侯爵令嬢の四十日間 ――均衡が国を変えるまで

ふわふわ

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第25話 拒絶の返書

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第25話 拒絶の返書

辺境伯領の朝は、いつも通り静かだった。

私は書状を机の上に置いたまま、一晩を過ごした。

夜のあいだ、胸の奥の灯は揺らぎもしなかった。

怒りも、悲しみも、ほとんど湧かなかった。

ただ一つ、はっきりしていることがある。

私は、あの日、選ばれなかった。

そして今、選ばれていないままでいる。

それで、構わない。

ディルクが執務室に入る。

「決めたか」

「ええ」

私は紙を取り、新たな文をしたためる。

――王都よりのご配慮、痛み入ります。

筆は迷わない。

――しかしながら、現在は辺境伯領の客人として静養中の身。

――王都への帰還は、辞退申し上げます。

謝罪は書かない。

非難も書かない。

ただ、戻らないと伝える。

「……それで良いのか」

ディルクの問いは、責めるものではない。

「戻れば、均衡が戻るかもしれん」

私は微笑む。

「戻って均衡が戻るなら、それは私が“物”だったということになりますわ」

彼はわずかに目を細める。

「人ではなく」

「ええ。均衡の道具」

私は筆を置く。

「私は道具ではございません」

それだけは、揺らがない。

午後、城下では新たな契約が結ばれる。

「北の流れは安定している」

商人の声が弾む。

倉庫は拡張され、訓練場では怪我が出ない。

畑は順調に育ち、診療所は暇を持て余す。

流れは、ここで整っている。

王都。

返書が届く。

王太子アシュレイは封を切り、文を読む。

一行ずつ、顔色が変わる。

「辞退……だと」

宰相は目を伏せる。

「当然の返答かと」

「当然だと?」

「殿下が切った縁です」

沈黙。

聖女セシリアは小さく呟く。

「無理に戻しても、意味はないのかもしれません」

「意味はある!」

アシュレイの声が響く。

「国のためだ」

だがその声は、どこか空回りしている。

夜。

王都で再び小規模な崩落。

被害は軽微。

だが、続く。

辺境の空は澄んでいる。

私は塔の上に立ち、遠くを見つめる。

胸の灯は、変わらず一定。

戻らなかったから揺れるのか。

それとも、戻っても揺れていたのか。

分からない。

だが一つだけ確かなことがある。

私は、自分の意思でここにいる。

二十五日目。

王都は均衡を戻せなかった。

流れは、拒絶された。
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