『偽聖女と断罪された公爵令嬢ですが、三度追放されたのは王太子でした』

ふわふわ

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31 幻覚

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31 幻覚

 光は、完全に消えていた。

 荒野の空は曇り、夕暮れの色が地平を滲ませている。

 風が吹く。

 冷たい。

 先ほどまで包まれていた温もりは、跡形もない。

 ヴェインは手を伸ばしたまま、しばらく動けなかった。

 指先は震えている。

 だがそこには、何もない。

「……」

 喉が鳴る。

 掠れた呼吸が、荒野に溶ける。

 ゆっくりと手を下ろす。

 土の冷たさが、ようやく現実を突きつける。

 泥にまみれた自分の腕。

 裂けた衣。

 痩せた指。

 そこに聖女の光は、存在しない。

「……幻覚か」

 声が、乾いている。

 理解は、静かに訪れる。

 極度の疲労。

 飢え。

 脱水。

 殴打の痛み。

 そのすべてが、意識を歪めた。

 救いを求める心が、幻を作った。

 フィートは、ここにいない。

 あの日、彼女は荒野へ去った。

 自分が追放した。

 それが事実。

 ならば今の姿は。

 ただの幻。

 ヴェインは空を見上げる。

 雲が流れている。

 光はない。

 祈りもない。

 あるのは風だけ。

 胸の奥が、ひび割れるように痛む。

 期待があった。

 触れれば、何かが変わると。

 赦されるのではないかと。

 だがそれすら、奪われた。

 救いは存在しない。

 幻だった。

 彼はゆっくりと笑う。

 小さく、かすれた音。

「……馬鹿らしい」

 聖女が自分を救うなど。

 自分が追い出した相手だ。

 赦される理由がない。

 いや。

 赦しなど、必要ないはずだ。

 自分は正しかった。

 そうだ。

 秩序を守ろうとした。

 王権を守ろうとした。

 それなのに。

 指先が、地面を掴む。

 土が崩れる。

 力が入らない。

 視界が揺れる。

 幻覚だと理解しても、胸の空洞は埋まらない。

 寒さが戻る。

 痛みが戻る。

 空腹が戻る。

 現実が、すべて戻る。

 ヴェインは荒野に横たわったまま、虚空を見つめる。

 誰もいない。

 光もない。

 声もない。

 救いもない。

 ただ、静かな空。

 幻は消えた。

 残ったのは、自分の選択だけ。

 そしてその結果。

 それを直視する力も、もう残り少ない。
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