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12 孤立
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12 孤立
破門の布告が王都に掲げられてから三日。
王宮の空気は、目に見えて変わった。
以前なら、王太子ヴェインが廊下を歩けば、侍従も騎士も即座に道を開き、深く頭を垂れた。
今も形式上は変わらない。
だが、その動きはどこかぎこちない。
視線が合わない。
挨拶は短い。
足音が、妙に遠い。
ヴェインはそれを感じていた。
朝の謁見。
本来であれば重臣たちが並び、王太子の指示を仰ぐ時間。
だが出席者は、明らかに少なかった。
「……侯爵はどうした」
ヴェインの声が、広間に響く。
「本日は体調不良により欠席とのことです」
「公爵は」
「領地より急使が参り、急ぎ戻られました」
理由はもっともらしい。
だが偶然にしては、続きすぎている。
椅子に座る人数が減り、広間の空白が目立つ。
ヴェインはゆっくりと椅子の背に寄りかかる。
「……恐れているのか」
小さな呟き。
破門された王太子。
神の加護を失った存在。
その評価が、すでに宮廷内で広がっている。
王家はまだ彼を王太子として扱っている。
だが教会は否定した。
どちらに従うべきか。
貴族たちは計算している。
未来に賭けるべきか、距離を置くべきか。
昼過ぎ。
側近の一人が、辞表を差し出した。
「……どういうことだ」
「家族が、教会に深く関わっております」
声は震えている。
「殿下のもとにいることが、家に不利益をもたらす恐れがございます」
ヴェインの瞳が冷たくなる。
「私を見限るのか」
「決してそのような……」
「ならば残れ」
沈黙。
側近は頭を下げたまま動かない。
答えは出ている。
彼は、ゆっくりと辞表を机に置いた。
「お許しを」
そして去る。
扉が閉まる音が、やけに重い。
ヴェインはしばらく動かなかった。
その背中に、かつての威圧感はない。
孤立。
その言葉が、初めて現実味を帯びる。
夕刻、国王との面会が通達された。
王は、広間ではなく私室で待っていた。
扉を開けると、重い沈黙が流れる。
「父上」
形式通りに頭を下げる。
国王は、しばらく何も言わなかった。
やがて、静かに口を開く。
「お前の行動は、国を揺らした」
短い言葉。
「教会との均衡を崩した。民心を乱した」
「私は秩序を守ろうと」
「秩序は力で押さえつけるものではない」
国王の声は低いが、怒鳴らない。
それが余計に重い。
「聖女を断罪する前に、教会と協議する道もあった」
ヴェインは言い返せない。
それを選ばなかった。
選びたくなかった。
「私情で国を揺らすな」
その一言が、胸を打つ。
私情。
その言葉に、ヴェインは反発したくなる。
だが反論できない。
自分の内にあったものを、父は見抜いている。
「王とは何だ」
国王が問いかける。
「中心に立つ存在ではない。支える存在だ」
ヴェインの胸が、わずかに揺れる。
だがその言葉は、すぐに拒絶される。
中心でなければならない。
自分は。
未来の王なのだから。
王の私室を出たとき、回廊は薄暗かった。
かつては自分の足音に、侍従が従った。
今は誰もいない。
遠くで侍女が立ち話をしている。
ヴェインの姿を見ると、すぐに頭を下げる。
だがその視線は、敬意というよりも、距離だ。
孤立は、静かに進行している。
声高な反抗もない。
暴動もない。
ただ、少しずつ、少しずつ。
人が離れていく。
ヴェインは自室に戻る。
広い部屋。
豪奢な調度。
だが静まり返っている。
彼は窓を開ける。
夜風が入る。
遠く、教会の鐘が鳴る。
その音は、彼を祝福しない。
孤立。
まだ王太子の座はある。
だが支える者が減り、信頼が薄れ、視線が逸らされる。
中心であるはずの男が、少しずつ、円の外へ押し出されていく。
その事実を、彼はまだ認めない。
認めるわけにはいかない。
だが孤立は、すでに始まっていた。
破門の布告が王都に掲げられてから三日。
王宮の空気は、目に見えて変わった。
以前なら、王太子ヴェインが廊下を歩けば、侍従も騎士も即座に道を開き、深く頭を垂れた。
今も形式上は変わらない。
だが、その動きはどこかぎこちない。
視線が合わない。
挨拶は短い。
足音が、妙に遠い。
ヴェインはそれを感じていた。
朝の謁見。
本来であれば重臣たちが並び、王太子の指示を仰ぐ時間。
だが出席者は、明らかに少なかった。
「……侯爵はどうした」
ヴェインの声が、広間に響く。
「本日は体調不良により欠席とのことです」
「公爵は」
「領地より急使が参り、急ぎ戻られました」
理由はもっともらしい。
だが偶然にしては、続きすぎている。
椅子に座る人数が減り、広間の空白が目立つ。
ヴェインはゆっくりと椅子の背に寄りかかる。
「……恐れているのか」
小さな呟き。
破門された王太子。
神の加護を失った存在。
その評価が、すでに宮廷内で広がっている。
王家はまだ彼を王太子として扱っている。
だが教会は否定した。
どちらに従うべきか。
貴族たちは計算している。
未来に賭けるべきか、距離を置くべきか。
昼過ぎ。
側近の一人が、辞表を差し出した。
「……どういうことだ」
「家族が、教会に深く関わっております」
声は震えている。
「殿下のもとにいることが、家に不利益をもたらす恐れがございます」
ヴェインの瞳が冷たくなる。
「私を見限るのか」
「決してそのような……」
「ならば残れ」
沈黙。
側近は頭を下げたまま動かない。
答えは出ている。
彼は、ゆっくりと辞表を机に置いた。
「お許しを」
そして去る。
扉が閉まる音が、やけに重い。
ヴェインはしばらく動かなかった。
その背中に、かつての威圧感はない。
孤立。
その言葉が、初めて現実味を帯びる。
夕刻、国王との面会が通達された。
王は、広間ではなく私室で待っていた。
扉を開けると、重い沈黙が流れる。
「父上」
形式通りに頭を下げる。
国王は、しばらく何も言わなかった。
やがて、静かに口を開く。
「お前の行動は、国を揺らした」
短い言葉。
「教会との均衡を崩した。民心を乱した」
「私は秩序を守ろうと」
「秩序は力で押さえつけるものではない」
国王の声は低いが、怒鳴らない。
それが余計に重い。
「聖女を断罪する前に、教会と協議する道もあった」
ヴェインは言い返せない。
それを選ばなかった。
選びたくなかった。
「私情で国を揺らすな」
その一言が、胸を打つ。
私情。
その言葉に、ヴェインは反発したくなる。
だが反論できない。
自分の内にあったものを、父は見抜いている。
「王とは何だ」
国王が問いかける。
「中心に立つ存在ではない。支える存在だ」
ヴェインの胸が、わずかに揺れる。
だがその言葉は、すぐに拒絶される。
中心でなければならない。
自分は。
未来の王なのだから。
王の私室を出たとき、回廊は薄暗かった。
かつては自分の足音に、侍従が従った。
今は誰もいない。
遠くで侍女が立ち話をしている。
ヴェインの姿を見ると、すぐに頭を下げる。
だがその視線は、敬意というよりも、距離だ。
孤立は、静かに進行している。
声高な反抗もない。
暴動もない。
ただ、少しずつ、少しずつ。
人が離れていく。
ヴェインは自室に戻る。
広い部屋。
豪奢な調度。
だが静まり返っている。
彼は窓を開ける。
夜風が入る。
遠く、教会の鐘が鳴る。
その音は、彼を祝福しない。
孤立。
まだ王太子の座はある。
だが支える者が減り、信頼が薄れ、視線が逸らされる。
中心であるはずの男が、少しずつ、円の外へ押し出されていく。
その事実を、彼はまだ認めない。
認めるわけにはいかない。
だが孤立は、すでに始まっていた。
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