『偽聖女と断罪された公爵令嬢ですが、三度追放されたのは王太子でした』

ふわふわ

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10 教会の調査

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10 教会の調査

 大聖堂の奥、普段は公開されぬ会議室に、重い沈黙が落ちていた。

 長い卓を囲むのは、枢機卿、司祭長、学識ある聖職者たち。

 王太子による公開断罪の翌日から、彼らは独自に動いていた。

 聖女フィートの祈りが偽りであるか否か。

 それは、王家の判断とは別に、教会として確認すべき事柄だった。

「祈祷記録をすべて持参せよ」

 枢機卿が命じる。

 書庫から運ばれてきた分厚い記録帳。

 祈りが行われた日時、対象者、経過。

 兵士の負傷記録、医師の診断書、農地の収穫量、疫病の発生と沈静の時期。

 数字は嘘をつかない。

 少なくとも、意図的に改ざんされない限り。

「奇跡と呼ぶには曖昧な事例もある」

 若い司祭が慎重に言う。

「自然回復の可能性も」

「だが、説明のつかぬ一致が多すぎる」

 老司祭が静かに返す。

「祈りの直後に高熱が引いた例が、これほど繰り返されている。偶然では済まぬ」

 さらに、祈祷に立ち会った聖職者たちの証言が集められる。

「光を見た」

「空気が変わった」

「傷が閉じる瞬間を見た」

 それは主観だ。

 だが証言は一致している。

 祈りは演出ではない。

 魔術的な仕掛けも確認されていない。

 祭壇、祈り石、祭服、すべて調べられた。

 偽装の痕跡はない。

 沈黙が続く。

 やがて枢機卿が口を開いた。

「結論は出ている」

 重い声。

「聖女フィート・セインテスの祈りは、真正である」

 部屋の空気が張り詰める。

「王太子殿下の断罪は……」

 誰も言葉を続けられない。

 王太子の宣言を否定することは、王権への挑戦に等しい。

 だが教会は、神の権威を預かる組織。

 神意を曲げることは許されない。

「神の御業を、王家の判断で偽りとすることはできぬ」

 枢機卿の声は揺らがない。

「それは神の権威を侵す行為だ」

 誰も反論しない。

 すでに理解している。

 これは単なる誤解ではない。

 王太子は、神意に踏み込んだ。

 その頃、王宮ではヴェインが報告を待っていた。

「教会は何と?」

 側近が戻ってくる。

 顔色は優れない。

「……まだ公式発表はございませんが」

「言え」

「調査の結果、奇跡は真正であるとの結論に達した模様です」

 沈黙。

 ヴェインの瞳がわずかに揺れる。

「……真正?」

「はい」

 机に置かれた指が、ゆっくりと力を込める。

「それは教会の見解に過ぎぬ」

 声は低い。

「王国の判断は、王家が下す」

 だが側近は続ける。

「殿下……教会が公に発表すれば、民衆の疑念はさらに……」

 言葉を飲み込む。

 疑念は、すでに広がっている。

 教会の調査が真正と出れば、王太子の断罪は誤りとなる。

 誤りどころか、神の御業を否定した罪になる。

 ヴェインは立ち上がる。

「教会が王家に楯突くと?」

「そのような意図では……」

「ならばなぜ、私の判断と異なる結論を出す」

 苛立ちが滲む。

 だが理屈は理解している。

 教会は王家の下ではない。

 神の下にある。

 だからこそ厄介だ。

 窓の外、空は曇っている。

 風が強い。

 王都の空気も、重い。

 教会は近く正式発表を行う。

 その瞬間、王太子の断罪は公然と否定される。

 秩序を正すはずの一手は、逆に秩序を揺るがしている。

 ヴェインは自らに言い聞かせる。

 これは教会の思い違いだ。

 民衆はやがて理解する。

 王家の判断が正しいと。

 だが胸の奥に、初めて明確な影が落ちる。

 もし。

 もし本当に、奇跡が真正であるなら。

 自分は何を否定したのか。

 何を断罪したのか。

 その問いを、彼は振り払う。

 未来の王は、揺らがない。

 揺らいではならない。

 だが教会の調査は、すでに王太子の足元に亀裂を走らせていた。
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