婚約破棄された令嬢は、選ばれる人生をやめました

第33話 勝者は、騒がない

第33話　勝者は、騒がない

　勝者は、声高に宣言しない。

　必要なのは喝采ではなく、
　仕組みが静かに回り始めることだ。

　シュタインベルク公国・評議会。

　この日、議場に集まった者たちは、
　いつもより少なかった。

　理由は単純だ。

　――無駄な会議が、削られた。

「本日の議題は二つ」

　議長が、簡潔に告げる。

「北部流通路の再編」
「農業区画の長期安定化」

　どちらも、
　派手さのない案件だ。

　だが、国を支えるのは、
　こうした“地味な決定”である。

「では、流通路について」

　誰かが資料を開こうとした瞬間、
　セラフィナが口を開いた。

「先に、前提条件を整理しましょう」

　その声に、
　自然と視線が集まる。

「現在、王国経由だった物流の八割は、
　すでに別ルートへ移行しています」

「ええ」

「その結果、
　輸送コストは一時的に上がりましたが」

　彼女は、淡々と続ける。

「三ヶ月以内に、
　従来水準へ戻ります」

「根拠は？」

「契約です」

　短い答え。

「長期契約を結んだのは、
　感情で動かない相手だけです」

　誰かが、
　小さく息を吐いた。

　それは、
　納得のため息だった。

「……では」

　議長が言う。

「再編案を、
　セラフィナ様の提示通りに」

　反論は、出なかった。

　理由は簡単だ。

　すでに、結果が出ているから。

　会議は、
　予定より早く終わった。

　廊下で、
　若い官吏が囁く。

「……変わりましたね」

「何が？」

「会議が、
　“決まる場所”になりました」

　以前は違った。

　話すだけ。
　責任は取らない。

　今は、
　決めて、実行する。

　午後。

　公爵邸の庭園。

　セラフィナは、
　新しく導入された雇用制度の報告書を読んでいた。

「地方の失業率、
　下がっていますね」

「当然だ」

　カルヴァスが答える。

「無駄な中間業者を切ったからな」

「ええ」

　セラフィナは、
　視線を上げる。

「“誰かを守るため”ではなく、
　“仕組みとして正しい”選択をしました」

「それが、
　長く続く方法だ」

　カルヴァスは、
　静かに言った。

　その言葉には、
　確信があった。

　数日後。

　周辺諸国から、
　立て続けに使者が訪れた。

「シュタインベルク公国との、
　長期安定協定を希望します」

「条件は？」

「干渉しないこと」

　その一言に、
　場が静まる。

　セラフィナは、
　迷わず答えた。

「それは、
　こちらの希望でもあります」

　条件は一致していた。

　だから、話は早い。

　夜。

　公爵邸の書斎。

　セラフィナは、
　一日の報告書を閉じる。

「……忙しくなりましたね」

「不満か？」

　カルヴァスが問う。

「いいえ」

　彼女は、首を振る。

「ようやく、
　“無駄に消耗しない忙しさ”です」

　彼は、
　少しだけ笑った。

「君が来てから、
　国は静かになった」

「静か？」

「騒がない、という意味だ」

　セラフィナは、
　考える。

「勝者は、
　騒ぐ必要がありませんから」

「その通りだ」

　カルヴァスは、
　頷いた。

　その夜、
　シュタインベルク公国の街は、
　穏やかだった。

　物価は安定し、
　仕事は回り、
　人々は明日を不安なく迎える。

　誰も、
　“勝利”を語らない。

　だが――
　それこそが、完全な勝利だった。

　セラフィナは、
　窓の外を見つめる。

　王国のことを、
　もう思い出すことはない。

　過去は、
　片付いた。

　今は、
　前を向くだけだ。

　勝者は、
　次の一手を考えている。


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