甘ロリ先輩の甘美なる交際条件

的射 梓

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清春くんはほんっとうにかわいいんだからなーもう

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「だって、好きって言われたら、断れなくなるでしょう?」

「何を、断れなくなる?」

 聞いてはいけないのかもしれないが、思い当たるところがない。
 もしかして、断れないから、えっちしてあげた……ということなんだろうか、とまで思ってしまう。
 確かに好きとは言ってくれた。
 だが、好きだと思い込まないと没頭できないということだってあるのかもしれない。

「あのね……」
「なに?」

 言葉が継がれないまま、じっと見つめ合う。
 僕はそんな時間も愛おしいと感じるが、くれはの表情は固い。

「聞いて欲しいことがあるの」

 つい、悪い方に考えが向いてしまう。
 気になってしまう。
 くれはが、好き合っているからではなくて、付き合っていいか確かめるために体を重ねたこと。

「……」

 前髪の端から、整った眉がずり下がって不安げに歪む。
 それなのに彼女は無理な笑顔を作って続ける。

「今、そういう話はよくないかな」

 背中に回した手を肩から撫で下ろして、くれはの手を握る。
 固く握りしめられていた手が、花の咲くように緩んだ。

「よくないかなと思うくらいのタイミングででも、話したいことなんだろう。なら、聞きたい」

 本当は、聞くのが怖い。
 僕はくれはの気持ちのいいところだって聞かないと分からないし、言い訳させられる状況だって作ってあげられてない。
 きっとくれはにとってはセックスすることなんてインスタントなティーンズラブみたいに軽いんだろう。
 だから、恥ずかしい思いをしなくても分かってくれる人がいいんだと思う。

 と、結構長い間考えこんでしまっているのに、くれはは話してこなかった。
 首を傾げると、目を上げて思い出したように笑う。
 かわいい。が、その笑顔に見惚れていると彼女は辛そうだ。

「すぐに話せないなら、無理に話さなくてもいいよ。まだ時間はあるし。お風呂にでも入ってゆっくりすれば、また落ち着いて話せるようになるかもしれないしさ」

 少し迷って、拭くものをくれはに手渡す。
 いるざさんが漫画を読んでいるからということで明かりをつけっ放しだけど、くれはの本意ではないのだ。
 案の定、それまで影の差していた彼女の顔がぱっと赤くなる。
 僕だって恥ずかしい。

「ありがとう」

 ちらちらと僕を見ながら「うー」と特徴的なうなり声を出すと、僕を軸にして背中側にくるりと回る。
 しばらくして拭き終わると、背中をぴたりとはりつけてきた。
 背中から抱きしめると、なぜかくれはは頭を逆側に傾ける。

「清春くん、お風呂先に行ってもいいかな……」
「一緒に入ってもいい?」
「うーん……そのうち、ね。ごめんね、今日は別々がいい」

 一度体を重ね合ってはいても、裸のお付き合いはまた別らしい。
 それでもくれはから「そのうち」という言葉が出てきたことに、胸を撫で下ろす。

「もっとくれはの綺麗な体、見ていたかったな」

「もう……。そのうち、ね」

 呆れたように笑いながら、ちらりと目をこちらに向けて答えた。
 
  * * *

 くれはと入れ替わりで入ったお風呂から上がると、またくれはを抱きしめて映画を見ていた。

 白地に大きめの薔薇の描かれたジャンスカに着替えた彼女は、ピンク色の面積が減ったせいか、先刻より甘さ控えめで大人びて見える。
 肩もレースの白いボレロで覆われている。
 室内だし上着は脱いでいてもいいのではないかと思うが、くれは曰くそういうものらしい。
 確かに、ジャンスカにボレロが相まって最高にかわいく見える。

 そのくれはが、エンディングロールを見ながらぽつりとつぶやいた。

「綺麗に泣けるようにする練習、したほうがいいかな。大事なときに泣けなかったら、心がないのねなんて思われてしまいそう」
「くれはの涙は、きっと綺麗だと思うよ」
「そうだと、いいんだけど」

 くれははあまり納得していないようだ。

「次、何見る?」

 少し離れたところから、くれはの友達のいるざさんが声をかけてきた。
 いつの間にか赤いめがねをかけている。

「わたしはラプンツェル観たからいいや。いるざ姫の好きなのでいいよ」

 そう言ってから、くれはは僕に振り向く。
 事後承認を求めるかのようにそっと目で問う。
 特に観たいものがある訳でもないし、微笑みかけて静かにうなづく。
 なんとなく、理由は分かる。
 
「そう。……懐かしい、マイネリーベにしようかしら」

 くれはは僕の腕を痛いくらいに握りしめて、いるざさんの真正面を向いた。

「あ、マイネは見たばかりだから他のがいいな。ごめんね」

 脇目で見るようにしていたいるざさんが、はっとこちらを向いた。
 ミニハットの角度がだいぶ下がったように見える。
 いかにも困っています、という様子で、くれはと向き合っていた。
 くれはの声のトーンもちょっとおかしい。

「それはよくないわね。なら、ディアラバの1期見直そうかしら」
「復習するにはちょうどいい頃だねー」

 それまで流れていた妙に冷たい空気が解けた。
 しばらく、僕には入り込みづらいくれはといるざさんの会話が続いた。
 いったい、先刻の殺気は何だったんだろう……。

「わたしね、……聞いてる?」
「うん?」

 くれはの声に応じるのが少し遅れて、ごまかすように肩を撫ぜた。
 返ってくる笑顔が生暖かい。
 でも、すぐに優しい目になる。

「わたしね、……中に、出されたことあるんだ」

「……そう」

 こういうときって、どう答えればいいんだろう。
 今の僕には、聞いているという姿勢を示すだけで精一杯だった。

「いいって言ったわけじゃない」

「それならくれはのせいじゃ」

「違うよ」

 くれはは僕の言葉を遮っていった。
 彼女が人の話の途中で口を挟むことなんてあまりない。
 真剣な眼差しで、まっすぐ前を見ていた。

「……ありがとう。最初は仕方がなかったって言っていい、と、思う。でも」

 やっぱり何て言ってあげればいいのか分からない。
 分からないから、抱きしめたままそっと撫でる。

「……でも、そうなってからも二人きりで会ったりしたのはわたしだから」

「理由があったんだよ」

 疑問形にすると問い詰める形になってしまいそうだったので、断定調に聞く。
 どうせ何でだって理由になる。

「そうね。大事にしてくれた……ううん、大事にしてくれると思った人だったの」
「そうか……」
「……ごめん。わたしは清春くんのほうが、大事」
「気にしないでいいのに」
「大事だから」

 くれはの言葉が嬉しくて、ぎゅっと抱きしめた。
 彼女の胸がとくとくといつもより早く鼓動を打っているのが感じられる。
 僕はちょろいんだろうか、なんて考えて、自己嫌悪に陥る。

「大事だから、話したいの」

 僕も大事だよって答えても口ばかりにしかならない気がして、ただ、抱きしめる。

「そうか。それなら、僕も聞かせて欲しい」

 努めて落ち着いて答えた……つもりだ。

「そのときは大好きだったし、えっちだって無理やりされたわけじゃない。だけど」

 くれはは僕の腕を抱きながら話し続けていた。
 気を遣わせているなあ、と思う。

「うん」

 開いている手で、レースの肩をそっと撫でる。

「そんなことする人じゃないって思ってたのに、嫌って言ったのに、そのままされたの」

 くれはの爪の先が少し肌に刺さっていたけれど、何も言えなくて。

「びっくりしたし、そういうことする人だと思わなかったから怖くて。責任は取るって言ってくれたから、年上の人だったし、ちゃんと大事にしてくれると思った。というよりも、思うことにした。だって、彼が怖くて言えなかったから」

 くれはがどれだけ苦痛に感じたかなんてきっとこの先も少しも実感できない。それでも。

「分かる……気がする」

 胸の中の彼女の体温は暑い。
 いつもの理知的なくれはの姿からは考えられないくらい、彼女の話し方は乱れていて。

「赤ちゃんできたらどうしようってすごく悩んだし、でね、彼ともこの先のことちゃんと話さなくちゃって思って。でも、口先ばっかりで。話しにくいことだし、二人っきりで会いたいって言って会ったら……今度は、レイプみたいにされた。……バカだよね」

「バカだなんて思わない。誰だって落ち着いていられないよ」

「……清春くんは優しいね。でも、優しすぎるって思うな。だって、最低だって思わない?」

 落ち込んでいた様子だったくれはがフッと笑ったから、戸惑う。

「そんなことないと思う」
「わたしが、じゃないよ?相手の、彼氏がだよ」
「……ごめん」
「ううん、ごめんなさい。清春くんのそういう余裕のないところがね、安心するの」

 彼女はあは、と笑うと、ふぃ~と息を吐いて、軽いその背中を預けてくる。

「もう信じられないからその人の指定してくるところでは会えなかったし、でも、信じたかったし、だってその人じゃなかったら誰を頼ったらいいかって。そうやって悩んでたら、生理が来て」

「つらかったな……」

「今までなんでこんな奴が好きだったんだろうってすごくすごくムカついたの。それでも、しばらくはちょっと遅くなったりするだけで不安になったりもした。……話は、これくらいかな。聞かされる清春くんのほうがつらかったかな……?」

「くれはがつらそうなのはつらいけれど。でも、不安に思っていることを話してくれて嬉しい」

 振り向くくれははちょっと不安そうででもいつもながらに可憐だった。
 うつむきがちに僕に聞く。

「うん、ありがとう。でも……だって、その人にはそういうことされたのに、清春くんにはしてあげられないよ……?」
「そんなこと気にしていないよ。くれはが嫌なら、しない」
「他の人にされたこと、嫉妬してしたくなったりしない……?」
「くれはと僕の関係だし、気にならないよ」

 気にならないような話し方を、くれははしてくれたと思う。

「……ありがとう。安心した。自分で言うのもなんだけど、わたしって面倒くさいよね……。こんなわたしのこと好きでいてくれてありがとう」

 正直なところほんの少し面倒くさいとは思う。
 でも、面倒くさいくらいがきっとかわいいのだと思う。

「くれはがこんなわたしだって思ってても、僕には……大事だから。しっかり向き合っていて、凄いなと思う」

 今ちょっと……よくない感じがしている。
 抑えようと思っても、抑えきらない想い。

「うん、ありがとう。大事なことは話したし、……フライングしちゃったけど、もう言ってもいいよね?」

「うん……?」

 腕の中のくれはと、目が合う。

 実は、焦点が合わない。

「こんなわたしでも、清春くんはおつきあいしたいって思ってくれますか?」

 若干不安げに見えるのは、きっと気のせいでもないのだろう。
 そして若干不安げなのに、くれはは僕より数段スマートだった。
 すぐに答えないと。
 しっかりとくれはのことが好きだって伝えないんといけないのに。

 なのに、僕にはそれができなくて。
 案の定くれはは唇の端を声なく震わせて、終いに聞く。

「清春くん……泣いてる……?」

 ぽたりと、ふんわりしたジャンスカの布地に涙がこぼれて染みていた。
 収集がつかなくなりそうだったから、残った力でくれはを抱きしめた。
 その頭に隠れながら、頭越しに返事を返す。

「大好きで……離したくない、です……ごめん、くれはがずっとつらい思いしてたんだって知ったら、胸が苦しくて」
「嬉しい。でも……ずるいなー、わたし泣けないしずっと我慢してるんだよもう」

 そう言うくれはの声はとても弾んでいて、そのことに僕は胸を撫で下ろした。
 そうです、ずるいんです。
 本当は、そんな彼女の気も知らないで、ビッチちゃんな彼女にどう満足してもらえばいいのかなんていう方向に悩んでいたことが心苦しいのだ。
 涙腺も引き締めたはずなのに、目尻からまたぽたり、と垂れ落ちる。

「ごめん。」

「清春くんはほんっとうにかわいいんだからな~もう」

 するりとすり抜けた彼女は、ぎゅっと抱きついてきたかと思ったら僕の頭に手を伸ばしてくる。
 しなやかな手で頭頂を撫でられると、そわそわして落ち着かない。
 どうやら撫でたくなる頭らしく、前にもそっと撫でられたことがあるが……慣れない。

「くれはのこと大事にしたい……できるように、なりたい」
「うん、がんばりすぎないでね?……怖い人に、ならないでね。」
「約束する。でも、くれはのことにだったら、がんばりたい」

 この姿勢が気に入ったらしくて、頭に頬を寄せられたまま撫でられ続けていた。
 くれはの……葉室先輩の話だったはずなのに、僕が慰められている。
 あーあ、本当に情けないなあ……。
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