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6 断罪の決意
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6 断罪の決意
王宮の書斎は、夕刻の光に沈んでいた。
分厚いカーテンの隙間から差し込む橙色の光が、机の上の書簡を照らしている。そこには、教会からの正式な報告書が広げられていた。
――聖女フィート・セインテスの祈りは、真正であると確認された。
簡潔な文面。
疑いの余地のない結論。
ヴェインはその一文を、何度も読み返していた。
真正。
本物。
つまり、奇跡は確かに存在している。
それを否定する材料はない。
理屈の上では。
だが彼の胸の内では、別の声が囁く。
それでも。
このままでよいのか。
机に置いた手が、ゆっくりと握られる。
真正であればあるほど、問題は深刻になる。
奇跡が本物であればあるほど、民の信頼は彼女へ向かう。
王家の象徴であるはずの自分ではなく。
未来の王である自分ではなく。
「殿下」
重臣の一人が、静かに口を開いた。
「聖女様への信頼は、王家にとっても利益でございます。教会との関係も安定し、民心も落ち着いております」
「落ち着いている?」
ヴェインは顔を上げる。
「落ち着いているのは、誰に対してだ」
重臣は答えに窮した。
聖女に、だ。
その名を口にすることが、なぜかはばかられる。
ヴェインは立ち上がり、ゆっくりと歩く。
書斎の壁には、王国の地図が広がっている。
広大な領土。
豊かな平原。
王家が守り、統治してきた土地。
「国とは何だ」
彼は問いかける。
「王と民で成り立つものだ」
重臣が答える。
「ならば」
ヴェインの声が、わずかに低くなる。
「その民が、王ではなく別の者を中心に据えたとき、秩序はどうなる」
沈黙が落ちた。
誰も即答できない。
彼の言葉は、理屈としては通っている。
だがその根底にある感情は、誰もが感じ取っていた。
嫉妬。
虚栄。
それを指摘する者はいない。
ヴェインは地図の中央を指先でなぞる。
「聖女は、王家に仕える存在だ」
ゆっくりとした声。
「だが今、民は彼女を王家と並べている。いや、上に置こうとしている」
「殿下、そのようなことは――」
「ある」
遮る。
「広場での歓声を、私が聞いていないとでも思うか」
重臣は黙る。
歓声は確かにあった。
聖女の名を叫ぶ声が。
王家の名を差し置いて。
ヴェインは窓へと歩み寄る。
遠く、教会の尖塔が見える。
その先に、彼女の姿が重なる。
白い祭服。
静かな祈り。
誇らぬ態度。
それが余計に厄介だ。
もし彼女が権力を求めていれば、排除は容易だった。
だが彼女は何も求めない。
ただ祈る。
だからこそ民は信じる。
それが、脅威だった。
「……聖女を否定すれば」
ヴェインは小さく呟く。
その声は、ほとんど独り言のようだった。
「民は目を覚ますだろう」
重臣が顔を上げる。
「殿下?」
「奇跡とは、証明できぬものだ。演出である可能性もある」
その言葉は、先日の自分の言葉の繰り返し。
だが今は、より確信めいている。
真正であると証明されている。
それでも。
否定する。
理屈ではなく、力で。
王太子の言葉で。
彼は振り返る。
「秩序は、王が決める」
その瞳には、迷いが薄れつつあった。
これは私情ではない。
国家のためだ。
王権の安定のためだ。
そう、自分に言い聞かせる。
だが心の奥底では、別の声が笑っている。
――中心は一つでなければならない。
聖女が中心である限り、自分は影になる。
影ではいられない。
未来の王が、影であってはならない。
「公開の場で、問いただす」
静かに告げる。
「聖女の奇跡が真正であるかどうか」
「ですが……教会の報告が」
「教会は教会だ」
言い切る。
「王国の中心は、王家だ」
その瞬間。
決意は固まった。
正しさのため。
秩序のため。
王権のため。
そう名付けられた感情が、彼の中で形を成す。
嫉妬は理屈をまとい、虚栄は正義の仮面をかぶる。
彼は机に戻り、封書を取り上げる。
大聖堂での公開審問。
聖女フィートを召喚する命令書。
筆を取る。
躊躇は、もうない。
未来の王は、中心に立つ。
そのために、何を切り捨てるべきか。
彼は理解したつもりだった。
それが自らの足場を崩す一手であることに、まだ気づかぬまま。
王宮の書斎は、夕刻の光に沈んでいた。
分厚いカーテンの隙間から差し込む橙色の光が、机の上の書簡を照らしている。そこには、教会からの正式な報告書が広げられていた。
――聖女フィート・セインテスの祈りは、真正であると確認された。
簡潔な文面。
疑いの余地のない結論。
ヴェインはその一文を、何度も読み返していた。
真正。
本物。
つまり、奇跡は確かに存在している。
それを否定する材料はない。
理屈の上では。
だが彼の胸の内では、別の声が囁く。
それでも。
このままでよいのか。
机に置いた手が、ゆっくりと握られる。
真正であればあるほど、問題は深刻になる。
奇跡が本物であればあるほど、民の信頼は彼女へ向かう。
王家の象徴であるはずの自分ではなく。
未来の王である自分ではなく。
「殿下」
重臣の一人が、静かに口を開いた。
「聖女様への信頼は、王家にとっても利益でございます。教会との関係も安定し、民心も落ち着いております」
「落ち着いている?」
ヴェインは顔を上げる。
「落ち着いているのは、誰に対してだ」
重臣は答えに窮した。
聖女に、だ。
その名を口にすることが、なぜかはばかられる。
ヴェインは立ち上がり、ゆっくりと歩く。
書斎の壁には、王国の地図が広がっている。
広大な領土。
豊かな平原。
王家が守り、統治してきた土地。
「国とは何だ」
彼は問いかける。
「王と民で成り立つものだ」
重臣が答える。
「ならば」
ヴェインの声が、わずかに低くなる。
「その民が、王ではなく別の者を中心に据えたとき、秩序はどうなる」
沈黙が落ちた。
誰も即答できない。
彼の言葉は、理屈としては通っている。
だがその根底にある感情は、誰もが感じ取っていた。
嫉妬。
虚栄。
それを指摘する者はいない。
ヴェインは地図の中央を指先でなぞる。
「聖女は、王家に仕える存在だ」
ゆっくりとした声。
「だが今、民は彼女を王家と並べている。いや、上に置こうとしている」
「殿下、そのようなことは――」
「ある」
遮る。
「広場での歓声を、私が聞いていないとでも思うか」
重臣は黙る。
歓声は確かにあった。
聖女の名を叫ぶ声が。
王家の名を差し置いて。
ヴェインは窓へと歩み寄る。
遠く、教会の尖塔が見える。
その先に、彼女の姿が重なる。
白い祭服。
静かな祈り。
誇らぬ態度。
それが余計に厄介だ。
もし彼女が権力を求めていれば、排除は容易だった。
だが彼女は何も求めない。
ただ祈る。
だからこそ民は信じる。
それが、脅威だった。
「……聖女を否定すれば」
ヴェインは小さく呟く。
その声は、ほとんど独り言のようだった。
「民は目を覚ますだろう」
重臣が顔を上げる。
「殿下?」
「奇跡とは、証明できぬものだ。演出である可能性もある」
その言葉は、先日の自分の言葉の繰り返し。
だが今は、より確信めいている。
真正であると証明されている。
それでも。
否定する。
理屈ではなく、力で。
王太子の言葉で。
彼は振り返る。
「秩序は、王が決める」
その瞳には、迷いが薄れつつあった。
これは私情ではない。
国家のためだ。
王権の安定のためだ。
そう、自分に言い聞かせる。
だが心の奥底では、別の声が笑っている。
――中心は一つでなければならない。
聖女が中心である限り、自分は影になる。
影ではいられない。
未来の王が、影であってはならない。
「公開の場で、問いただす」
静かに告げる。
「聖女の奇跡が真正であるかどうか」
「ですが……教会の報告が」
「教会は教会だ」
言い切る。
「王国の中心は、王家だ」
その瞬間。
決意は固まった。
正しさのため。
秩序のため。
王権のため。
そう名付けられた感情が、彼の中で形を成す。
嫉妬は理屈をまとい、虚栄は正義の仮面をかぶる。
彼は机に戻り、封書を取り上げる。
大聖堂での公開審問。
聖女フィートを召喚する命令書。
筆を取る。
躊躇は、もうない。
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