婚約破棄された令嬢は、選ばれる人生をやめました

ふわふわ

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第34話 妬みは、策にならない

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第34話 妬みは、策にならない

 崩れた者ほど、他人の安定が許せない。

 それは、国でも、人でも同じだった。

 シュタインベルク公国の改革が順調に進む中、
 水面下では、わずかな不協和音が生まれていた。

 ――正確には、
 生まれようとしては、消えていた。

 ある夜、外務局に一通の匿名文書が届いた。

「……“公爵夫人は権限を持ちすぎている”?」

 担当官が、眉をひそめる。

「内部告発、の体裁ですね」

「出所は?」

「不明です。
 ですが……」

 彼は、続きを言いづらそうにした。

「王国系の言い回しが、多い」

 数年前なら、
 この一文で局内は騒然としただろう。

 だが今は違う。

「……精査は?」

「済んでいます」

 担当官は、即答した。

「内容は、
 すでに公表済みの権限範囲のみ。
 新情報はありません」

「つまり」

「何も問題はない、ということです」

 その文書は、
 記録として保管され、
 それ以上扱われることはなかった。

 ――妬みは、資料にならない。

 同じ頃、
 王国寄りの一部貴族が、
 周辺国で非公式な集会を開いていた。

「……このままでは、
 すべてを持っていかれる」

「シュタインベルク公国だけが、
 安定しすぎている」

「何か、弱点はないのか?」

 誰かが、苛立ち混じりに言う。

「公爵夫人だ。
 外様だし、女だ」

 その言葉に、
 場の空気が一瞬だけ熱を帯びる。

 だが――
 次の瞬間、冷えた。

「……その理屈、
 どこで通じる?」

 冷静な声。

「成果は出ている。
 数字も、契約も、民意も」

「感情論で動いた国が、
 どうなったか、もう忘れたのか?」

 沈黙。

 反論できる者は、いなかった。

 妬みは共有できても、
 責任は共有できない。

 それが、彼らの限界だった。

 一方、シュタインベルク公国。

 公爵邸の執務室で、
 セラフィナは淡々と報告を聞いていた。

「……匿名文書?」

「はい」

 側近が、簡潔に説明する。

「ですが、
 すでに処理済みです」

「そう」

 彼女は、
 特に感情を動かさなかった。

「念のため、
 ご報告だけ」

「ありがとうございます」

 それで、話は終わった。

 カルヴァスが、
 少しだけ苦笑する。

「……昔なら、
 大騒ぎだっただろうな」

「ええ」

 セラフィナは、
 頷く。

「“誰かを貶めれば、
 自分が上に行ける”と、
 本気で信じていましたから」

「今は?」

「今は」

 彼女は、
 静かに言った。

「成果が、
 妬みを無力化します」

 その言葉通りだった。

 数日後。

 周辺国の新聞は、
 同じ見出しを載せていた。

 ――
 「シュタインベルク公国、
 新体制下で安定成長を維持」

 そこに、
 噂話の入る余地はない。

 数字は、雄弁だ。

 夜。

 公爵邸の回廊を、
 セラフィナとカルヴァスは並んで歩く。

「……妬まれているようだな」

 カルヴァスが、
 冗談めかして言う。

「光栄ですわ」

 セラフィナは、
 即答した。

「妬まれるほど、
 前に進んでいる証拠です」

「怖くはないのか?」

「いいえ」

 彼女は、
 首を振る。

「妬みは、
 後ろからしか飛んできません」

 カルヴァスは、
 一瞬、目を細め、
 それから笑った。

「……なるほど」

 その夜、
 公国の街は、変わらず穏やかだった。

 誰も、
 匿名文書の存在を知らない。

 誰も、
 陰口の集会を気にしない。

 それが、答えだった。

 新体制を妬む者はいる。

 だが――
 妬みは、もう波紋にすらならない。

 それが、
 完全に立場が逆転した証だった。


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