『偽聖女と断罪された公爵令嬢ですが、三度追放されたのは王太子でした』

ふわふわ

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8 荒野追放

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8 荒野追放

 王都の城門が、重く軋んだ音を立てて開いた。

 まだ朝の光は薄い。空は曇り、遠くに灰色の雲が広がっている。湿った風が、街路に残る夜の冷気を巻き上げた。

 その門をくぐるのは、護衛の騎士数名と、ただ一人の少女。

 フィート・セインテス。

 昨日まで聖女と呼ばれた公爵令嬢。

 今は、王太子の言葉によって偽聖女とされた存在。

 彼女の手は縛られていない。鎖もない。だがその歩みは、確かに追放のそれだった。

 城門の内側には、民衆が集まっている。

 誰も声を上げない。

 泣いている者もいる。

 怒りに顔を歪める者もいる。

 だが王太子の命に逆らう者はいない。

 フィートは振り返らない。

 その背中は、昨日と変わらず真っ直ぐだった。

 白い祭服は簡素な外套に替えられている。祈り石だけが、胸元で小さく揺れている。

「……本当に、よろしいのですか」

 護衛の若い騎士が、小声で問う。

「弁明なさらずとも……」

 フィートは穏やかに微笑んだ。

「弁明は、必要ありません」

「ですが」

「私の祈りは、私のものではありません」

 騎士は言葉を失う。

 フィートは前を向いたまま続けた。

「信じる方がいれば、それで十分です」

 風が強まる。

 城門を出れば、そこは舗装のない荒れ地だ。

 王都を囲む豊かな畑地帯を越えれば、やがて人の気配は消える。

 荒野。

 追放者が辿る道。

 騎士たちは一定の距離まで同行し、そこで立ち止まることになっている。

 それが命令だった。

 やがて最後の小高い丘に差しかかる。

 ここから先は、誰も住まない土地。

「ここまでです」

 騎士長が低く告げる。

 一瞬、沈黙が落ちる。

 フィートは足を止め、ゆっくりと振り返った。

 王都の城壁が遠くに見える。

 あの中に、彼女が祈ってきた人々がいる。

 助けた子どもも、癒した兵士も、涙を流していた老婆も。

 フィートは目を細める。

 恨みはない。

 怒りもない。

 ただ、少しだけ、寂しさが胸をよぎる。

 だがそれも、すぐに消える。

「殿下に、お伝えください」

 騎士たちが息を呑む。

「私は、これからも祈ります」

 静かな声。

 王太子の名を出さない。

 責めない。

 ただ告げる。

 騎士長は深く頭を下げた。

「……ご無事を」

 それは命令違反に近い言葉だった。

 フィートは軽く会釈し、踵を返す。

 荒野へ。

 足元は石と乾いた土。

 空は重い。

 風が強い。

 白い外套がはためく。

 騎士たちは、その背を見送るしかない。

 やがて彼女の姿は小さくなり、丘の向こうへ消える。

 城門の内側では、王太子ヴェインが遠くからその様子を見ていた。

 高台から、追放の光景を。

 彼の表情は読めない。

 胸の奥には、奇妙な高揚があった。

 終わった。

 これで中心は一つになる。

 秩序は戻る。

 民は目を覚ます。

 そう思う。

 だが。

 歓声はない。

 拍手もない。

 あるのは重い空気。

 城門の外で、白い影が荒野へ消えていく。

 その光景を見つめながら、ヴェインは小さく笑った。

「……これでよい」

 自分に言い聞かせるように。

 だが風は冷たい。

 彼女が消えた丘の向こうから、何も起こらない。

 雷も、天罰も、奇跡も。

 ただ、荒野が広がっている。

 フィートは一人で歩く。

 足を止めない。

 振り返らない。

 祈り石は、かすかに温かい。

 人のいない地であっても、祈りは消えない。

 王都の城壁が、やがて視界から消える。

 荒野は静かだ。

 空は重く、風は強い。

 だが彼女の歩みは乱れない。

 聖女は、抵抗せず去った。

 その背を見送った男は、中心に立ったつもりでいる。

 だがこの瞬間。

 静かに。

 王都の空気は変わり始めていた。
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