婚約破棄?ええ、結構ですわ。――私が手を引いた瞬間、国が傾くとも知らずに』

ふわふわ

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第十話 選ぶのは、私ですわ

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第十話 選ぶのは、私ですわ

 舞踏の音楽が止んだ瞬間、広間に残ったのは拍手と――視線だった。

 私とユリウス殿下が中央で一礼すると、ざわめきが波のように広がる。

「お似合いですわね」 「まるで王と王妃のよう……」

 あらあら。

 まだ何も決まっておりませんのに。

 私は微笑みを崩さぬまま、殿下の手をそっと離した。

「お上手ですわね」

「あなたほどではない」

 ユリウスは静かに答える。

「今夜で流れが変わった」

「流れは、もう変わっておりましたわ」

 私は広間の端を見る。

 王太子カイゼルは、グラスを強く握り締めている。

 その隣で、セリーナは完璧な微笑みを浮かべながらも、ほんの僅かに視線が硬い。

 焦っているのは、どちらかしら。

「兄上はあなたを失ったと、ようやく理解し始めている」

「理解は、遅いほど痛みます」

「戻るつもりは?」

「ございません」

 即答。

 もう迷いはない。

「では――」

 ユリウスが何かを言いかけた、そのとき。

「レティシア!」

 大きな声が響いた。

 ああ、やっぱり来ますのね。

 王太子が歩み寄る。

 周囲が静まる。

「俺と踊れ」

 命令口調。

 広間の空気が凍る。

 私はゆっくり瞬きをする。

「お断りいたします」

 柔らかく、しかしはっきりと。

「なぜだ」

「先ほど踊りましたので」

「俺とは踊っていない」

「婚約は破棄されましたわ」

 にこり。

「義務はございません」

 ざわり、と広間が揺れる。

 王太子の顔が強張る。

「……俺を恥をかかせる気か」

「ご自分でなさっております」

 小さな笑いが漏れる。

 カイゼルの拳が震える。

「レティシア、俺はまだ――」

「まだ、何でございましょう?」

 私は静かに見つめる。

 その視線に、彼は言葉を失う。

 愛か。

 未練か。

 所有欲か。

 どれも、今さら。

「兄上」

 ユリウスが前に出る。

「ここは祝宴の場だ」

「黙れ」

「黙りません」

 穏やかな声だが、引かない。

「彼女は自由だ」

 その言葉に、広間が一層ざわめく。

 自由。

 王太子の顔が歪む。

「……自由だと?」

「はい」

 私ははっきりと答える。

「私は誰の所有物でもございません」

 空気が変わる。

 同情でも、哀れみでもない。

 尊敬に近い何か。

「俺はお前を――」

「殿下」

 私はそっと遮る。

「失ってから欲しがるのは、美しくありませんわ」

 沈黙。

 完全な沈黙。

 王太子は言葉を失い、やがて背を向けた。

「……好きにしろ」

 その声は、怒りよりも悔しさが滲んでいた。

 去っていく背中。

 広間の空気がゆっくり戻る。

「強いな」

 ユリウスが小さく呟く。

「強くなりました」

「誰のために?」

 私は微笑む。

「私のために」

 それだけ。

 その夜、王都の噂はさらに広がった。

 ――公爵令嬢、王太子の誘いを拒否。  ――第二王子と堂々の舞踏。  ――次の王は誰か。

 噂はもう止まらない。

 一方、王城。

「殿下……」

 侍従が報告書を差し出す。

「北方同盟、第二王子殿下の提案を正式承認」

「……」

「王都の支持率も、第二王子殿下が上昇」

 カイゼルは無言で窓の外を見る。

 失ったものが、形になり始めている。

 それはもう、レティシアという一人の令嬢ではない。

 信頼。

 安定。

 評価。

 王としての資質。

 その頃、公爵邸へ戻った私は、ドレスを脱ぎながら小さく息を吐いた。

「お疲れ様でございました」

「ええ」

 鏡の中の自分を見る。

 泣いていない。

 震えていない。

 堂々としている。

 ……少しだけ、誇らしい。

「選ぶのは、私ですわ」

 もう、選ばれる側ではない。

 そしてその選択が――

 国の未来を左右する日が、近づいている。

 物語は、次の段階へ進む。
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