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第二部《転生者VS転生者》編
第104話【勇者スルト、客をもてなす】
しおりを挟むアレサンドの街の中心部に位置する”勇者の館”の前で馬車が停まった。中から二人の貴族が降り立ち、優雅な仕草で一礼した。
「勇者様。お初にお目にかかります。ロイエンと申します。こちらが妻のローレルです」
「お待ちしてました。ロイエン男爵、ローレル夫人」
続いて、艶やかな装いの女性が馬車から姿を現す。
「この度はご招待ありがとうございます、スルト様」
「お久しぶりです。皇都から遠路はるばるありがとうございます。イゾルデさん」
スルトはそう言って三人を館の中へと案内した。歩きながら、彼はイゾルデに話しかける。
「今日は一段と素敵ですね」
「ありがとうございます。ずっとこの日を楽しみにしていたんです」
応接室に足を踏み入れると、三人は思わず感嘆の声を漏らした。ロイエン男爵が口を開く。
「さすが勇者様の館ですね。皇都で陛下に貸して頂いている別邸のようです。自領の私達の館は大きいばかりで……」
「お父様!」
イゾルデが嗜めるようにそう言った。
全員がソファに腰を下ろすと、スイレンが淹れたての紅茶を運んでくる。
「皆さん長旅でお疲れかと思いますので、ゆっくりなさってください。この近くに来客専用の別館も整えていますので是非そちらでお泊まりください」
「おぉ、それは大変ありがたい。厚かましいお願いですが、数日間滞在してもよろしいでしょうか。私の領地の有力商会がアレサンドに出店予定で下見などできたらと」
「もちろん、構いません。商会も大歓迎です。こちらのアラム男爵と相談してください」
スルトが紹介すると、傍らに控えていたアラム男爵が静かに会釈した。次にローレル夫人が口を開く。
「ご配慮ありがとうございます、スルト様。いずれ娘と同じ館になって欲しいと思っていますけど……いかがでしょうか?」
「お母様?!」
イゾルデが慌てた様子で声を上げる。
「あはは。でも……はい、もちろんそうなれたらと思って今回も招待させて頂きました」
スルトのあまりに素直な返答に、その場にいた全員が固まった。イゾルデも驚きを隠せない表情でスルトを見つめる。
「尋ねた私が少し面食らってしまいました。娘に聞いた通り、スルト様は本当に素敵な方ですね」
ローレル夫人がそう言うと、ロイエン男爵が言葉を継いだ。
「スルト様が皇都におられた時から娘は毎日のようにあなたの話ばかりで、今回のお話も大喜びだったのです」
「お父様!」
「でもドミニス陛下とリーン様に目をかけて頂いて、今度は勇者様だなんて。イゾルデがご迷惑になっていないか私は心配で心配で」
「もうっ! スルト様、館を案内して頂けませんか?」
「え? は、はい」
イゾルデの勢いに気圧されるようにスルトは答え、彼女と共に部屋を後にした。
* * *
「本当にすみません。両親はいつもあの調子で」
「はは、明るいご両親ですね」
「勢いで部屋を出てしまいましたが、改めて案内をお願いできますか?」
「もちろんです。じゃあ、行きましょうか」
スルトはイゾルデの手を取って階段を上がり、アレサンドの街が一望できるテラスへと出た。
「わぁ……」
イゾルデは広がる街の景色に目を輝かせた。
「少しずつ活気も出てきて、市場も露店が増えてきたんです。明日、街を案内しますね」
「ありがとうございます。とても楽しみです」
しばらく二人で景色を眺めていたが、イゾルデが呟くように言った。
「あの……先ほどおっしゃったことですが……」
「はい、自分は本気です」
「スルト様……」
イゾルデはスルトを見つめた。
「でも焦らずゆっくりイゾルデさんと仲良くなりたいかなって……どうかしましたか?」
何か迷いを秘めたような表情で俯く彼女を見て、スルトは尋ねた。
「あの、後ほど少しお時間を頂けませんか? お話しないといけないことが」
「あ、はい。じゃあ、夕食の後でいかがですか?」
「ありがとうございます。それでは一度両親のところに戻って荷解きなど済ませてきますね」
イゾルデはいつもの笑顔に戻り、スルトと共にテラスを後にした。
(なんだろう……実は婚約者がいる、とか? 貴族の作法とかさっぱりだし貴族令嬢モノみたいなのは嫌だなぁ)
* * *
ロイエン男爵夫妻らとの夕食を終え、スルトとイゾルデは談話室のソファに並んで座っていた。
「実は……スルト様に最初に声をかけたのはリーン様に勧められたからなんです」
「え? そうなんですか?」
(婚約者じゃなかった。しかし突然リーンさんが出てきたな)
「はい」
「話が見えないんですが、なにか問題が?」
「その……最初から全てお話します。私の父は男爵ですが辺境の貴族なんです」
スルトは静かに耳を傾けた。
「いつもあの調子なので領地を増やす野心もなかったのですが、以前たまたま家族全員が招待されたパーティーでリーン様に声をかけて頂いて……」
「なるほど」
「それからなにからなにまで手を尽くしてくださり、社交界でも私の名前が知られるようになったんです」
「陛下が社交界で注目の的だって言ってましたもんね」
スルトがそう言うと、イゾルデは少し気恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「でも……やはり他の貴族家からは疎まれているんです。陰では田舎者だと言われています」
「そんなことを言う奴が。見苦しい嫉妬ですね」
イゾルデが微かに驚いた表情を見せる。
「そんな折に勇者様が帝国に来られて、すぐに陛下にとって最も大事な臣下となったのを見て……リーン様が私にスルト様と親交を深めて、その……婚約を、と」
「なるほど。先ほどまでのお話だと勇者の権威があれば諸々解決すると。でも勇者だけど子爵だからポラン侯爵なんかに比べると全然足りないんじゃ。足りそうですか?」
淡々と語るスルトを見て、イゾルデは困惑した様子で尋ねる。
「あの……スルト様はこのような話をお聞きになってお怒りになられないのですか? 私がそのような目的で近付いたと」
「怒る? イゾルデさんみたいな良い人なら大歓迎ですよ」
(でも確かに元の世界で自分に金と地位があったら絶対警戒してた気がする。こっちだとなんか爵位も財産も現実味がないからかなぁ)
「スルト様はドミニス陛下とどこか似ていますね。あの方も……あ、すみません」
「いえ。でもどうしてそんな話を? 話してくれたのは嬉しいですけど仮に自分が怒って白紙になったらリーン様が怒るんじゃ」
イゾルデは顔を上げ、続けた。
「それが……リーン様がスルト様にこの話を伝えるように、と」
「えっ?!」
(やっぱりあの人ちょっとおかしい!)
「スルト様なら必ず理解して頂けると。それに私から話せばその……信頼してもらえる、と」
「それ言っちゃったら意味ないんじゃ……話をまとめると、婚約すればイゾルデさんへの陰口が減って、リーン様も満足ってことですね?」
「え……ま、まぁそういうこと……になりますね。よろしいのですか?」
「はい。皇都で伝えるタイミングを逃してしまいましたが、自分はイゾルデさんが好きですから」
スルトのまっすぐな言葉にイゾルデは一瞬目を見開き、それから彼を見つめて言った。
「ありがとうございます。私も……お慕いしています。これは本心です」
しばらくの間、二人は見つめ合っていたが、やがてスルトが気恥ずかしそうに口を開く。
「でもちょっと意外ですね。リーン様って物静かなのに貴族の権力争いとかするんですね」
「ふふ、勇者様でも勘違いされることはあるんですね。リーン様が全ての貴族を掌握されているんです」
「そうなんだ……えっ?! 陛下ではなく?」
スルトが驚きの声を上げた。
「はい。リーン様は人の心を見抜く天賦の才をお持ちなんです。それに陛下はあまりそういったことに興味を持たれないので」
「んんん? でもドミニス陛下は今まで貴族とか粛清しまくってるって噂で聞いたけど」
スルトがそう言うと、イゾルデは意味深な笑みを浮かべる。
「えーっ! あの人やっぱりこわっ! あっ、心の声が出ちゃった!」
「聞かなかったことにしておきますね」
イゾルデは思わず苦笑した。
そのまま二人は、和やかに婚約の相談や明日の案内の計画を話し続けた。
* * *
次の日の早朝。
商人たちが開店の準備に追われ始めた市場の喧騒の中に、スルトの姿があった。目深にフードを被り、古びた書物を並べている露店へと近づく。
「サトウさん」
声をかけると、サトウはスルトに気付き、何も言わずに背を向けて歩き出した。その背中を追って、スルトも路地裏の小さな建物へと足を踏み入れる。
奥の部屋に通されると、待っていた一人の男性が椅子から立ち上がった。
「お待ちしておりました」
「伝言は受け取ったよ。あんたは?」
「名も所属もないただの仲介人でございます」
「そっか。悪いけど、まだあんた達も依頼主も信用してないんだ」
「なるほど。それでは依頼主からの伝言をお伝えします。 ”もし手紙が読めたのなら対立よりも対話を選びたい” 以上です」
(どうしたものかなぁ……そもそも魔王と和解してお互い楽しく暮らす、なんて女神様が許してくれるんだろうか)
「なるほど。じゃあ依頼主にこれだけ伝えてくれ。 ”対話したいならモルドラスはあきらめろ” と」
「承知しました。必ず伝えます」
「返事が来たら連絡してくれ」
立ち去ろうとするスルトを男が引き留める。
「少々お待ちを。依頼主から預かっている品がございます」
スルトが怪訝な顔を向ける中、男はテーブルの上に一つの箱と、書類の束を置いた。
「これは……新聞か? こっちは……」
(靴……? 女性用か?)
「これを渡せと?」
「はい」
スルトは何も言わず、箱と新聞の束を抱えると、足早に建物から出ていった。
【Invocation Protocol: ARIA/Target:Surtr】
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