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第20話 崩れるのは、外からではない
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第20話 崩れるのは、外からではない
王国の崩壊は、誰の目にも明らかになってきていた。
それは、戦争でも反乱でもない。
――もっと静かで、もっと致命的な形だった。
王城の回廊を歩く官僚たちの足取りは重い。
以前のような緊張感はない。
あるのは、諦めに似た沈黙だけだ。
「……また、辞表です」
人事局の若い官吏が、書類を抱えたまま立ち尽くしていた。
「今月で、何人目だ?」
上司が、力なく問う。
「七人目です。
財務、外交、商務……分野は、ばらばらですが」
ばらばらではない。
“責任を取らされる立場”の者たちだ。
王国では今、奇妙な現象が起きていた。
判断を下した者は、責任を押しつけられる。
判断を避けた者は、責められない。
――ならば。
誰も、決断しなくなる。
王城・執務室。
アルノルトは、机の前に立ち尽くしていた。
山のように積まれた書類。
だが、どれ一つとして、手を付けられていない。
「……なぜ、誰も案を出さない」
低い声。
返事はない。
側近たちは、視線を伏せたまま沈黙を守っている。
出せば、切り捨てられる。
出さなければ、責められない。
それを、彼自身が作り上げた。
「……宰相は?」
「体調不良を理由に、本日は欠席です」
体調不良。
それは、今や便利な言葉だった。
アルノルトは、椅子に崩れるように腰を下ろす。
(……どうして、こうなった)
答えは、山ほどある。
だが、どれも――
自分に辿り着く。
同じ頃、王国の港町では、別の問題が表面化していた。
「……船が、来ない?」
商人ギルドの会合で、ざわめきが広がる。
「以前は、定期的に寄港していたはずだ」
「今は、全部シュタインベルク経由だそうだ」
「理由は?」
誰かが、苦々しく言った。
「……王国が、信用できないから、だと」
その一言で、会場が静まり返る。
信用。
それは、税率でも、軍事力でもない。
“約束を守るかどうか”。
それだけだ。
「王国は、声明で個人を糾弾した」
「責任を、押しつけた」
「そんな国と、長期契約を結ぶ理由があるか?」
答えは、出ていた。
王国は、選ばれなくなった。
夜。
王城の一室で、ノエリアは窓辺に立っていた。
東棟の部屋は、静かすぎるほど静かだ。
彼女は、すでに知っている。
自分が“外された”理由が、
彼女自身にないことを。
それでも――
胸は痛む。
(……セラフィナ様)
彼女の名を思い浮かべる。
責任を引き受け、
矢面に立ち、
それでも前に進んでいる女性。
同じ王国にいながら、
同じ場所には、立てなかった。
「……私も」
小さく、呟く。
「逃げていたのかもしれないわね」
その気づきは、遅い。
だが、無意味ではない。
一方、シュタインベルク公国。
執務棟の会議室では、新たな計画が進められていた。
「王国経由だった物資の再配分は、完了しました」
「住民への影響は?」
「ありません。
むしろ、価格が安定しています」
報告を聞きながら、セラフィナは静かに頷く。
「……当然ですわね」
無理のない仕組みを、
無理のない形で回しているだけ。
カルヴァスが、ふと彼女を見る。
「王国の状況は、耳に入っているだろう」
「ええ」
セラフィナは、淡々と答える。
「内部から、崩れています」
「……責任を取る者が、いない国は、こうなる」
その言葉に、彼女は少しだけ視線を落とす。
「だからこそ」
静かな声。
「私は、ここにいます」
カルヴァスは、何も言わずに頷いた。
夜。
公爵邸の回廊を歩きながら、セラフィナは思う。
王国は、敵ではない。
もう、競争相手ですらない。
自ら、足を止めただけだ。
崩れたのは、外からの圧力ではない。
――内側で、責任を拒み続けた結果だ。
王国は、まだ存在している。
城も、人も、制度もある。
だが――
“決断する国家”としての姿は、
すでに失われていた。
そして、それを取り戻すには。
誰かを責めるのではなく、
誰かに戻ってきてもらうのでもなく。
自分で、立ち直るしかない。
その当たり前の事実に、
王国が気づく日は――
果たして、来るのだろうか。
---
王国の崩壊は、誰の目にも明らかになってきていた。
それは、戦争でも反乱でもない。
――もっと静かで、もっと致命的な形だった。
王城の回廊を歩く官僚たちの足取りは重い。
以前のような緊張感はない。
あるのは、諦めに似た沈黙だけだ。
「……また、辞表です」
人事局の若い官吏が、書類を抱えたまま立ち尽くしていた。
「今月で、何人目だ?」
上司が、力なく問う。
「七人目です。
財務、外交、商務……分野は、ばらばらですが」
ばらばらではない。
“責任を取らされる立場”の者たちだ。
王国では今、奇妙な現象が起きていた。
判断を下した者は、責任を押しつけられる。
判断を避けた者は、責められない。
――ならば。
誰も、決断しなくなる。
王城・執務室。
アルノルトは、机の前に立ち尽くしていた。
山のように積まれた書類。
だが、どれ一つとして、手を付けられていない。
「……なぜ、誰も案を出さない」
低い声。
返事はない。
側近たちは、視線を伏せたまま沈黙を守っている。
出せば、切り捨てられる。
出さなければ、責められない。
それを、彼自身が作り上げた。
「……宰相は?」
「体調不良を理由に、本日は欠席です」
体調不良。
それは、今や便利な言葉だった。
アルノルトは、椅子に崩れるように腰を下ろす。
(……どうして、こうなった)
答えは、山ほどある。
だが、どれも――
自分に辿り着く。
同じ頃、王国の港町では、別の問題が表面化していた。
「……船が、来ない?」
商人ギルドの会合で、ざわめきが広がる。
「以前は、定期的に寄港していたはずだ」
「今は、全部シュタインベルク経由だそうだ」
「理由は?」
誰かが、苦々しく言った。
「……王国が、信用できないから、だと」
その一言で、会場が静まり返る。
信用。
それは、税率でも、軍事力でもない。
“約束を守るかどうか”。
それだけだ。
「王国は、声明で個人を糾弾した」
「責任を、押しつけた」
「そんな国と、長期契約を結ぶ理由があるか?」
答えは、出ていた。
王国は、選ばれなくなった。
夜。
王城の一室で、ノエリアは窓辺に立っていた。
東棟の部屋は、静かすぎるほど静かだ。
彼女は、すでに知っている。
自分が“外された”理由が、
彼女自身にないことを。
それでも――
胸は痛む。
(……セラフィナ様)
彼女の名を思い浮かべる。
責任を引き受け、
矢面に立ち、
それでも前に進んでいる女性。
同じ王国にいながら、
同じ場所には、立てなかった。
「……私も」
小さく、呟く。
「逃げていたのかもしれないわね」
その気づきは、遅い。
だが、無意味ではない。
一方、シュタインベルク公国。
執務棟の会議室では、新たな計画が進められていた。
「王国経由だった物資の再配分は、完了しました」
「住民への影響は?」
「ありません。
むしろ、価格が安定しています」
報告を聞きながら、セラフィナは静かに頷く。
「……当然ですわね」
無理のない仕組みを、
無理のない形で回しているだけ。
カルヴァスが、ふと彼女を見る。
「王国の状況は、耳に入っているだろう」
「ええ」
セラフィナは、淡々と答える。
「内部から、崩れています」
「……責任を取る者が、いない国は、こうなる」
その言葉に、彼女は少しだけ視線を落とす。
「だからこそ」
静かな声。
「私は、ここにいます」
カルヴァスは、何も言わずに頷いた。
夜。
公爵邸の回廊を歩きながら、セラフィナは思う。
王国は、敵ではない。
もう、競争相手ですらない。
自ら、足を止めただけだ。
崩れたのは、外からの圧力ではない。
――内側で、責任を拒み続けた結果だ。
王国は、まだ存在している。
城も、人も、制度もある。
だが――
“決断する国家”としての姿は、
すでに失われていた。
そして、それを取り戻すには。
誰かを責めるのではなく、
誰かに戻ってきてもらうのでもなく。
自分で、立ち直るしかない。
その当たり前の事実に、
王国が気づく日は――
果たして、来るのだろうか。
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