悪役令嬢に転生した“元”狂人は普通に暮らしたい

幸見大福

文字の大きさ
8 / 63
幼少期編

兄の本性

しおりを挟む
机を叩き、立ち上がる。残念ながら六歳の身体では、迫力など無いのだが。



「また私を馬鹿にするんでしょ!?人を見下して何が面白いの?いつも比べられる側の気持ちも考えないで…!」



………支離滅裂だな。

私は興奮している反面、どこか冷静にそう考えていた。長年溜まっていた鬱憤を晴らそうと、ただ叫んでいるだけだ。誰かの声を聞いているみたいに客観的に見ている。

だけど、あくまでも客観的に見ているだけであり、これは私だ。どんどん溢れ出る言葉は、絶え間なく口から出る。

ついに息切れを起こし、私はやっと止まった。



「…はぁ…はぁ…」



ポカーンと呆けたように見ている兄貴を睨みつける。

分かっていなさそうな顔に、更なる怒りが沸くのを感じた。

しかし、怒りの度を過ぎると何も言えないというのは本当らしい。先程までは五月蝿いほど喚いていたというのに、一句さえ言葉が見つからない。



「……!」

「……待て、いつ俺がお前を見下した?馬鹿にしたんだ?思い当たるところが全くないんだが。」

「は?本気で言ってる?私が何か成功するたびに鼻で笑って、自分が出来ると、出来なかった私を嘲笑って…!」



兄貴の考えるそぶりに、私は視界が真っ赤に染まるのを感じた。

もしかして覚えてないぐらい些細な事だった?私は心が抉れるぐらい悔しかったのに、兄貴からしたら記憶のかけらでも無かった?

………悔しい。悔しい悔しい悔しい!



こんなに私を苦しめるものすべて、私の世界からいなくなればいいのに――――













パァーッン!



「は?」

「……だから、嫌なんだよ」



前世は。



すぐに思考が狂う。まるで殺人鬼の考え方だ。…悔しいから、泣きたいぐらい悔しいから殺したいと思うだなんて。

そんなの、相手がいくつ命があっても足りない。

感情の抑制が出来ず、その場限りで動くのなんて、獣の所業だ。



正気を取り戻す為に叩いた頰をさする。意外と痛かった。

だけど、代償を払った甲斐はあった。お陰ですぐに目を覚ますことが出来た。



もしも理性を手放していたら…今この場で兄貴を殺していた自信、いや確実にっていた。



だけど、止めたと言ってもそれは細い糸がかろうじて繋がったようなもの。

衝動を抑えるのに必死でろくに回らない頭が、勝手に言葉を作っていく。



「……兄貴の記憶には一つも残らなかった?そっか、そうだもんね。私のことなんてただ優越感をくれる存在でしか無かったもんね」

「ち、違う!お願いだ、俺に弁解の余地を与えてくれ!」

「図々しい。自分を正当化したいから御託を私に聞かせるなんて。…イジメから逃げた人が」

「っ…!」



おそらく一番の地雷。知っている。どれだけ苦しんでいたか。どれだけ傷ついていたか。だけど私は踏み抜いた。



何故って、悔しかったから。私だけ苦い気持ちになるなんて許せない。だから分かっていながらも、わざと話題をふった。



予想通り、向かい合っている兄貴は怒りの目で私を見ている。見えない炎が揺らいでいる私とそっくりの青い瞳は、怒りを超えた憎しみさえこもっているように見えた。



「……おい、もう一度言ってみろ。」

「何度でも言ってあげようか?卑怯者」



後がどうなろうと関係ない。私はやりたいことをするんだ。たとえ死んでも、記憶さえなくなればいい。記憶さえなければこんなに苦しまなくて済むのだから。



だが、兄貴は瞼を閉じると、感情を消したかのように怒りを抑えた。



………何で?



再び開けた目は、一つの波紋さえない静かな水面。

比喩であり、比喩でないその瞳。



何で。



「……何で?ねぇ、なんでそんなに冷静なの!?もっと怒ってよ、もっと府の感情を抱いてよ!私を憎しみで染めたように、お前も怒りで染まってよ!初めて、初めてお前に一矢報いたと思ったのに…。なんで、なんで!?何で私だけがこんな痛い目を見なきゃいけないの!?」



折角、ここまで兄貴の感情を動かせたのに…!

私が、兄貴に痛みを与えられたのに…!



私の叫びに、兄貴は僅かに眉をひそめる。



「…俺だって流せているわけじゃない。腹の底では今すぐ殴りたいぐらいには怒り狂っているさ。ただ、今はそんな事をしている場合じゃない。お前には悪いことをしたと思っている。だから…謝りたいんだ。本当に、ごめん。」

「……え?」



思わず、全てを忘れて兄貴を凝視した。



兄貴が…私に?前世では一度も感謝も、謝罪もしなかった兄貴が?

一番私を地獄に落としたこいつが?



…信じられるわけがないだろう。



「…兄貴が私に謝るわけがない。いつだって、見下してたんだから。どうせ今も“子供みたい”と嗤っているんでしょう?」

「違う、信じてくれ。理由は言えないが、俺は愛梨を馬鹿にしてたわけじゃないんだ。本当に、大切な妹だと思っている。」

「嘘ばっか」



吐き捨てるように言うと、兄貴も立ち上がった。



「違うんだ!だけど理由を知ってしまったら、きっと愛梨を失望させてしまう…!」



失望?私が兄貴に?…遅い。

鼻で笑い、唇を噛み締めている兄貴を嘲笑うように見る。



「今更だよ。失望?散々私をコケにしてた兄貴が?とっても笑えない冗談だね。……話はそれだけかな?ならもう話すことなんてない、一生」



椅子を蹴り飛ばし、扉へと向かう。倒れた椅子は、まるで私たちの壁を表しているかのよう。

ドアノブを引いて部屋を出たが、兄貴が私を引き止めることはなかった。



***



「ああ…くっそ…」



俺は頭をかき、どうしてこうなったのかと後悔した。



今世、ルーク・ヒルディア。前世、|是九斗ぜくと。苗字は覚えてない。



そんな俺は、前世でも今世でもマリーベルの兄。何の因縁だと聞きたい。



愛梨…いや、マリーはかなり俺を恨んでいた。もうどうしようもないレベルで。誤解でもここまで拗れるのかといっそ感心してしまう。



だけど、そんなに楽観的にいつ暇はない。



「…だけど俺が感じ悪い態度をとったのも事実なんだよなぁ…どうしようか…」



わざと明るく言うが、暗い気持ちは隠せなかった。

その事実に、もう一度嗤ってしまう。



誤解とは、俺がマリーを見下しているということ。だが、俺は決してそんな風に思っていない。…今更だが。

俺だって好きで愛梨を地獄におとしていた訳ではない。理由は、絶対信じられないがあるんだ。



「…まさか親を欺く為にああいう態度をとっていたなんて思わないだろうな…」



前世の親父たちは、俺が愛梨と関わるのを極端に嫌っていた。だから、もしも馴れ合いをしていたら、愛梨に危害が及ぶ。仕方がなかった。



というのは建前だ。…いや、それの一つの事実であるが、もう片方が本命で、自分でもどうしようもなくなっている事。



「…俺がかなりのS気質で、愛梨の泣き顔を見たかったなんて、絶対言えねー…」



自分でも呆れてしまう。涙目で睨んでくる姿が可愛いから、途中から積極的だったなんて言ったら絶対失望される。



だから理由は言えなかったんだが、余計に苛つかせてしまったみたいだ。しかも、俺は見下しているという意識を持っていなかったから、心当たりが無かった。そして激昂してしまった。……赤くなった頰大丈夫だろうか。



「…理由を話すか?だけどもしもドン引きされたらなぁ…」



もしもじゃなくて絶対だろうが。



これからどうしようか。謝罪をひたすらして許してもらう?…無理だな。許してくれる気がしない。一生謝る羽目になりそうだ。



ただ、それも甘んじて受けるしかないんだろうな。いや、それが償いになるというのなら、やるしかない。



「……はぁ…」



人生なんて、どうしてこうも上手くいかないんだろうか。…中学の時だって。



あの頃は地獄だった。いや、今でも思い出すと蘇るあの恐怖。教科書は盗まれ、捨てられ、体操着は斬られていて、クラスメイトからは空気のように扱われる。

どうしようもなく辛くて、成績はキープ出来ても精神が追い詰められて。トドメとなったのは、俺の絶望する姿を嗤ったアイツら。

鼻で笑うと、対して能力も高くないのに見下すように見てきて…



……あぁ、そういう事か



「俺は愛梨に同じような事をしていたのか。」



ポツリと呟く。今、やっと分かった。どうして愛梨があんなに憤っていたのか。そうだ、当たり前だ。本人がどれだけ否定しようと、謝罪しようと心の傷は癒えないのに。

…謝りたいのは俺の自己満足なんだ。



「…明日マリーにどんな顔を向ければ良いんだろう。」



無情に過ぎて行く時間に、二度目の恨みをぶつけた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

目指せ、婚約破棄!〜庭師モブ子は推しの悪役令嬢のためハーブで援護します〜

森 湖春
恋愛
島国ヴィヴァルディには存在しないはずのサクラを見た瞬間、ペリーウィンクルは気付いてしまった。 この世界は、前世の自分がどハマりしていた箱庭系乙女ゲームで、自分がただのモブ子だということに。 しかし、前世は社畜、今世は望み通りのまったりライフをエンジョイしていた彼女は、ただ神に感謝しただけだった。 ところが、ひょんなことから同じく前世社畜の転生者である悪役令嬢と知り合ってしまう。 転生して尚、まったりできないでいる彼女がかわいそうで、つい手を貸すことにしたけれど──。 保護者みたいな妖精に甘やかされつつ、庭師モブ子はハーブを駆使してお嬢様の婚約破棄を目指します! ※感想を頂けるとすごく喜びます。執筆の励みになりますので、気楽にどうぞ。 ※『小説家になろう』様にて先行して公開しています。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
 平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。  絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。  今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。  オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、  婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。 ※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。 ※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。 ※途中からダブルヒロインになります。 イラストはMasquer様に描いて頂きました。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子

ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。 (その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!) 期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

処理中です...