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第八話 噂は翼を持ちましてよ
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第八話 噂は翼を持ちましてよ
王都の噂は、馬より速い。
そして、塩よりも広がりやすい。
「聞きました? 王太子殿下、公爵令嬢に直撃なさったとか」
「それで? 戻られたの?」
「いいえ。きっぱりお断りされたそうよ」
市場の片隅で、扇子の陰に隠れた囁きが飛び交う。
「第二王子殿下もご訪問なさっていたとか」
「まあ……」
「どちらが王に相応しいか、分かりますわね」
くすくす、と笑い声。
噂は形を変え、色をつけ、翼を持つ。
一方その頃。
王城。
「なぜ俺の行動が広まっている!」
カイゼルの怒声が天井を震わせる。
「王都中が笑っているではないか!」
侍従が青ざめる。
「い、いえ……笑っては……」
「笑っている!」
机に拳が叩きつけられる。
だが怒りは、民の口を閉ざさない。
「殿下」
セリーナがそっと寄り添う。
「噂はすぐ消えますわ」
「消えていない!」
「では、別の話題を作りましょう」
彼女は柔らかく微笑む。
「華やかなものを」
その瞳の奥で、何かが光る。
「……何を考えている」
「王太子妃候補として、慈善事業を始めては?」
甘い提案。
「塩価格高騰で困る民へ、炊き出しを」
「金はどうする」
「公爵家が動いているのですもの。対抗なさるなら派手に」
王太子の顔が歪む。
対抗。
その言葉に火がつく。
「やれ」
「はい、殿下」
セリーナは深く一礼する。
その唇に浮かぶのは、淡い笑み。
――炊き出し。
もちろん善意ではない。
王太子の人気回復。
そして、公爵家への牽制。
民の前で、「王家こそ守っている」と見せつける。
一方、公爵邸。
「炊き出し、ですか」
私は報告書を受け取り、軽く目を通す。
「派手ですわね」
「王都中央広場で行うそうです」
「まあ」
私は静かに笑う。
「素晴らしいではありませんか」
「お嬢様?」
「困る民が減るなら結構なことです」
本心だ。
ただし。
「問題は、資金源ですわね」
侍女が頷く。
「王家の財政は逼迫しております」
「無理をすれば、どこかが歪みます」
炊き出しは人気取りには良い。
だが、継続性はない。
それに――
「塩は高いままですわ」
民は分かっている。
一時の施しと、根本の解決。
どちらが安定をもたらすか。
「お嬢様は動かれませんか?」
「今は」
私は庭を眺める。
「風向きを見ます」
翌日。
中央広場。
セリーナは白いドレスで立っていた。
王太子の隣。
笑顔で、民にスープを配る。
「王太子殿下と未来の妃様だ」
「お優しい……」
歓声。
拍手。
だがその列の中で、ひとりの老人が呟く。
「塩が高いままじゃ、保存食は作れん」
その声は小さい。
けれど確かにある。
その夜。
「炊き出しは成功だ」
王太子は満足げに言う。
「民は喜んでいた」
「ええ」
セリーナは微笑む。
だが侍従が報告する。
「殿下……塩商会がさらに価格を上げました」
「何だと!?」
「炊き出しで在庫が減ると見込んで、買い占めが」
沈黙。
空気が重くなる。
「……公爵家か」
「証拠はございません」
だが疑いは消えない。
そして。
翌朝の新聞。
見出しは大きく踊る。
――王太子の慈善、塩高騰止まらず。
噂は、翼を持つ。
善意も、怒りも。
私は新聞を閉じ、静かに呟く。
「焦っていらっしゃいますわね」
焦りは判断を誤らせる。
その隙を、誰が突くのか。
王太子か。
セリーナか。
それとも――
「第二王子殿下より、舞踏会の招待状です」
私は目を細める。
「……盤面が、また動きますわ」
噂は翼を持ち、
そして刃にもなる。
その刃が、誰に向くのか。
まだ誰も、知らない。
王都の噂は、馬より速い。
そして、塩よりも広がりやすい。
「聞きました? 王太子殿下、公爵令嬢に直撃なさったとか」
「それで? 戻られたの?」
「いいえ。きっぱりお断りされたそうよ」
市場の片隅で、扇子の陰に隠れた囁きが飛び交う。
「第二王子殿下もご訪問なさっていたとか」
「まあ……」
「どちらが王に相応しいか、分かりますわね」
くすくす、と笑い声。
噂は形を変え、色をつけ、翼を持つ。
一方その頃。
王城。
「なぜ俺の行動が広まっている!」
カイゼルの怒声が天井を震わせる。
「王都中が笑っているではないか!」
侍従が青ざめる。
「い、いえ……笑っては……」
「笑っている!」
机に拳が叩きつけられる。
だが怒りは、民の口を閉ざさない。
「殿下」
セリーナがそっと寄り添う。
「噂はすぐ消えますわ」
「消えていない!」
「では、別の話題を作りましょう」
彼女は柔らかく微笑む。
「華やかなものを」
その瞳の奥で、何かが光る。
「……何を考えている」
「王太子妃候補として、慈善事業を始めては?」
甘い提案。
「塩価格高騰で困る民へ、炊き出しを」
「金はどうする」
「公爵家が動いているのですもの。対抗なさるなら派手に」
王太子の顔が歪む。
対抗。
その言葉に火がつく。
「やれ」
「はい、殿下」
セリーナは深く一礼する。
その唇に浮かぶのは、淡い笑み。
――炊き出し。
もちろん善意ではない。
王太子の人気回復。
そして、公爵家への牽制。
民の前で、「王家こそ守っている」と見せつける。
一方、公爵邸。
「炊き出し、ですか」
私は報告書を受け取り、軽く目を通す。
「派手ですわね」
「王都中央広場で行うそうです」
「まあ」
私は静かに笑う。
「素晴らしいではありませんか」
「お嬢様?」
「困る民が減るなら結構なことです」
本心だ。
ただし。
「問題は、資金源ですわね」
侍女が頷く。
「王家の財政は逼迫しております」
「無理をすれば、どこかが歪みます」
炊き出しは人気取りには良い。
だが、継続性はない。
それに――
「塩は高いままですわ」
民は分かっている。
一時の施しと、根本の解決。
どちらが安定をもたらすか。
「お嬢様は動かれませんか?」
「今は」
私は庭を眺める。
「風向きを見ます」
翌日。
中央広場。
セリーナは白いドレスで立っていた。
王太子の隣。
笑顔で、民にスープを配る。
「王太子殿下と未来の妃様だ」
「お優しい……」
歓声。
拍手。
だがその列の中で、ひとりの老人が呟く。
「塩が高いままじゃ、保存食は作れん」
その声は小さい。
けれど確かにある。
その夜。
「炊き出しは成功だ」
王太子は満足げに言う。
「民は喜んでいた」
「ええ」
セリーナは微笑む。
だが侍従が報告する。
「殿下……塩商会がさらに価格を上げました」
「何だと!?」
「炊き出しで在庫が減ると見込んで、買い占めが」
沈黙。
空気が重くなる。
「……公爵家か」
「証拠はございません」
だが疑いは消えない。
そして。
翌朝の新聞。
見出しは大きく踊る。
――王太子の慈善、塩高騰止まらず。
噂は、翼を持つ。
善意も、怒りも。
私は新聞を閉じ、静かに呟く。
「焦っていらっしゃいますわね」
焦りは判断を誤らせる。
その隙を、誰が突くのか。
王太子か。
セリーナか。
それとも――
「第二王子殿下より、舞踏会の招待状です」
私は目を細める。
「……盤面が、また動きますわ」
噂は翼を持ち、
そして刃にもなる。
その刃が、誰に向くのか。
まだ誰も、知らない。
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