『偽聖女と断罪された公爵令嬢ですが、三度追放されたのは王太子でした』

ふわふわ

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32 錯乱

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32 錯乱

 風が吹きつける。

 乾いた砂が頬に当たる。

 冷たい。

 痛い。

 それが現実だ。

 幻ではない。

 ヴェインは地面に横たわったまま、荒い呼吸を繰り返す。

 光は消えた。

 フィートの姿も、温もりも、すべて。

 あれは幻覚だった。

 自分の弱さが見せた、都合のいい幻想。

「……なぜだ」

 かすれた声が漏れる。

 喉が焼けるように痛い。

「なぜ、私がこんな目に遭わなければならんのだ……」

 空は答えない。

 風も、何も返さない。

 胸の奥に、怒りがじわりと湧く。

 悔恨ではない。

 反省でもない。

 怒り。

 憤り。

 自分が不当に扱われているという感覚。

「私は……王太子だった」

 言葉が乱れる。

「未来の王だったのだぞ」

 誰に向けた主張か分からない。

 荒野に向かって叫んでいるだけ。

 だが彼は止まらない。

「秩序を守ろうとしただけだ……」

 呼吸が荒くなる。

「称賛は王に向くべきだと、そう思っただけだ……」

 思考が混線する。

 聖女の光。

 民衆の歓声。

 自分を見ない視線。

 すべてが混ざり合う。

「なぜ私が責められる」

 声が震える。

「なぜ、私だけが奪われる」

 破門。

 廃嫡。

 剥奪。

 拒絶。

 殴打。

 空腹。

 幻覚。

 すべてが自分に向かった。

 それが理解できない。

「私は……中心だ」

 呟きが、次第に強くなる。

「世界は、私を中心に回るべきだ」

 荒野に転がる男の口から出る言葉ではない。

 だが彼の中では、まだ崩れていない。

 崩したくない。

「なぜそれが分からんのだ……」

 目が見開かれる。

 視界が揺れる。

 雲が歪む。

 風が笑っているように感じる。

「なぜ私が、泥にまみれ、残飯を漁り、殴られ、追われねばならん」

 声がかすれ、叫びに近づく。

「私は王だぞ……!」

 胸が痛む。

 だが怒りがそれを上回る。

 理解しようとすれば、崩れる。

 だから理解しない。

 すべては他者のせいだ。

 教会。

 国王。

 民衆。

 そして聖女。

 幻が見えたのも、彼女のせいだ。

 そう思わなければ、自分の愚かさを認めることになる。

 ヴェインの呼吸が乱れる。

 笑いとも泣きともつかぬ音が漏れる。

「……なぜだ」

 再び、同じ問い。

 だが答えはない。

 あるのは荒野だけ。

 彼の内側で、何かが軋む。

 理性が崩れ始める音。

 誇りと現実の乖離が、限界に達しつつある。

 ヴェインは空を睨む。

 かつて自分が支配するはずだった世界。

 今は、彼を見下ろすだけ。

 錯乱は、静かに進行していた。

 そしてそれは、次の段階へと彼を押しやろうとしている。
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