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9 民衆の疑念
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9 民衆の疑念
聖女フィートが荒野へ追放された翌日。
王都は静まり返っていた。
祭りの翌日のような空虚ではない。
葬列のあとに残るような、重たい沈黙。
市場は開いている。
商人は声を張り上げる。
兵士は巡回を続ける。
だがどこか、ぎこちない。
人々は口数が少ない。
そして、目が合うと小さく視線を逸らす。
まるで、誰もが同じ疑問を抱きながら、それを声に出せずにいるかのように。
「……本当に、偽りだったのか?」
パン屋の店先で、男が低く呟いた。
向かいの女が顔を曇らせる。
「そんなはずないわ。うちの子は、聖女様の祈りで助かったのよ」
「だが王太子殿下がそうおっしゃった」
「それでも……」
言葉は続かない。
王太子の宣言は公的なもの。
否定することは、王家を否定することに近い。
だが、心は納得していない。
城門の近くでは、帰還兵たちが集まっていた。
「俺は見た」
一人が低く言う。
「戦場で倒れたとき、あの祈りの光を」
「……俺もだ」
「それが偽りだっていうのか?」
怒りではない。
戸惑い。
信じたいものと、命令された事実の間で揺れている。
教会の前にも人が集まっていた。
「どういうことだ」
「教会は何も言わないのか」
聖職者たちは口を閉ざしている。
調査はまだ正式に発表されていない。
だが内部では、すでに結論が出ている。
奇跡は真正。
偽りの痕跡はない。
それを知る者たちは、重い沈黙を守っていた。
王宮。
ヴェインは執務室で報告を受けている。
「王都各所で、聖女様への同情の声が広がっております」
側近の声は硬い。
「暴動の兆しはありませんが、不満は確実に」
「不満?」
ヴェインの眉がわずかに動く。
「王家への不信というほどではございません。ですが……疑問が」
疑問。
その言葉が、静かに刺さる。
「民は愚かだ」
ヴェインは言い切る。
「目の前の光に惑わされているだけだ」
自分に言い聞かせるような声。
「時間が経てば理解する。奇跡など、証明できぬものだ」
だが報告は続く。
「荒野への追放を、過酷すぎるとの声も……」
ヴェインは立ち上がる。
「過酷?」
「聖女様は、抵抗なさらなかったと……」
「罪を認めたのだろう」
即座に返す。
だがその返答に、自分でも違和感を覚える。
彼女は罪を認めていない。
弁明もしなかった。
ただ、受け入れただけ。
それが逆に、民の心を揺らしている。
抵抗すればよかった。
怒ればよかった。
泣き叫べばよかった。
そうすれば、“断罪された罪人”として納得できた。
だが彼女は静かだった。
静かなまま、去った。
その姿が、王都の人々の記憶に焼きついている。
広場では、小さな祈りが続いていた。
「聖女様が無事でありますように」
誰かがそう呟く。
それを止める者はいない。
まだ、命令は出ていない。
だが祈りは、消えていない。
ヴェインは窓辺に立つ。
遠く、教会の尖塔が見える。
鐘は鳴らない。
静かだ。
だが沈黙の中に、確かな変化がある。
歓声は消えた。
代わりに、疑念が広がっている。
王太子の言葉は、確かに届いた。
だが、それは信頼ではなく、問いを生んだ。
なぜ。
どうして。
本当に。
その問いは、まだ小さい。
だが確実に、広がっている。
ヴェインは拳を握る。
「時間が解決する」
そう呟く。
だが心の奥で、わずかな不安が芽を出す。
聖女を追放すれば、秩序は戻るはずだった。
中心は一つになるはずだった。
だが王都は、彼の思惑通りに動いていない。
疑念は、静かに。
だが確実に。
王太子の足元へと集まり始めていた。
聖女フィートが荒野へ追放された翌日。
王都は静まり返っていた。
祭りの翌日のような空虚ではない。
葬列のあとに残るような、重たい沈黙。
市場は開いている。
商人は声を張り上げる。
兵士は巡回を続ける。
だがどこか、ぎこちない。
人々は口数が少ない。
そして、目が合うと小さく視線を逸らす。
まるで、誰もが同じ疑問を抱きながら、それを声に出せずにいるかのように。
「……本当に、偽りだったのか?」
パン屋の店先で、男が低く呟いた。
向かいの女が顔を曇らせる。
「そんなはずないわ。うちの子は、聖女様の祈りで助かったのよ」
「だが王太子殿下がそうおっしゃった」
「それでも……」
言葉は続かない。
王太子の宣言は公的なもの。
否定することは、王家を否定することに近い。
だが、心は納得していない。
城門の近くでは、帰還兵たちが集まっていた。
「俺は見た」
一人が低く言う。
「戦場で倒れたとき、あの祈りの光を」
「……俺もだ」
「それが偽りだっていうのか?」
怒りではない。
戸惑い。
信じたいものと、命令された事実の間で揺れている。
教会の前にも人が集まっていた。
「どういうことだ」
「教会は何も言わないのか」
聖職者たちは口を閉ざしている。
調査はまだ正式に発表されていない。
だが内部では、すでに結論が出ている。
奇跡は真正。
偽りの痕跡はない。
それを知る者たちは、重い沈黙を守っていた。
王宮。
ヴェインは執務室で報告を受けている。
「王都各所で、聖女様への同情の声が広がっております」
側近の声は硬い。
「暴動の兆しはありませんが、不満は確実に」
「不満?」
ヴェインの眉がわずかに動く。
「王家への不信というほどではございません。ですが……疑問が」
疑問。
その言葉が、静かに刺さる。
「民は愚かだ」
ヴェインは言い切る。
「目の前の光に惑わされているだけだ」
自分に言い聞かせるような声。
「時間が経てば理解する。奇跡など、証明できぬものだ」
だが報告は続く。
「荒野への追放を、過酷すぎるとの声も……」
ヴェインは立ち上がる。
「過酷?」
「聖女様は、抵抗なさらなかったと……」
「罪を認めたのだろう」
即座に返す。
だがその返答に、自分でも違和感を覚える。
彼女は罪を認めていない。
弁明もしなかった。
ただ、受け入れただけ。
それが逆に、民の心を揺らしている。
抵抗すればよかった。
怒ればよかった。
泣き叫べばよかった。
そうすれば、“断罪された罪人”として納得できた。
だが彼女は静かだった。
静かなまま、去った。
その姿が、王都の人々の記憶に焼きついている。
広場では、小さな祈りが続いていた。
「聖女様が無事でありますように」
誰かがそう呟く。
それを止める者はいない。
まだ、命令は出ていない。
だが祈りは、消えていない。
ヴェインは窓辺に立つ。
遠く、教会の尖塔が見える。
鐘は鳴らない。
静かだ。
だが沈黙の中に、確かな変化がある。
歓声は消えた。
代わりに、疑念が広がっている。
王太子の言葉は、確かに届いた。
だが、それは信頼ではなく、問いを生んだ。
なぜ。
どうして。
本当に。
その問いは、まだ小さい。
だが確実に、広がっている。
ヴェインは拳を握る。
「時間が解決する」
そう呟く。
だが心の奥で、わずかな不安が芽を出す。
聖女を追放すれば、秩序は戻るはずだった。
中心は一つになるはずだった。
だが王都は、彼の思惑通りに動いていない。
疑念は、静かに。
だが確実に。
王太子の足元へと集まり始めていた。
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