94 / 113
第94話 夏祭り①
しおりを挟む8月20日。
今日はとても大切な日だ。凄く大切な日だ。死ぬほど大切な日だ。
なんと言っても今日! 僕は! 月上さんと夏祭りデートをする!
(頑張ろう! シミュレーションはいっぱいした。恋愛シミュレーションゲームも徹夜でクリアした。何1つ問題なし! いける!)
洗面所の鑑の前で櫛を髪に通す。寝ぐせとか、絶対無いようにしないと。
スマホにメッセージが届く。月上さんからだ。
『16時00分に虎福寺の石階段の前に集合(‘ω’)ノ 楽しみで昨日は眠れなかった( ˘ω˘ )zzz...』
「あはは……寝てるじゃないですか」
僕はリアルに眠れていない。けれど頭に疲労は無い。
不安で緊張するけど、それ以上に楽しみだ。12時間後の僕はどういう気持ちになっているんだろう。
『失敗したぁ』って落ち込んでいるかな。それとも『楽しかったぁ』って満足してるかな。
(服は半そでに短パンでいいかな……それとももっと可愛い恰好しようか。で、でも、僕なんかがスカートとか、ましてや浴衣とか着ていったらお笑い草だよね)
うん。シンプルに半そで短パンでいいや。
「出る前に口臭ケアして、梓羽ちゃんから借りた香水を全身に振りかけて……それからそれから……」
昨日用意した71個のチェック項目にチェックしていく。
全てのチェック項目をクリアした所で、僕はマンションを出る。
(まだ待ち合わせまで2時間あるけど、途中で何があるかわからないし! 早めに出て損はないよね)
早く着いて、心の準備もしたいし。
外に出ると、少し湿っぽい熱気が顔に当たった。カラッとした空気よりこっちの方が夏って感じがする。湿気交じりの熱気は誰もが嫌いと言うけれど、僕はそんなに嫌いじゃなかったり。なんとなく僕の肌に合うんだよね。
寺の前の石階段。100段以上あるであろう石階段の3段目に腰を落ち着ける。
スマホを弄るも落ち着かず、かと言って風景を見ていると他人と目が合ってしまうため、足元で一生懸命餌を運ぶ蟻を見つめる。
「あれ? お姉ちゃん?」
知った声が聞こえた。
私服の梓羽ちゃんだ。梓羽ちゃん――だけなら良かったのだけど、隣に知らない人がいた。
「うわっ、えっとっ……その……!」
「へぇ。この人がお前の姉ちゃんなのか。こんにちは。梓羽の友人の金剛火針です」
「ウチの生徒会副会長でもある」
帽子を被ったロングヘアーの女の子。凄く綺麗な金髪だ……スタイルもモデルみたいで、中学生なのにカッコいい美人さん。丁寧に僕なんかに頭も下げて、礼儀正しい。
「あ、えっと、ああ姉のレイです……い、妹がお世話になってます」
「世話になってるのはこちらの方です。お姉さんはこんなとこでなにしてんスか?」
「えぇっと、人を待っていて……」
なんでかわからないけど、この子……ずっと値踏みするような目線を向けてきてる……。
「……なぁ梓羽。お前って姉が2人居たりしてないか?」
「古式家の姉妹は2人だけだよ」
「そうか……いや、なんか聞いてたイメージと違ったもんでさ」
が、ガッカリさせちゃったかな……そうだよね。この完璧人間の妹にこの姉はおかしいもんね……。
「――ちょっと梓羽! そこでなにしてんのよ!」
石階段の上から、物凄く大きな声が飛んできた。
なぜだろう。どこか聞き馴染みのある声だ。
「ちっ。二叶のやつ、こんな暑いのに元気だな」
「上がろうか。じゃあねお姉ちゃん」
「失礼します」
「う、うん。バイバイ、2人とも……」
上手く喋れなかった……梓羽ちゃんに申し訳ない。
いや、今はそれどころじゃない。切り替えろ僕!
(あと20分で約束の時間だ。やばい……落ち着け。心臓が痛い……深呼吸、深呼吸……)
ざわ。と空気が変わった。
ここはお祭りの通りへ繋がる道の1つ。人通りはそれなりで、おかげで彼女の接近にいち早く気づけた。
男性も女性も戸惑いと歓喜の入り混じった声を上げた。まだ夜になっていないのに、月は出ていないのに、その人だけは月下にいるような輝きを放っていた。
自然と人々は道を開け、彼女を僕の前へと通す。
「お待たせ。レイ」
「月上……さん」
銀色の長い髪は結ってあって、ポニーテールになっている。いつもは髪で隠れて見えない、滑らかで白い首筋が上品な色気を醸し出す。
冷たくも、奥行きのあるブルーの瞳が僕を捉えて離さない。まるで深海の蒼。ただひたすらに沈んでいく。
制服でも私服でも無く、浴衣だ。白くて、椿柄の浴衣。浴衣に全然詳しくない僕でも、生地の良さが見てわかる。上等な浴衣だ。普通の高校生が着れば浴衣の魅力に負けてしまうけど、月上さんの場合は釣り合っている。
羞花閉月。
美人。という言葉は、きっと、この人を表現するために生まれた言葉だ。
「なんで浴衣じゃないの?」
首を傾げて月上さんは問う。
「え。だって、普通は……私服じゃないですかね?」
浴衣を着るなら、予め言うものだと思っていた。特に打ち合わせていないならみんな私服でくるものだと思ってた……。
「……そうなんだ。祭りには浴衣で行くものだと思ってた」
お互い、多分友達と祭りに行った経験が無いから、どっちの認識が間違っているのかもわからない。
「浴衣、着ないの?」
「い、いまからですか? 家に浴衣ありませんし、僕に浴衣は似合いませんし……」
「……なにあの美人! すっげーな、声掛けちゃおうっかな……」
ボソボソ声が聞こえる。
「……やめとけって。お前じゃアレだ。月とすっぽんってやつだ」
「……ああ! ふざけんなよ! すっぽんはあの前髪なげぇ女の方だろ」
「……ねぇ、あの子……なんか可哀想じゃない?」
「……こんなの公開処刑じゃんね。あんな美人の横を歩くなんて、誰だって無理なのに……あんな地味な子じゃもっとねぇ……」
はは……乾いた笑いが零れる。
そうだよ。そうだよね……こうなることは予測できてたじゃないか。
ゲームの世界でも全然追いつけてないのに、現実じゃもっと――僕と月上さんとの距離は遠い。わかっていたことじゃないか。
「……どうする? ナンパしたら隣のやつもついてきちゃうかな」
「……まぁまぁ、そこは適当にさ……」
体が震える。
(馬鹿だな僕……やっぱり、断るべきだったんだ。僕は、月上さんの横を歩けるような人間じゃない……)
なんて惨めな女だ。
ダメだ。泣くのだけはダメだ……。
「まだ時間はある」
「え?」
月上さんが、僕の右手を掴む。
「私の家に来て」
「な、なんでです!?」
「浴衣に着替えてもらう」
「え、えぇ!?」
月上さんは1度手を放しスマホで誰かに連絡すると、再び僕の手を握った。
「つ、月上さん。気持ちは嬉しいですけど……む、無駄ですよ」
やばい。ダメだ。声が震える……。
「僕じゃ……浴衣を着たところで、月上さんとは」
「うるさい」
月上さんは僕の頬を掴み、左右に引っ張る。
「ふ、ふひはみはん!?」
「あなたは、私の横を歩ける女だよ。それを証明する」
月上さんは僅かに頬を緩ませ、
「――私を信じて」
10
あなたにおすすめの小説
【完結】デスペナのないVRMMOで一度も死ななかった生産職のボクは最強になりました。
鳥山正人
ファンタジー
デスペナのないフルダイブ型VRMMOゲームで一度も死ななかったボク、三上ハヤトがノーデスボーナスを授かり最強になる物語。
鍛冶スキルや錬金スキルを使っていく、まったり系生産職のお話です。
まったり更新でやっていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過しました。
────────
自筆です。
癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。
branche_noir
SF
<カクヨムSFジャンル週間1位>
<カクヨム週間総合ランキング最高3位>
<小説家になろうVRゲーム日間・週間1位>
現実に疲れたサラリーマン・ユウが始めたのは、超自由度の高いVRMMO《Everdawn Online》。
目的は“癒し”ただそれだけ。焚き火をし、魚を焼き、草の上で昼寝する。
モンスター討伐? レベル上げ? 知らん。俺はキャンプがしたいんだ。
ところが偶然懐いた“仔竜ルゥ”との出会いが、運命を変える。
テイムスキルなし、戦闘ログ0。それでもルゥは俺から離れない。
そして気づけば、森で焚き火してただけの俺が――
「魔物の軍勢を率いた魔王」と呼ばれていた……!?
癒し系VRMMO生活、誤認されながら進行中!
本人その気なし、でも周囲は大騒ぎ!
▶モフモフと焚き火と、ちょっとの冒険。
▶のんびり系異色VRMMOファンタジー、ここに開幕!
カクヨムで先行配信してます!
親がうるさいのでVRMMOでソロ成長します
miigumi
ファンタジー
VRが当たり前になった時代。大学生の瑞希は、親の干渉に息苦しさを感じながらも、特にやりたいことも見つからずにいた。
そんなある日、友人に誘われた話題のVRMMO《ルーンスフィア・オンライン》で目にしたのは――「あなたが求める自由を」という言葉。
軽い気持ちでログインしたはずが、気づけば彼女は“ソロ”で世界を駆けることになる。
誰にも縛られない場所で、瑞希は自分の力で強くなることを選んだ。これは、自由を求める彼女のソロ成長物語。
毎日22時投稿します。
無表情ドールマスター
けんはる
ファンタジー
無表情少女香月 ゆずが姉に誘われて始めたVRMMO〈Only Fantasy〉で十天聖の一人に選ばれてしまうが
そんなことは関係なく自由に行動していく物語
良ければ
誤字・脱字があれば指摘してください
感想もあれば嬉しいです
小説を書こうでも書いてます
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
もふもふと味わうVRグルメ冒険記 〜遅れて始めたけど、料理だけは最前線でした〜
きっこ
ファンタジー
五感完全再現のフルダイブVRMMO《リアルコード・アース》。
遅れてゲームを始めた童顔ちびっ子キャラの主人公・蓮は、戦うことより“料理”を選んだ。
作るたびに懐いてくるもふもふ、微笑むNPC、ほっこりする食卓――
今日も炊事場でクッキーを焼けば、なぜか神様にまで目をつけられて!?
ただ料理しているだけなのに、気づけば伝説級。
癒しと美味しさが詰まった、もふもふ×グルメなスローゲームライフ、ここに開幕!
【完結】VRMMOでチュートリアルを2回やった生産職のボクは最強になりました
鳥山正人
ファンタジー
フルダイブ型VRMMOゲームの『スペードのクイーン』のオープンベータ版が終わり、正式リリースされる事になったので早速やってみたら、いきなりのサーバーダウン。
だけどボクだけ知らずにそのままチュートリアルをやっていた。
チュートリアルが終わってさぁ冒険の始まり。と思ったらもう一度チュートリアルから開始。
2度目のチュートリアルでも同じようにクリアしたら隠し要素を発見。
そこから怒涛の快進撃で最強になりました。
鍛冶、錬金で主人公がまったり最強になるお話です。
※この作品は「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過した【第1章完結】デスペナのないVRMMOで〜をブラッシュアップして、続きの物語を描いた作品です。
その事を理解していただきお読みいただければ幸いです。
───────
自筆です。
アルファポリス、第18回ファンタジー小説大賞、奨励賞受賞
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる