婚約破棄された令嬢は、選ばれる人生をやめました

ふわふわ

文字の大きさ
33 / 39

第34話 妬みは、策にならない

しおりを挟む
第34話 妬みは、策にならない

 崩れた者ほど、他人の安定が許せない。

 それは、国でも、人でも同じだった。

 シュタインベルク公国の改革が順調に進む中、
 水面下では、わずかな不協和音が生まれていた。

 ――正確には、
 生まれようとしては、消えていた。

 ある夜、外務局に一通の匿名文書が届いた。

「……“公爵夫人は権限を持ちすぎている”?」

 担当官が、眉をひそめる。

「内部告発、の体裁ですね」

「出所は?」

「不明です。
 ですが……」

 彼は、続きを言いづらそうにした。

「王国系の言い回しが、多い」

 数年前なら、
 この一文で局内は騒然としただろう。

 だが今は違う。

「……精査は?」

「済んでいます」

 担当官は、即答した。

「内容は、
 すでに公表済みの権限範囲のみ。
 新情報はありません」

「つまり」

「何も問題はない、ということです」

 その文書は、
 記録として保管され、
 それ以上扱われることはなかった。

 ――妬みは、資料にならない。

 同じ頃、
 王国寄りの一部貴族が、
 周辺国で非公式な集会を開いていた。

「……このままでは、
 すべてを持っていかれる」

「シュタインベルク公国だけが、
 安定しすぎている」

「何か、弱点はないのか?」

 誰かが、苛立ち混じりに言う。

「公爵夫人だ。
 外様だし、女だ」

 その言葉に、
 場の空気が一瞬だけ熱を帯びる。

 だが――
 次の瞬間、冷えた。

「……その理屈、
 どこで通じる?」

 冷静な声。

「成果は出ている。
 数字も、契約も、民意も」

「感情論で動いた国が、
 どうなったか、もう忘れたのか?」

 沈黙。

 反論できる者は、いなかった。

 妬みは共有できても、
 責任は共有できない。

 それが、彼らの限界だった。

 一方、シュタインベルク公国。

 公爵邸の執務室で、
 セラフィナは淡々と報告を聞いていた。

「……匿名文書?」

「はい」

 側近が、簡潔に説明する。

「ですが、
 すでに処理済みです」

「そう」

 彼女は、
 特に感情を動かさなかった。

「念のため、
 ご報告だけ」

「ありがとうございます」

 それで、話は終わった。

 カルヴァスが、
 少しだけ苦笑する。

「……昔なら、
 大騒ぎだっただろうな」

「ええ」

 セラフィナは、
 頷く。

「“誰かを貶めれば、
 自分が上に行ける”と、
 本気で信じていましたから」

「今は?」

「今は」

 彼女は、
 静かに言った。

「成果が、
 妬みを無力化します」

 その言葉通りだった。

 数日後。

 周辺国の新聞は、
 同じ見出しを載せていた。

 ――
 「シュタインベルク公国、
 新体制下で安定成長を維持」

 そこに、
 噂話の入る余地はない。

 数字は、雄弁だ。

 夜。

 公爵邸の回廊を、
 セラフィナとカルヴァスは並んで歩く。

「……妬まれているようだな」

 カルヴァスが、
 冗談めかして言う。

「光栄ですわ」

 セラフィナは、
 即答した。

「妬まれるほど、
 前に進んでいる証拠です」

「怖くはないのか?」

「いいえ」

 彼女は、
 首を振る。

「妬みは、
 後ろからしか飛んできません」

 カルヴァスは、
 一瞬、目を細め、
 それから笑った。

「……なるほど」

 その夜、
 公国の街は、変わらず穏やかだった。

 誰も、
 匿名文書の存在を知らない。

 誰も、
 陰口の集会を気にしない。

 それが、答えだった。

 新体制を妬む者はいる。

 だが――
 妬みは、もう波紋にすらならない。

 それが、
 完全に立場が逆転した証だった。


---
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵令息から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

処理中です...