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幼少期編
兄の本性
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机を叩き、立ち上がる。残念ながら六歳の身体では、迫力など無いのだが。
「また私を馬鹿にするんでしょ!?人を見下して何が面白いの?いつも比べられる側の気持ちも考えないで…!」
………支離滅裂だな。
私は興奮している反面、どこか冷静にそう考えていた。長年溜まっていた鬱憤を晴らそうと、ただ叫んでいるだけだ。誰かの声を聞いているみたいに客観的に見ている。
だけど、あくまでも客観的に見ているだけであり、これは私だ。どんどん溢れ出る言葉は、絶え間なく口から出る。
ついに息切れを起こし、私はやっと止まった。
「…はぁ…はぁ…」
ポカーンと呆けたように見ている兄貴を睨みつける。
分かっていなさそうな顔に、更なる怒りが沸くのを感じた。
しかし、怒りの度を過ぎると何も言えないというのは本当らしい。先程までは五月蝿いほど喚いていたというのに、一句さえ言葉が見つからない。
「……!」
「……待て、いつ俺がお前を見下した?馬鹿にしたんだ?思い当たるところが全くないんだが。」
「は?本気で言ってる?私が何か成功するたびに鼻で笑って、自分が出来ると、出来なかった私を嘲笑って…!」
兄貴の考えるそぶりに、私は視界が真っ赤に染まるのを感じた。
もしかして覚えてないぐらい些細な事だった?私は心が抉れるぐらい悔しかったのに、兄貴からしたら記憶のかけらでも無かった?
………悔しい。悔しい悔しい悔しい!
こんなに私を苦しめるものすべて、私の世界からいなくなればいいのに――――
パァーッン!
「は?」
「……だから、嫌なんだよ」
前世は。
すぐに思考が狂う。まるで殺人鬼の考え方だ。…悔しいから、泣きたいぐらい悔しいから殺したいと思うだなんて。
そんなの、相手がいくつ命があっても足りない。
感情の抑制が出来ず、その場限りで動くのなんて、獣の所業だ。
正気を取り戻す為に叩いた頰をさする。意外と痛かった。
だけど、代償を払った甲斐はあった。お陰ですぐに目を覚ますことが出来た。
もしも理性を手放していたら…今この場で兄貴を殺していた自信、いや確実に殺っていた。
だけど、止めたと言ってもそれは細い糸がかろうじて繋がったようなもの。
衝動を抑えるのに必死でろくに回らない頭が、勝手に言葉を作っていく。
「……兄貴の記憶には一つも残らなかった?そっか、そうだもんね。私のことなんてただ優越感をくれる存在でしか無かったもんね」
「ち、違う!お願いだ、俺に弁解の余地を与えてくれ!」
「図々しい。自分を正当化したいから御託を私に聞かせるなんて。…イジメから逃げた人が」
「っ…!」
おそらく一番の地雷。知っている。どれだけ苦しんでいたか。どれだけ傷ついていたか。だけど私は踏み抜いた。
何故って、悔しかったから。私だけ苦い気持ちになるなんて許せない。だから分かっていながらも、わざと話題をふった。
予想通り、向かい合っている兄貴は怒りの目で私を見ている。見えない炎が揺らいでいる私とそっくりの青い瞳は、怒りを超えた憎しみさえこもっているように見えた。
「……おい、もう一度言ってみろ。」
「何度でも言ってあげようか?卑怯者」
後がどうなろうと関係ない。私はやりたいことをするんだ。たとえ死んでも、記憶さえなくなればいい。記憶さえなければこんなに苦しまなくて済むのだから。
だが、兄貴は瞼を閉じると、感情を消したかのように怒りを抑えた。
………何で?
再び開けた目は、一つの波紋さえない静かな水面。
比喩であり、比喩でないその瞳。
何で。
「……何で?ねぇ、なんでそんなに冷静なの!?もっと怒ってよ、もっと府の感情を抱いてよ!私を憎しみで染めたように、お前も怒りで染まってよ!初めて、初めてお前に一矢報いたと思ったのに…。なんで、なんで!?何で私だけがこんな痛い目を見なきゃいけないの!?」
折角、ここまで兄貴の感情を動かせたのに…!
私が、兄貴に痛みを与えられたのに…!
私の叫びに、兄貴は僅かに眉をひそめる。
「…俺だって流せているわけじゃない。腹の底では今すぐ殴りたいぐらいには怒り狂っているさ。ただ、今はそんな事をしている場合じゃない。お前には悪いことをしたと思っている。だから…謝りたいんだ。本当に、ごめん。」
「……え?」
思わず、全てを忘れて兄貴を凝視した。
兄貴が…私に?前世では一度も感謝も、謝罪もしなかった兄貴が?
一番私を地獄に落としたこいつが?
…信じられるわけがないだろう。
「…兄貴が私に謝るわけがない。いつだって、見下してたんだから。どうせ今も“子供みたい”と嗤っているんでしょう?」
「違う、信じてくれ。理由は言えないが、俺は愛梨を馬鹿にしてたわけじゃないんだ。本当に、大切な妹だと思っている。」
「嘘ばっか」
吐き捨てるように言うと、兄貴も立ち上がった。
「違うんだ!だけど理由を知ってしまったら、きっと愛梨を失望させてしまう…!」
失望?私が兄貴に?…遅い。
鼻で笑い、唇を噛み締めている兄貴を嘲笑うように見る。
「今更だよ。失望?散々私をコケにしてた兄貴が?とっても笑えない冗談だね。……話はそれだけかな?ならもう話すことなんてない、一生」
椅子を蹴り飛ばし、扉へと向かう。倒れた椅子は、まるで私たちの壁を表しているかのよう。
ドアノブを引いて部屋を出たが、兄貴が私を引き止めることはなかった。
***
「ああ…くっそ…」
俺は頭をかき、どうしてこうなったのかと後悔した。
今世、ルーク・ヒルディア。前世、|是九斗。苗字は覚えてない。
そんな俺は、前世でも今世でもマリーベルの兄。何の因縁だと聞きたい。
愛梨…いや、マリーはかなり俺を恨んでいた。もうどうしようもないレベルで。誤解でもここまで拗れるのかといっそ感心してしまう。
だけど、そんなに楽観的にいつ暇はない。
「…だけど俺が感じ悪い態度をとったのも事実なんだよなぁ…どうしようか…」
わざと明るく言うが、暗い気持ちは隠せなかった。
その事実に、もう一度嗤ってしまう。
誤解とは、俺がマリーを見下しているということ。だが、俺は決してそんな風に思っていない。…今更だが。
俺だって好きで愛梨を地獄におとしていた訳ではない。理由は、絶対信じられないがあるんだ。
「…まさか親を欺く為にああいう態度をとっていたなんて思わないだろうな…」
前世の親父たちは、俺が愛梨と関わるのを極端に嫌っていた。だから、もしも馴れ合いをしていたら、愛梨に危害が及ぶ。仕方がなかった。
というのは建前だ。…いや、それの一つの事実であるが、もう片方が本命で、自分でもどうしようもなくなっている事。
「…俺がかなりのS気質で、愛梨の泣き顔を見たかったなんて、絶対言えねー…」
自分でも呆れてしまう。涙目で睨んでくる姿が可愛いから、途中から積極的だったなんて言ったら絶対失望される。
だから理由は言えなかったんだが、余計に苛つかせてしまったみたいだ。しかも、俺は見下しているという意識を持っていなかったから、心当たりが無かった。そして激昂してしまった。……赤くなった頰大丈夫だろうか。
「…理由を話すか?だけどもしもドン引きされたらなぁ…」
もしもじゃなくて絶対だろうが。
これからどうしようか。謝罪をひたすらして許してもらう?…無理だな。許してくれる気がしない。一生謝る羽目になりそうだ。
ただ、それも甘んじて受けるしかないんだろうな。いや、それが償いになるというのなら、やるしかない。
「……はぁ…」
人生なんて、どうしてこうも上手くいかないんだろうか。…中学の時だって。
あの頃は地獄だった。いや、今でも思い出すと蘇るあの恐怖。教科書は盗まれ、捨てられ、体操着は斬られていて、クラスメイトからは空気のように扱われる。
どうしようもなく辛くて、成績はキープ出来ても精神が追い詰められて。トドメとなったのは、俺の絶望する姿を嗤ったアイツら。
鼻で笑うと、対して能力も高くないのに見下すように見てきて…
……あぁ、そういう事か
「俺は愛梨に同じような事をしていたのか。」
ポツリと呟く。今、やっと分かった。どうして愛梨があんなに憤っていたのか。そうだ、当たり前だ。本人がどれだけ否定しようと、謝罪しようと心の傷は癒えないのに。
…謝りたいのは俺の自己満足なんだ。
「…明日マリーにどんな顔を向ければ良いんだろう。」
無情に過ぎて行く時間に、二度目の恨みをぶつけた。
「また私を馬鹿にするんでしょ!?人を見下して何が面白いの?いつも比べられる側の気持ちも考えないで…!」
………支離滅裂だな。
私は興奮している反面、どこか冷静にそう考えていた。長年溜まっていた鬱憤を晴らそうと、ただ叫んでいるだけだ。誰かの声を聞いているみたいに客観的に見ている。
だけど、あくまでも客観的に見ているだけであり、これは私だ。どんどん溢れ出る言葉は、絶え間なく口から出る。
ついに息切れを起こし、私はやっと止まった。
「…はぁ…はぁ…」
ポカーンと呆けたように見ている兄貴を睨みつける。
分かっていなさそうな顔に、更なる怒りが沸くのを感じた。
しかし、怒りの度を過ぎると何も言えないというのは本当らしい。先程までは五月蝿いほど喚いていたというのに、一句さえ言葉が見つからない。
「……!」
「……待て、いつ俺がお前を見下した?馬鹿にしたんだ?思い当たるところが全くないんだが。」
「は?本気で言ってる?私が何か成功するたびに鼻で笑って、自分が出来ると、出来なかった私を嘲笑って…!」
兄貴の考えるそぶりに、私は視界が真っ赤に染まるのを感じた。
もしかして覚えてないぐらい些細な事だった?私は心が抉れるぐらい悔しかったのに、兄貴からしたら記憶のかけらでも無かった?
………悔しい。悔しい悔しい悔しい!
こんなに私を苦しめるものすべて、私の世界からいなくなればいいのに――――
パァーッン!
「は?」
「……だから、嫌なんだよ」
前世は。
すぐに思考が狂う。まるで殺人鬼の考え方だ。…悔しいから、泣きたいぐらい悔しいから殺したいと思うだなんて。
そんなの、相手がいくつ命があっても足りない。
感情の抑制が出来ず、その場限りで動くのなんて、獣の所業だ。
正気を取り戻す為に叩いた頰をさする。意外と痛かった。
だけど、代償を払った甲斐はあった。お陰ですぐに目を覚ますことが出来た。
もしも理性を手放していたら…今この場で兄貴を殺していた自信、いや確実に殺っていた。
だけど、止めたと言ってもそれは細い糸がかろうじて繋がったようなもの。
衝動を抑えるのに必死でろくに回らない頭が、勝手に言葉を作っていく。
「……兄貴の記憶には一つも残らなかった?そっか、そうだもんね。私のことなんてただ優越感をくれる存在でしか無かったもんね」
「ち、違う!お願いだ、俺に弁解の余地を与えてくれ!」
「図々しい。自分を正当化したいから御託を私に聞かせるなんて。…イジメから逃げた人が」
「っ…!」
おそらく一番の地雷。知っている。どれだけ苦しんでいたか。どれだけ傷ついていたか。だけど私は踏み抜いた。
何故って、悔しかったから。私だけ苦い気持ちになるなんて許せない。だから分かっていながらも、わざと話題をふった。
予想通り、向かい合っている兄貴は怒りの目で私を見ている。見えない炎が揺らいでいる私とそっくりの青い瞳は、怒りを超えた憎しみさえこもっているように見えた。
「……おい、もう一度言ってみろ。」
「何度でも言ってあげようか?卑怯者」
後がどうなろうと関係ない。私はやりたいことをするんだ。たとえ死んでも、記憶さえなくなればいい。記憶さえなければこんなに苦しまなくて済むのだから。
だが、兄貴は瞼を閉じると、感情を消したかのように怒りを抑えた。
………何で?
再び開けた目は、一つの波紋さえない静かな水面。
比喩であり、比喩でないその瞳。
何で。
「……何で?ねぇ、なんでそんなに冷静なの!?もっと怒ってよ、もっと府の感情を抱いてよ!私を憎しみで染めたように、お前も怒りで染まってよ!初めて、初めてお前に一矢報いたと思ったのに…。なんで、なんで!?何で私だけがこんな痛い目を見なきゃいけないの!?」
折角、ここまで兄貴の感情を動かせたのに…!
私が、兄貴に痛みを与えられたのに…!
私の叫びに、兄貴は僅かに眉をひそめる。
「…俺だって流せているわけじゃない。腹の底では今すぐ殴りたいぐらいには怒り狂っているさ。ただ、今はそんな事をしている場合じゃない。お前には悪いことをしたと思っている。だから…謝りたいんだ。本当に、ごめん。」
「……え?」
思わず、全てを忘れて兄貴を凝視した。
兄貴が…私に?前世では一度も感謝も、謝罪もしなかった兄貴が?
一番私を地獄に落としたこいつが?
…信じられるわけがないだろう。
「…兄貴が私に謝るわけがない。いつだって、見下してたんだから。どうせ今も“子供みたい”と嗤っているんでしょう?」
「違う、信じてくれ。理由は言えないが、俺は愛梨を馬鹿にしてたわけじゃないんだ。本当に、大切な妹だと思っている。」
「嘘ばっか」
吐き捨てるように言うと、兄貴も立ち上がった。
「違うんだ!だけど理由を知ってしまったら、きっと愛梨を失望させてしまう…!」
失望?私が兄貴に?…遅い。
鼻で笑い、唇を噛み締めている兄貴を嘲笑うように見る。
「今更だよ。失望?散々私をコケにしてた兄貴が?とっても笑えない冗談だね。……話はそれだけかな?ならもう話すことなんてない、一生」
椅子を蹴り飛ばし、扉へと向かう。倒れた椅子は、まるで私たちの壁を表しているかのよう。
ドアノブを引いて部屋を出たが、兄貴が私を引き止めることはなかった。
***
「ああ…くっそ…」
俺は頭をかき、どうしてこうなったのかと後悔した。
今世、ルーク・ヒルディア。前世、|是九斗。苗字は覚えてない。
そんな俺は、前世でも今世でもマリーベルの兄。何の因縁だと聞きたい。
愛梨…いや、マリーはかなり俺を恨んでいた。もうどうしようもないレベルで。誤解でもここまで拗れるのかといっそ感心してしまう。
だけど、そんなに楽観的にいつ暇はない。
「…だけど俺が感じ悪い態度をとったのも事実なんだよなぁ…どうしようか…」
わざと明るく言うが、暗い気持ちは隠せなかった。
その事実に、もう一度嗤ってしまう。
誤解とは、俺がマリーを見下しているということ。だが、俺は決してそんな風に思っていない。…今更だが。
俺だって好きで愛梨を地獄におとしていた訳ではない。理由は、絶対信じられないがあるんだ。
「…まさか親を欺く為にああいう態度をとっていたなんて思わないだろうな…」
前世の親父たちは、俺が愛梨と関わるのを極端に嫌っていた。だから、もしも馴れ合いをしていたら、愛梨に危害が及ぶ。仕方がなかった。
というのは建前だ。…いや、それの一つの事実であるが、もう片方が本命で、自分でもどうしようもなくなっている事。
「…俺がかなりのS気質で、愛梨の泣き顔を見たかったなんて、絶対言えねー…」
自分でも呆れてしまう。涙目で睨んでくる姿が可愛いから、途中から積極的だったなんて言ったら絶対失望される。
だから理由は言えなかったんだが、余計に苛つかせてしまったみたいだ。しかも、俺は見下しているという意識を持っていなかったから、心当たりが無かった。そして激昂してしまった。……赤くなった頰大丈夫だろうか。
「…理由を話すか?だけどもしもドン引きされたらなぁ…」
もしもじゃなくて絶対だろうが。
これからどうしようか。謝罪をひたすらして許してもらう?…無理だな。許してくれる気がしない。一生謝る羽目になりそうだ。
ただ、それも甘んじて受けるしかないんだろうな。いや、それが償いになるというのなら、やるしかない。
「……はぁ…」
人生なんて、どうしてこうも上手くいかないんだろうか。…中学の時だって。
あの頃は地獄だった。いや、今でも思い出すと蘇るあの恐怖。教科書は盗まれ、捨てられ、体操着は斬られていて、クラスメイトからは空気のように扱われる。
どうしようもなく辛くて、成績はキープ出来ても精神が追い詰められて。トドメとなったのは、俺の絶望する姿を嗤ったアイツら。
鼻で笑うと、対して能力も高くないのに見下すように見てきて…
……あぁ、そういう事か
「俺は愛梨に同じような事をしていたのか。」
ポツリと呟く。今、やっと分かった。どうして愛梨があんなに憤っていたのか。そうだ、当たり前だ。本人がどれだけ否定しようと、謝罪しようと心の傷は癒えないのに。
…謝りたいのは俺の自己満足なんだ。
「…明日マリーにどんな顔を向ければ良いんだろう。」
無情に過ぎて行く時間に、二度目の恨みをぶつけた。
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