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第九話 舞踏会は戦場ですわ
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第九話 舞踏会は戦場ですわ
第二王子主催の舞踏会は、王城とは違う空気を纏っていた。
華美すぎず、けれど品格は失わない。
音楽も柔らかく、招待客も選ばれている。
――落ち着いている。
それだけで、今の王都では珍しかった。
「レティシア様、ご到着です」
名前が告げられた瞬間。
ざわり、と波が広がる。
視線。
好奇。
探るような空気。
私はゆっくりと階段を下りる。
今夜は淡い銀のドレス。
控えめに、しかし揺るがない色。
もう誰かの隣に立つための装いではない。
自分のための装い。
「お久しぶりです、皆様」
にこり、と微笑む。
貴族たちが一斉に頭を下げた。
以前より、深い。
あらまあ。
風向きは、確実に変わっている。
「レティシア嬢」
ユリウスが歩み寄る。
穏やかな微笑み。
「お越しいただき、感謝する」
「お招きに預かり光栄ですわ」
軽く手を取られる。
兄とは違う。
強く引かない。
けれど、離さない。
「今夜は政務の話は抜きにしたい」
「では何のお話を?」
「あなた自身のことを」
一瞬、息が止まる。
私自身?
そんな言葉、久しく聞いていない。
だがそのとき。
大広間の扉が開いた。
ざわめきが、さらに強まる。
「王太子殿下、セリーナ様」
来ましたのね。
カイゼルは堂々と、しかしわずかに険しい顔で入場する。
その隣で、セリーナは完璧な笑み。
白いドレス。
清純を強調する装い。
視線が交差する。
甘い微笑み。
けれどその奥は、冷たい。
「兄上」
ユリウスが軽く礼をする。
「なぜ招待していない俺の名がある」
カイゼルの声は低い。
「王族ですから」
「……」
言い返せない。
セリーナがそっと前に出る。
「レティシア様」
柔らかな声。
「先日はお疲れ様でした」
「何のことでしょう?」
「炊き出しの件ですわ」
「まあ」
私は目を丸くする。
「素晴らしいご活動でしたわね」
「ですが、塩の問題はまだ……」
「殿下が解決なさるでしょう」
にっこり。
空気がぴりつく。
周囲の貴族たちが耳をそばだてている。
ここは舞踏会。
だが実質は、戦場。
「レティシア」
カイゼルが一歩近づく。
「戻る気はないのか」
直球。
ざわり、と空気が動く。
私はゆっくりと扇を開く。
「ございません」
「国が危うい」
「それをお決めになるのは、民ですわ」
「お前は冷たい」
ああ。
またそれ。
「現実的、とおっしゃってくださいませ」
小さく笑う声が広がる。
カイゼルの頬がわずかに赤くなる。
怒りか、羞恥か。
「兄上」
ユリウスが静かに割って入る。
「ここは祝宴の場です」
「……分かっている」
だが目は離さない。
まるで奪われたものを見るように。
その視線を感じながら、私はふと思う。
失ったと自覚した瞬間。
人は執着する。
でも。
執着は、愛ではない。
「レティシア様」
セリーナが、すっと近づく。
「少しだけ、お話を」
「よろしいですわ」
私は彼女と並び、広間の端へ移動する。
音楽が流れる。
誰もが踊っているふりをしながら、こちらを見ている。
「お見事ですわね」
セリーナが低く囁く。
「第二王子を味方につけるなんて」
「味方?」
私は首を傾げる。
「私は誰のものでもございません」
「でも、選ぶおつもりでしょう?」
その瞳が、鋭く光る。
「王妃の座を」
私は小さく笑う。
「興味はございますわ」
否定はしない。
「ですが」
一歩近づく。
「奪うのは、お好きでしょう?」
彼女の瞳が一瞬揺れる。
「何のことかしら」
「王太子の心」
「……」
「塩商会への接触」
「証拠は?」
にこり、と笑い返す。
「ございませんわ」
だから今は、何も言わない。
けれど。
「毒は、甘いほど回るのが早いのです」
音楽が止む。
次の曲。
舞踏の時間。
「レティシア嬢」
ユリウスが手を差し出す。
私はその手を取る。
広間の中央へ。
視線が集中する。
王太子の視線も。
セリーナの微笑みも。
すべてが絡まり合う。
舞踏会は、華やかだ。
だが。
今夜、はっきりしたことがある。
私は、もう捨てられた令嬢ではない。
選ぶ側だ。
そして――
選ばれたいと焦る者たちが、
一歩ずつ、自滅へ近づいている。
音楽が高まる。
ドレスが翻る。
物語は、次の局面へ。
第二王子主催の舞踏会は、王城とは違う空気を纏っていた。
華美すぎず、けれど品格は失わない。
音楽も柔らかく、招待客も選ばれている。
――落ち着いている。
それだけで、今の王都では珍しかった。
「レティシア様、ご到着です」
名前が告げられた瞬間。
ざわり、と波が広がる。
視線。
好奇。
探るような空気。
私はゆっくりと階段を下りる。
今夜は淡い銀のドレス。
控えめに、しかし揺るがない色。
もう誰かの隣に立つための装いではない。
自分のための装い。
「お久しぶりです、皆様」
にこり、と微笑む。
貴族たちが一斉に頭を下げた。
以前より、深い。
あらまあ。
風向きは、確実に変わっている。
「レティシア嬢」
ユリウスが歩み寄る。
穏やかな微笑み。
「お越しいただき、感謝する」
「お招きに預かり光栄ですわ」
軽く手を取られる。
兄とは違う。
強く引かない。
けれど、離さない。
「今夜は政務の話は抜きにしたい」
「では何のお話を?」
「あなた自身のことを」
一瞬、息が止まる。
私自身?
そんな言葉、久しく聞いていない。
だがそのとき。
大広間の扉が開いた。
ざわめきが、さらに強まる。
「王太子殿下、セリーナ様」
来ましたのね。
カイゼルは堂々と、しかしわずかに険しい顔で入場する。
その隣で、セリーナは完璧な笑み。
白いドレス。
清純を強調する装い。
視線が交差する。
甘い微笑み。
けれどその奥は、冷たい。
「兄上」
ユリウスが軽く礼をする。
「なぜ招待していない俺の名がある」
カイゼルの声は低い。
「王族ですから」
「……」
言い返せない。
セリーナがそっと前に出る。
「レティシア様」
柔らかな声。
「先日はお疲れ様でした」
「何のことでしょう?」
「炊き出しの件ですわ」
「まあ」
私は目を丸くする。
「素晴らしいご活動でしたわね」
「ですが、塩の問題はまだ……」
「殿下が解決なさるでしょう」
にっこり。
空気がぴりつく。
周囲の貴族たちが耳をそばだてている。
ここは舞踏会。
だが実質は、戦場。
「レティシア」
カイゼルが一歩近づく。
「戻る気はないのか」
直球。
ざわり、と空気が動く。
私はゆっくりと扇を開く。
「ございません」
「国が危うい」
「それをお決めになるのは、民ですわ」
「お前は冷たい」
ああ。
またそれ。
「現実的、とおっしゃってくださいませ」
小さく笑う声が広がる。
カイゼルの頬がわずかに赤くなる。
怒りか、羞恥か。
「兄上」
ユリウスが静かに割って入る。
「ここは祝宴の場です」
「……分かっている」
だが目は離さない。
まるで奪われたものを見るように。
その視線を感じながら、私はふと思う。
失ったと自覚した瞬間。
人は執着する。
でも。
執着は、愛ではない。
「レティシア様」
セリーナが、すっと近づく。
「少しだけ、お話を」
「よろしいですわ」
私は彼女と並び、広間の端へ移動する。
音楽が流れる。
誰もが踊っているふりをしながら、こちらを見ている。
「お見事ですわね」
セリーナが低く囁く。
「第二王子を味方につけるなんて」
「味方?」
私は首を傾げる。
「私は誰のものでもございません」
「でも、選ぶおつもりでしょう?」
その瞳が、鋭く光る。
「王妃の座を」
私は小さく笑う。
「興味はございますわ」
否定はしない。
「ですが」
一歩近づく。
「奪うのは、お好きでしょう?」
彼女の瞳が一瞬揺れる。
「何のことかしら」
「王太子の心」
「……」
「塩商会への接触」
「証拠は?」
にこり、と笑い返す。
「ございませんわ」
だから今は、何も言わない。
けれど。
「毒は、甘いほど回るのが早いのです」
音楽が止む。
次の曲。
舞踏の時間。
「レティシア嬢」
ユリウスが手を差し出す。
私はその手を取る。
広間の中央へ。
視線が集中する。
王太子の視線も。
セリーナの微笑みも。
すべてが絡まり合う。
舞踏会は、華やかだ。
だが。
今夜、はっきりしたことがある。
私は、もう捨てられた令嬢ではない。
選ぶ側だ。
そして――
選ばれたいと焦る者たちが、
一歩ずつ、自滅へ近づいている。
音楽が高まる。
ドレスが翻る。
物語は、次の局面へ。
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