婚約破棄?ええ、結構ですわ。――私が手を引いた瞬間、国が傾くとも知らずに』

ふわふわ

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第七話 王太子、直撃訪問なさる

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第七話 王太子、直撃訪問なさる

 予想はしておりましたけれど。

 まさか本当に来るとは思いませんでしたわ。

「王太子殿下、ご到着です!」

 門番の声が、庭まで響く。

 私はティーカップを持ったまま、ゆっくり瞬きをした。

「……ずいぶんお暇でいらっしゃるのね」

 侍女が慌てる。

「お嬢様、応接間の準備を――」

「庭で結構よ」

 逃げも隠れもいたしません。

 ただし、こちらの舞台で。

 やがて、足音。

 王太子カイゼルは、いつもの豪奢な装いで現れたが――

 目の下に、うっすら影。

 寝不足ですわね。

「レティシア」

 呼び捨て。

 あらまあ。

「ごきげんよう、殿下。本日はどのようなご用件で?」

「分かっているだろう」

 苛立ちを隠そうともしない。

「王城は混乱している」

「存じております」

「お前がいなくなってからだ」

「そうですか」

 私は椅子を勧める。

「お座りになります?」

「……」

 座った。

 少しだけ、昔を思い出す。

 まだ私が隣にいた頃。

 こうして書類を並べ、説明し、彼は頷くだけだった。

「戻れ」

 単刀直入。

 命令口調。

「断りますわ」

 即答。

 空気が張り詰める。

「これは国の問題だ!」

「婚約破棄は、個人的な問題では?」

「話をすり替えるな!」

「すり替えておりません」

 私は紅茶を一口。

「私は王家の人間ではございません」

「だが補佐はしていた!」

「善意ですわ」

「善意なら続けろ!」

 あら。

 とうとう本音が出ましたわね。

「殿下」

 私はカップを置く。

「善意は、強制されるものではございません」

 沈黙。

 風が吹く。

「……条件は何だ」

「はい?」

「戻る条件だ」

 焦りが滲む声。

 私は少しだけ首を傾げる。

「条件?」

「地位か? 正式な役職か? 金か?」

 その言葉に、胸の奥が冷える。

「私を、何だと思っていらっしゃるの?」

 思わず、敬語が外れそうになる。

「お前は優秀だ。だが女だ。感情で動く」

 ぴたり。

 空気が止まる。

 ああ。

 これだ。

 これが、あなたの本質。

「私は、感情で動いておりませんわ」

 静かに立ち上がる。

「合理的に判断しただけです」

「合理的?」

「ええ」

 視線をまっすぐ向ける。

「私を必要としないと宣言なさったのは、殿下です」

「それは……」

「冷たい女だと」

 彼は言葉に詰まる。

 ほんの少しの後悔が、見えた。

 でも。

 もう遅い。

「レティシア」

 声が弱まる。

「俺は……」

 そこへ。

「失礼いたします」

 聞き慣れた、落ち着いた声。

 第二王子ユリウスが庭へ入ってきた。

 王太子の顔が凍る。

「なぜお前がここに」

「公務の帰りです」

 穏やかな微笑み。

「兄上こそ」

 視線が交差する。

 静かな火花。

「レティシア嬢に用件が」

「兄上と同じく」

 空気が一気に重くなる。

 私は内心で小さく息を吐く。

 ……面白くなってまいりましたわね。

「兄上」

 ユリウスは落ち着いて続ける。

「彼女はもう王家の補佐官ではない」

「だから戻れと言っている!」

「命令で?」

「俺は王太子だ!」

「だからこそ、慎重であるべきだ」

 静かな正論。

 王太子の拳が震える。

「お前は最初からあいつを――」

「優秀な人材を評価しているだけです」

 真っ直ぐな視線。

「兄上と違って」

 その一言で、空気が裂けた。

「……帰る」

 王太子は立ち上がる。

 悔しさと怒りを滲ませて。

「レティシア。後悔するなよ」

「致しませんわ」

 彼は去る。

 重い足音。

 背中は、どこか小さく見えた。

 庭に残る静寂。

 ユリウスが私を見る。

「お怪我は?」

「ございません」

 くすり、と笑う。

「ただ、少しだけ――」

「何だ」

「自由になったと実感いたしました」

 彼は微笑んだ。

「ならば」

 一歩、近づく。

「その自由を、王国のために使ってほしい」

 私は目を細める。

「王国のため?」

「そして……」

 言いかけて止める。

「いや。今はまだ言うべきではない」

 風が吹く。

 庭の花が揺れる。

 王太子は焦り。

 第二王子は静かに近づく。

 そして私は――

 どちらの隣にも、まだ立っていない。

 けれど。

 選ぶ日が、近づいている。

 盤面が、大きく動き始めた。
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