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王子様、文通の相手はお嬢様ではなく私です。

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「ねぇ、この手紙の返事さぁ……アンタ書いといてよ」

 子爵令嬢であるアメリー様はそう言って、私に一通の手紙を投げつけた。

「これは……第4王子、フレン様の手紙ですね」

「そう。どうせ病気で長くないって言われているらしいしさ、いちいち相手するのも馬鹿だと思わない?」

 一応、目の前のアメリー様はフレン様の婚約者である。
 ただアメリー様はフレン様に対して恋愛感情どころか、敬意すらないらしい。

「そういえばあなた平民の出だったわね。もしかして文字も書けない?」

 馬鹿にした顔、見下した笑顔を向けられる。

「いえ、書けます」

「ならお願い。建前上、失礼のないようにね。そうだ、今から嘘泣きの練習しとこ。葬儀の時めいいっぱい泣いて悲劇のヒロインを演じないとね。それで他の王子様の心を射止めたら最高と思わない?」

 まだ13歳の少女とはいえ、少々性格がねじ曲がり過ぎている。
 ただ彼女に対して文句を言えば職を失うのは必然だ。

 私は平民、この城においての価値は低い。女性ということ、彼女と年が近いということ、護衛能力が高いということ。それだけの理由で彼女の守護騎士……という名の雑用になれたのだ。この立場を失うわけにはいかない。

「手紙の返事、任せたわよ」

 私に拒否権などない。

「承知しました」


 ---


 父は騎士で、母はフィリアム家の使用人だった。父が病で死に、家計に苦しんだ母は私をフィリアム家の騎士に推薦した。私が12の時である。

 父が生きている間、父は私に剣を教えてくれた。おかげで私はフィリアム家の試験に合格し、アメリー=フィリアム様の守護騎士となれた。守護騎士とは簡単に言うと専属の騎士だ。私の護衛対象はフィリアム家ではなくアメリー様、なにがあってもアメリー様を守る盾となることが私の役目。

 アメリー様は私の二つ年下で、フレン様も二つ年下だ。以前、一度だけアメリー様と一緒に見舞いに行ったことがある。

 髪も目も青い少年だった。髪は海のように濃い青色で、目は空のように淡い青色だった。ベッドから窓を見上げるその瞳は、人生に対する諦めが見えていた。アメリー様がいくら猫被って話しかけても、小さく頷くばかりで言葉を返さなかった。

 そんな彼が今さらどんな手紙を送ってきたのか、いささか興味はある。

 ベッド、机、クローゼットで面積の8割を使い果たした私室。机の上で私は手紙の封を切る。

《アメリー=フィリアム殿
 体調が優れぬゆえ、手紙にて失礼いたします。
 主治医より、余命宣告を受けました。私の命はあと2年ほどで尽きるようです。私の人生が幕を閉じる前に、アメリー様との関係に終止符を打っておこうと思いまして、筆をった次第です。どうか私のことをお忘れになって、また別の婚約者を見つけてくださいませ。
 貴女あなたの未来が希望で満ちることを祈っております》

 つまりは婚約解消の申し込み……というわけか。自身がそんな状況なのに、丁寧なこと。
 文字はところどころ掠れている。ペンを握るのもやっとだったのだろう。

「……」

 この申し込みに対して『はい! 婚約解消しましょう!』なんて言うのは論外。どうせフレン様が亡くなれば婚約は解消されるのだ、焦ることはない。少しでも王族に良い印象を与えるのが最善。
 ここは……、

《フレン=ガルティナ様
 体調が悪化しているとの話、大変心苦しく思います。
 しかし、どうか諦めないでください。私はフレン様の病が完治し、体調も回復すると心から願い、信じております。ゆえに、婚約を解消する気など一切ございません。
 医療は常に進歩しております。例え今は治せぬ病でも明日、ひと月後、来年には治せるようになっていることもあります。ただし、フレン様が諦め、病に身をゆだねてしまえばそこで希望はついえてしまうでしょう。どうか気を強く持って、立ち向かってください。
 私は、フレン様と共に、光ある未来を歩みたいと願っております》

 こんなものだろうか。
 本心と建前、どちらも混ぜた文章だ。生きてほしいとは思う。死ぬにはまだ若すぎる。だけど、どこかで無理だろうと思っている自分もいる。

 変に希望を持たせることは残酷だろうか。でも、まったくの0%ではないだろう。1%ぐらいは生きる道もある……はずだ。諦めないでほしいというのは、紛れもない本心だ。

 手紙を丁寧に折りたたみ、封に入れ、フィリアム家専属の配達屋に渡した。
 配達屋が馬車に乗って屋敷を出るのを見送り、いつもの業務に戻る。


 --- 


 驚いた。
 たった三日で返事が届いたのだ。
 封を切るのが躊躇ためらわれる。なにか失礼はなかっただろうか……。

 私室で手紙を開き、読む。

《アメリー=フィリアム殿
 まず、貴女に感謝を言いたい。ありがとう。
 貴女がそこまで私を想ってくださったとは知りませんでした。以前、お会いした時はあまり私に興味を示していないように思われましたので。勝手な勘違いをしてしまい申し訳ございません。
 貴女の手紙を見て、如何いかに自分が卑屈になっていたか知りました。確かに、この国の医術は常に進歩している。今は不可能でも明日可能になることもある。諦めるのは早いですね。
 一つ、お願いがあります。
 私は今、生活のほとんどをベッドの上で過ごしております。娯楽はなく、退屈な日々です。貴女さえ良ければ、こうして手紙を時折交わさせて頂きたい。如何でしょうか》

 い、意外にも好感を持っていただいたようだ。いや、好感を持たれ過ぎた。本音を言えば、手紙はひとつ前の私の返事で終了がベストだった。

 長く手紙を交わせばいずれボロが出てしまう。2年ぐらいなら何とか乗り切れるか……。
 どっちにせよ、これを断るのは失礼だ。受けるしかない。

「えー……うぅ……」

 面倒な仕事が増えてしまった……。

 私が休める時間は昼に30分と夜10時から明朝の4時まで。それ以外はアメリー様の護衛と言う名の雑用をしなければならない。その貴重な休み時間を手紙に吸い取られるのはつらいな……。

 仕方ない。これも運命だと受け止めよう。2年の辛抱だ。

《フレン=ガルティナ様
 フレン様が病に立ち向かう気になってくれて嬉しいです。手紙を交わすことでフレン様のいとまを埋めることができるのなら、私は何千通でも手紙を書きます。フレン様と手紙を交わすことは、私にとっても幸福なことです》

 ここまで書いてみて、少し文が硬いかな? と思った。
 フレン様は暇つぶしにこの手紙を読むのだからユーモアさは必要だ。それに風の噂で、笑うことで病を吹き飛ばした人もいると聞いたことがある。

 笑える話を混ぜよう。

《風の噂で病には笑顔が効くと聞きました。そこで、一つ笑い話を。
 私の幼少期の話です。私は父の誕生日に送るプレゼントを何にするか悩んでいました。その頃、近所でイチゴという甘くて芳醇なフルーツが採れると聞き、私はそのイチゴでジュースを作って父にプレゼントしようと考えました。ただし、私はイチゴを見たことがありません。なので言葉伝えに聞いた緑のヘタ、赤い実のフルーツという情報を頼りにイチゴを採りに行きました。イチゴを採取した私はミルクと蜂蜜にイチゴを合わせジュースを作り、父にプレゼントしました。父は泣きながらジュースを一気に飲み干しました。ですがすぐさま、父は顔を真っ赤にして悶え苦しんだのです。後でわかったことですが、私が採取したのはイチゴではなく、イチゴと同様に緑のヘタと赤の実を持つトウガラシだったのです。本当に父には申し訳ないと思いました》

 アメリー様ではなく、私のエピソードだけどまぁいいだろう。

 ……笑えるかな? 

 書いた後で恥ずかしくなってきた。でももう昼休みも終わるし、これで送ろう。


 --- 


 手紙を送ってから数日の間、馬車が屋敷に入るたびびくびくとしていた。
 思えば手紙というものを異性に送るのは初めてで、慣れてないのだ。あそこまで思い切った文章を書いたことを今になって恥ずかしくなってきた。

 私が手紙を送ってから5日後。

 返事の手紙が返ってきた。届いたのは夕方で、すぐに開けることはできなかった。それから先の業務は全然集中できず、アメリー様に注意を受けるほどだった。

 夜、机の上でまた封を切り、中を確認する。

《アメリー=フィリアム殿
 この前の手紙、とても笑わせて頂きました。あそこまで心から笑ったのは病を告げられてから初めてです。私の笑顔を見て、使用人が泣き出す始末でした。
 アメリー様はとても活発な子供だったのですね。いつか私も飲んでみたいものです、アメリー様のトウガラシジュースを》

 ふふ、とつい笑みが零れてしまった。

《笑顔が病に効くというのは本当かもしれません。貴女の手紙を読んでいる時、嘘のように痛みが引くのです。どれだけ薬を飲んでも痛みが引くことはなかったのに。貴女の手紙が一番の特効薬だったようです》

 なんだろう、この気持ちは……。
 顔が、熱くなっていく。

《もっともっと、貴女の話を聞かせてください。できるだけ、多く貴女のことを知りたい》

 この屋敷に務めてから、ほとんど屋敷に閉じ込められてきた。
 私もフレン様と同じで、娯楽のない世界にいる。
 だから私にとっても、この文通がかけがえのないモノになるのに……そう時間はかからなかった。


 --- 


 文通を始めてから1年の時が流れた。
 頻度は大体五日に一度ほどだ。
 私たちは多くのことを語り合った。行きたい場所、食べたい物、やりたいこと。その全ての頭に『一緒に』を付けて。

 私がアメリー様の部屋の掃除をせっせとやっていると、

「ねぇスカーレット。アンタ最近、よく笑うようになったわね」

「え? そうでしょうか?」

「昔は鉄仮面だったのに」

 自覚はない……けど、確かに最近、よく顔が緩むような……。

「あんまり調子に乗らないで。ムカつくから」

「はい……申し訳ございません」

 アメリー様は機嫌が悪そうだ。
 最近ずっと礼儀作法や語学の勉強で休む暇がなかったから、疲れているのだろう。今も机に向かって自習しているところだ。

「あーあ、早く結婚してこんな家おさらばしたい……」

 アメリー様はそう言って手に持ったペンを机に放り投げた。

「ねぇ、そういやまだフレン様との文通は続けてるの?」

「は、はい。続けています」

「どう? そろそろ死ぬ? アイツ」

 微笑交じりにアメリー様は言う。
 我が主人ながら、酷い言いぐさだ。腹の底から怒りが湧いてくるが……堪える。

「……いえ。回復こそしていないものの、病状が悪化したという話は聞きません」

「はぁ~。死ぬなら死ぬで早く死んでくれないかなー? 鬱陶しいな~」

 雑巾を持つ手に力がこもる。我慢だ、我慢……。
 王子の絶望、王子の努力は手紙から感じ取ってきた。あの方がどんな気持ちで病と闘っているか知れば、こんな発言はできないだろう。
 煮え返る思いを必死に抑え、私は昼休みまで乗り切った。
 私が昼休みに入ると同時に、郵便を乗せた馬車が屋敷に入った。私は配達屋さんから手紙を受け取り、部屋で読む。

……その内容は、残酷なものだった。

《アメリー=フィリアム殿
 貴女との文通を始めてから1年が経ちました。ですが、残念ながら病が消えることはありませんでした。
 私の余命は変わらず。今年見る桜が私が見る最後の桜になりそうです》

「そんな……」

 視界が涙で霞む。

《貴女にお願いがあります。私の最後のお願いです》

 それまでずっと、掠れていて、薄い文字だったのに、
 次の一文だけは……力強い文字で書いてあった。


《貴女に会いたい》


 力を振り絞って書いてくれたのだと、すぐにわかった。
 なぜなら次の文字からいつもより、薄く、弱い筆圧で書かれていたからだ。

《一度でいいから貴女に会いたい。医師の許可は取ってあります。貴女が承諾してくれれば、すぐにでも馬車を向かわせます。直接顔を合わせてお話したい》

 手紙を読んだ私はすぐさま、アメリー様の部屋に向かっていた。
 私は部屋をノックして入り、机に向かうアメリー様に深く頭を下げた。

「なに? どうしたの?」

「アメリー様、お願いがあります。一度だけ、フレン様に会ってくださらないでしょうか」

「はぁ? なんで」

「フレン様が手紙でアメリー様に会いたいとおっしゃっていました。少しでいいのです。少しでいいから……あのお方に会ってあげてください」

 アメリー様は「そういうことね」と、いやらしい笑顔をする。

「アンタ、ひょっとして文通する内にフレン様に惚れちゃった?」

 心臓が大きく跳ねるが、なんとか無表情を維持する。

「いえ、決してそんなことは……」

「あんな死にぞこないに惚れるとか考えられない。つーかそもそも、平民ごときが王族にそんな感情を抱くこと自体、考えれないわ。不敬かつ無礼よ」

 死にぞこない……だと。

「どうしても駄目、ですか」

「嫌よ。私は忙しいの。アンタの頼みを聞くなんてまっぴらだし、アイツのためにわざわざ時間をくのもご免よ」

 握った拳を背中に隠す。
 いけない……我を忘れて殴るところだった。そうなれば、全てが終わっていた。

「アンタ、もう文通はやめなさい」

「え……」

「どうも文通のせいで仕事に身が入ってないようだしね。今日から手紙を書くことも見ることも禁止する。わかった?」

 嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ……!

 あと一年しか生きられない彼に、最後まで寄り添ってあげたい。でも、ここで『いいえ』と言ったところでどっちみち文通は止められる。立場を悪くするだけだ。

 答えは一つしかない。
 拒否権などない。

「……わかり、ました」

 それから、私に手紙が届くことはなかった。
 

 --- 


 1年が経った。
 桜が咲く季節になった。
 あのお方はどうしているのでしょうか? 手紙という情報交換のすべを失った私に、彼の安否を調べることはできなかった。でも亡くなっていれば必ず騒ぎになるはず。私の耳にも入ってくるはずだ。まだ、命はある……と信じたい。

 一年間、ずっとあのお方の体調が気になっていた。
 無駄なことだとわかっているのに。もう、きっと会うことも手紙を交わすこともできない。そうわかっているはずなのに。

 忘れよう、すべて。すべて忘れて、仕事にのみ集中するのだ……。

 そう思っていた矢先のことだった。

「お嬢様、お客様です」

 アメリー様の部屋にメイドが一人入ってきて、そう告げた。
 アメリー様が「誰?」と聞くと、メイドは首を横に振り、

「お客様は、名を告げずに連れてきてほしい……と」

「私に向かって無礼な奴ね。まぁアンタが素直に言うことを聞いてるってことは、それなりの身分なんだろうけど。どこにいるの?」

「応接の間でお待ちしております」

「あー、めんどくさ。スカーレット、付いてきなさい」

「承知しました」

 アメリー様に連れられ、階段を降り、一階へ行く。
 応接の間の扉の前には騎士が3人もいる。これは……相当な大物かもしれない。
 アメリー様も私と同じことを考えたのか、服装を正した。アメリー様が扉の前まで行くと、騎士の人たちが扉を開けた。

 まずアメリー様が入り、続いて私が入る。


「ようやく、お会いできましたね」


 中に居た人物を見て、アメリー様はさぞかし驚いたことだろう。
 だがそれ以上に、私が驚いた。

 青い髪、青い瞳。
 以前見た時とは違い、大人びた顔立ちになっているが……間違いなく、このお方は――

「お久しぶりです、アメリー殿。フレン=ガルティナです」

「あ、はい。お久しぶりです……」

 戸惑いながらもアメリー様は丁寧にお辞儀する。
 喜びと驚きが混ざりあって、自分でもいま自分がどんな顔をしているかわからない。だから私は表情が正常になるまで顔を下げることにした。

「いったい、どうして……フレン様は危篤きとくだったはず」

「貴女に会いたい一心で病を乗り越えました……と格好つけてみましたが、実際のところは私の専属医師が極東より我が国に来訪した医師から秘薬を買い、私に飲ませたのです。結果、薬が体に合っていたらしく、この通りです」

 顔を上げて、王子の姿を見る。
 本当に立派になられた……以前お会いした時は私よりも小さかったのに、今は頭1つ分私より大きい。病人だったゆえ、体は細い。けど肩幅はあるし、骨格は良い。これから健康的な食事をすれば騎士になれるぐらいたくましい体格になるだろう。

 それにしても、こんなに整った顔だっただろうか。例えその身に纏うモノが華美なお召し物でなくとも、ボロボロの服であっても、女性ならば一度は見惚れてしまうはず。

 実際、アメリー様は完全に恋に落ちている。目はトロンとしているし、それに両手を後ろで組んでいる。このポーズは好みの男性を見つけた際に出るアメリー様の癖だ。

「えーっと、これからは砕けた口調でいいかな? 何度も手紙も出したのだが、返事を頂けなくてね。こうして急に来訪することになってしまった。せっかくだから驚かせようと思って、私の名を隠して呼ばせてもらったよ」

「いえいえ、大丈夫でございます。申し訳ございません。最近は習い事で忙しくて、手紙を出す余裕がなかったのです」

「そうだったか。貴女の手紙は本当に、本当に私の励みになった。深く感謝する」

 違う。
 違う……彼女じゃない。あなたが文通をしていたのは……、

「ところで後ろのご婦人は?」

 フレン様が私に視線を向ける。

「私の守護騎士です。平民の出なのですが、腕は立つので側に置いております」

「……お名前は?」

「す、スカーレット=ハルケンです!」

 つい、声が跳ねてしまった。
 アメリー様が不機嫌そうに唇を尖らせるので、すぐさま浮ついた気持ちを落ち着かせる。

「……名前の通り、赤い髪だ。でもスカーレットというよりローズレッドかな? とても明るい赤色だ」

「は、はい。ありがとうございます……」

 心臓の音がうるさい。
 思考が……上手くできない。
 嬉しい、嬉しい、嬉しい……たったこれだけの会話なのに、体が飛び跳ねそうなくらい嬉しい……!

 無事で良かった。本当に……。

「アメリー。君と話したいことが本当に多くあるんだ。でも、病気が回復してからは多忙でね。ベッドの上で怠けていた分、やるべきことが山積みだ。今日もあまり時間は取れなかった。すぐにここを出なければならない。今度まとまった時間が取れたら、またこの家に来る」

「いえ! その時は私が王宮へ向かいます!」

「気にしないでくれ。この街は花が綺麗で、王都とは違った良さがある。単純にこの街に来たいんだよ、私は。では失礼する」

 フレン様は10数人の騎士を連れて、屋敷を出た。
 フレン様を見送った後、アメリー様はすぐさま私を部屋に呼んだ。

「わかってると思うけど」

 そう前置きし、

「文通の相手は私ってことにするから。アンタは黙ってなさい」

「はい……」

 やはり、そうきたか。

「手紙、全部出しなさい」

「そ、それは……どうかご勘弁を」

 あの手紙の数々は私の宝。今も処分しないで、ちゃんと引き出しにしまってある。
 挫けそうな時はいつも、手紙を読んで励みにしていた。

「出・し・な・さ・い! 三度は言わないわよ」

「……わかりました」

 私に拒否権などない。

 私は宝物である手紙を、アメリー様に渡した。

――翌日。

 フレン様より手紙が届いた。

「《茶会の日程ですが、四日後の15時でいかがでしょうか》だってぇ」

 フレン様の手紙を自慢げに掲げるアメリー様。

「……返事は」

「もちろん私が書くわ」

 ですよね。と心の内で呟いた。

 それから四日後、フレン様とアメリー様の茶会が開かれた。
 中庭の、花壇に囲まれた場所にあるテーブルにつき、二人は紅茶をたしなむ。
 二人から三歩ほど距離を取って、私やフレン様の騎士は立つ。

「それで君の手紙の中でも傑作だったのが、やっぱり池に落ちた話で」

「お恥ずかしいですわ! 昔は少々お転婆でして」

 私のエピソードを我が物顔でアメリー様は語る。
 二人が手紙の内容で盛り上がる度、心に杭を打たれている気分だった。

……どうして気づかないのだろうか。

 そんな自分勝手な疑問が湧き上がる。
 気づくはずがない。そんなことわかっているのに。アメリー様は手紙の内容を完全に頭に入れている。ボロが出るはずない。

 早く、この地獄のような時間が終わってほしい。

 それから10分ほど会話を続けた後、不意にフレン様は足を組み、


「……もういいだろう」


 と、つまらなそうに呟いた。

「へ?」

 フレン様の顔が険しくなる。

「もうわかっているんだ。私が手紙を交わしていたのは貴女ではないでしょう? アメリー殿」

 アメリー様はチラッと私を見てきた。私を疑っているようだ。
 でも私はなにもフレン様には言ってない。フレン様との会話でアメリー様がボロを出したわけでもない。なのになぜ……、

「この前、君が書いた手紙……筆跡がこれまでと全然違ったよ」

「いや、それは……」

「私は何度も何度も手紙を見返していた。だから字がまったく違うことにすぐさま気づいたよ。他にも君が書いた字を幾つか拝見したが、やはり手紙のモノとは違った。それに……手紙から感じた印象と、目の前にいる君の印象との間には大きな差がある。君じゃない。私が会いたかったのは君じゃない。きっと、誰かに代筆させていたのだろう」

 完全に看破され、口ごもるアメリー様。

「アルベルト!」

 フレン様は騎士の一人に声を掛ける。白い髭の生えた老騎士だ。

「この屋敷内に居るすべての者に名前を書かせろ。事情は何も告げずに、だ」

「承知しました」

 アルベルト様はまず、私に紙とペンを渡してきた。

「ここに名前を」

「わかりました」

 私はペンを握り、いつもとは違う書き方で名前を書く。筆跡を、意図的に変えた。
 これでいい。穏便に済ませるなら、正体を明かさないのが最善だ。
 それから屋敷中の人間に名を書かせ、アルベルト様は戻ってきた。

「フレン様、お待たせしました。どうぞ」

「ありがとう」

 アルベルト様が紙をフレン様に渡す。すると、フレン様はフッと笑い、

「見つけた……」

 とても嬉しそうな顔をした後、フレン様は私に近づいてきた。

「え……」

 フレン様は私の頭の上に、ポン、と右手を乗せた。

「ようやく、会えたね……手紙の相手は君だろう? スカーレット」

「どう、して」

 筆跡は変えたはず――

「違います!!」

 アメリー様が立ち上がり、叫ぶ。

「その女はただの平民、剣を振ることしか能のない人間です! フレン様の心を打つ文章を書けるはずが……」

「黙れ! 彼女を侮辱することは私が許さない!!」

「っ!?」

 フレン様がアメリー様をにらみつける。
 アメリー様はフレン様に気圧され、尻もちをついた。

「……筆跡は変えたようだが、癖は消しきれなかったな。君は名前を書く時、徐々に右斜め下に落ちていく癖がある。それに一つ一つの文字の書き方が隠し切れないくらいかなり独特だ。文字の指南を受けてこなかった人間は独特な書き方になりやすい。君は典型的だな」

「お、お恥ずかしい限りです……」

 フレン様はクスりと笑い、

「いやいや、これも含めて楽しませてもらったよ」

 いま、多分、私の顔はこれ以上ないくらい赤くなっている。
 上手く、フレン様と目を合わせられない。

「えと……その、だな。いかん……本物だと思うと、上手く言葉が喋れない、な」

 私と同じように、フレン様も少なからず動揺しているようだ。
 顔が紅潮している。

「とにかく、君とは……多くのことを語り合いたい。それで、だな。私の城に部屋の空きがあって、もし君さえ良ければなんだが……」

 言葉に詰まりながらも、
 フレン様は、真っすぐと私を見据えた。
 私も、フレン様の目を真っすぐと見つめる。


「……私の城へ来ないか? スカーレット」


 拒否権なんてない。
 拒否権なんていらない。
 私の答えは一つだけだ。

「はい。仰せのままに……!」
 

 ◇◆◇


 王歴1206年、アルフレア王国に屈指の名君が誕生する。
 名をフレン=ガルティナと言う。
 の王は奴隷制度を廃止し、国から奴隷の存在の一切を消した。さらにリフィア帝国との長い戦争に終止符を打ち、帝国との和平も成立させた。内政、外政共に凄まじい功績を残した彼をアルフレア一の君主と言う歴史家も多い。
 彼の王はアルフレア王国の王にしては珍しく、一人の女性しか愛さなかったことで有名だ。
 彼を影で支え続け、常に彼と共に居た彼女は赤い髪の女性だった。その髪には常に、フレン王が贈呈したと思われる薔薇の髪飾りがあったとされる。
 王妃スカーレット=ガルティナ。フレン王が病で78年の生涯を終えるまで、王妃はその側を一時も離れることはなかった……。






―――――――

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