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第233話

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「良いのよ」

 優しい笑み。
 そこに私が彼女との約束を破ったことを非難するような感情は、これっぽっちとして含まれていない。

 ほら、やっぱり。
 ママは優しいからそうやって許してくれる。
 こんなずるい喋り方ですら、ママにとっては意識するまでもないことで、当然のように受け入れてくれる。

 予想通りの反応に喉の奥が苦しくなった。
 もっと考えていれば、この反応は口に出さずとも予想できる。
 善意や感謝を利用しているようなものじゃないか。

「だからっ! 私は琉希が言わなければ信じないで無視してたんだよ!? あれだけ言ったのに、結局ママを信じ切れないでっ!」
「六年も会ってなかったのよ? 数か月暮らした程度で完全に信じ切れるわけないわ」

 赤の他人ならそれでよかったのだろう。
 見知らぬ人間と数か月程度の付き合いで、いろいろあったけど上手いこと落ち着いたのならばきっと、終わりよければよしと頷ける。

 でもこれは違う。

 言ったんだ、もう一度信じるって。
 その結果がこれ。
 結局家族だなんだなんて言いながら、私は心の奥底で信じ切れていなかった。
 私よりママと接してる時間の短い琉希が分かっていたことを、私は何一つとして分かっていなかった。

「違う! だから……私はまた間違えた……きっともっと間違える、また同じようなことをする! ごめん……ごめんなさい……っ」

 今度は目の端が熱くなる。

 泣けばもっと許されると思ってるのか?
 違う。
 泣いてママの憐れみを引けば、もっと優しい言葉をかけてもらえると思ってるのか?
 違う。
 ズルい奴だ、お前は。

 溢れる程湧き出す自己嫌悪。
 否定しようと必死に考えれば考える程、自分の中で自分を責める声が大きくなっていく。

「――それでいいの」

 でも、やっぱり帰ってくるのは肯定の言葉で。
 俯いた私の背中へ、そっと覆いかぶさる暖かみにまた涙が溢れ出した。

 もっと怒り狂って罵ってくれればいいのに。
 それなら、ああ、やっぱり私は悪い奴なんだと納得がいくし、もっと自分を責められるのに。
 どれだけ言葉を重ねてもママは絶対私を怒ってくれない、許してしまう。

 なのに……疑って、裏切った相手に慰められて、それが心のどこかで嬉しく堪らなくて。 

「いつも正しい選択なんて出来ないわ。貴女だけじゃない。私だって、いつもこれが間違いないって胸を張って、何でも堂々と出来るわけじゃないの。もしかしたら、些細な事で魔が差してしまうかもしれないし、焦りから盲目的になることもあるかもしれない」

 甘えた心が彼女の言葉を聞き続ける。

「ねえ、フォリアちゃん。ママを助けてくれた事後悔してるかしら?」
「し……してない! 絶対にしない!」

 これだけは本当の言葉。 

 家族の真実、魔蝕という病気、そして複雑な感情を抱かざるを得ないものの、カナリアとの出会いは間違いなく大切なものだった。
 それに……ママとこうやって話せて、本当に嬉しい。

 もう、二度と話せないと思ってた。
 全ては六年前の焼き直しで、どうせ何をしても世界が終わるのなら、真実を知ろうと無駄に戦う必要ないなんて思っていた。
 でもこうやって知ってしまえば、やっぱりやってよかったと感じる。

「いつも一人で正しい選択が出来るわけじゃない、後悔しない未来を掴めるわけじゃない。でもフォリアちゃん、結局貴女は悩んで、苦しんで、それでも一番いいって思える選択を出来たのよね?」
「うん……」

「でもっ! でも……それでみんなに迷惑かけるかもしれないし……」
「フォリアちゃんはもし友達が一人で苦しんでいたら、凄く心配にならないかしら? 一人で抱えてる方が時として迷惑になることもあるのよ?」
「……っ」

 ママの言葉はどれもこれも誰かに言われたことのある、或いはひどく心当たりのあるものばかりで、一言一言が胸に突き刺さった。

 言われたことがあるなら、心当たりがあるのなら何故変えてこなかったのかと言われてしまえば、言い返せる言葉はない。
 分かっていても変えられなかった。
 その通りだと頷けても、何かが起こる度に目の前の事でいっぱいいっぱいになって、他の所まで意識が回らなかっただけ。

「それに、日本にはこういうコトワザがあるわ、三人集まってもんじゃを作る、と。一人では美味しいもんじゃを作れなくても、皆で力を合わせれば最高のもんじゃが出来るのよ」
「三人集まれば……もんじゃ……」

 一人では出来なくても、他の人とならできる。

「だから友達や周りにいる人を大切にしなさい、そして辛かったらなんでも相談しなさい。フォリアちゃんがその人たちに本気で向かい続けたのなら、必ず貴女の助けになってくれるはずだから」

 琉希が居なければ、ここまでたどり着くことは出来なかった。
 いや、琉希だけじゃない。
 今まで私はずっと悩んで、それでも一人で答えが見つからなくて、その度に誰かが助けてくれた。

 本当に私は、誰かを頼っていいのだろうか。

「今回の琉希ちゃんみたいに、ね?」

 そうしてママは、窓の端からひょっこりとこちらを覗きこんでいた二人へ、入ってくるよう促し優しく微笑んだ。
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