました」

「な……そんなはずはない!」

「ございますわ。記録も証人も、すべて」

 セリーナの笑みが固まる。

「そ、それは……王太子妃として当然の務めでは?」

「婚約者、ですわ」

 私は穏やかに訂正した。

「まだ、妃ではございません」

 王太子は動揺している。

 当然だ。

 彼は自分が何を失ったか、まだ理解していない。

「まあ、問題ございませんわ。真実の愛があれば、政務など些細なこと」

 小さく笑いが漏れた。

 皮肉だと気づいた者たちだ。

「どうぞ、素晴らしい愛で国をお導きくださいませ」

 私は最後に一礼し、踵を返した。

 背中に突き刺さる無数の視線。

 扉が閉まる直前、
 王太子の声が響いた。

「待て! 話はまだ――」

 遅い。

 私はもう、振り返らない。

 王城の廊下は、やけに静かだった。

 夜風が頬を撫でる。

 自由。

 胸の奥に、じわりと広がる感情。

 悲しみ?

 違う。

 解放だ。

 私は馬車に乗り込み、呟いた。

「……さて」

 公爵家の財務を立て直し、
 王家の資金繰りを陰で支え、
 外交を整えてきた私が、手を引く。

 どうなるかしらね。

 御者が馬を走らせる。

 その頃、王城では――

「殿下! 北方同盟から抗議文が!」

「何だと!?」

「財務局が混乱しております! 次期予算案が存在しないと!」

「港湾整備は!? 着工の許可書は!?」

 悲鳴が上がる。

 私は目を閉じた。

 三日。

 混乱が表面化するまで。

 一週間。

 王都がざわつくまで。

 一ヶ月。

 ――王太子の評価が崩れ落ちるまで。

 婚約破棄?

 ええ、結構ですわ。

 ですが。

 その代償は、少々高くつきましてよ。

 私は静かに笑った。

 これが――

 私の、反撃の始まり。

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