悪魔憑きのお嬢様と笑顔が剥がせない僕

的射 梓

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後編 ※

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※受けからの自発奉仕があります。リバ地雷で潔癖な方は注意



 最近アネットお嬢様は春が待てないらしい――
 といっても季節的な話ではない。

 僕も気づくのが遅れたから鎮火しきらないのだが、アネット様が次々と男に声をかけているという噂が広まっていた。
 アネット様の交友関係は深く狭い。だから妙な行動を取ればすぐ目立つ。

 おかしいのは懸想けそうしたとされる相手に共通点が少ないことだ。
 人当たりがよく話の引き出しが多い男子に特攻していることもあれば、寡黙で陰のある男子と仲良くしようとしていたり。スポーツが得意な男子を狙っていたかと思えば、今度は家がパトロンで芸術面に造詣ぞうけいが深い相手に、と一貫性が見当たらない。

 変なところはまだある。突拍子もない行動に出る割にアネット様は下調べが甘い。
 あるお相手は暗黙の家の決まりで結婚する相手が決まっていた。別のお相手は学者志望で、この地域では学者は広義の宗教者に含まれ生涯独身だ。はたまた、男性にしか恋心を持てない男子にアプローチしていることもあった。
 一件、贋作がんさくギルドとつながりのあるお相手と仲良くなりそうなときは、裏から手を回して転校・・していただいたが――

 僕も配下を使っていてもすべての裏を取れているわけではないが、「誰でもいいのではないか」という可能性は否定しきれないところではあった。
 が、逆に誰でもいいのではないかと考えると、それもそれでおかしいのだ。
 僕の調べでは、アネットお嬢様の周りには五人ほど、多少クセはあるもののアネット様の相手として考えうる男子がいる。が、アネット様は彼らには見向きもしない。
 もしかしたらアネットお嬢様は、障害がないと火が付かないタイプなのか?

 アネットお嬢様は確かに変わっているところは多いが、面白い人だ。
 もしアネット様に相応ふさわしいお相手が現れたら、快く送り出したい、と思うが――



 アネット様の次の懸想相手はどうやら読書家のようだった。
 屋敷の奥にある書架の鍵を開けると、ほんの少しだけカビくさい臭いが漂う。
 扉を開けると、先にアネットお嬢様をお通しし。

「どうぞ」
「ありがとう。哲学の本って、どのあたりにあるかしら」
「禁書扱いなので、奥の方ですね」

 鍵のかかった書架のさらに鍵付きの棚にある部類の禁書を探すのはアネット様らしいが――
 少し運命が違えばお似合いの二人だったかもしれないが、調べた限りでは今度もアネット様になびきそうもない相手だった。
 目当ての棚に案内すると、アネット様はしゃがみこんでその棚の最下段に目を寄せ、右から横へと目を滑らせていく。

「それじゃなくて……」

 アネット様が指先で書物の上を引いた。手に取ってぱらぱらとめくってみては、思ったものと違うのかまた返すのだった。
 目についたものを一つ一つ手に取ってはまた戻し、下から上へ書棚を検索する。
 やがてはつま先立ちになるほど上のほうの、乱雑に積み上げられている本を取ろうとして――

 気が付いたら体が動いていた。

「わ……!」

 背中からアネット様の肩口に腕を回すと、できうる限り後ろに引き寄せた。
 均衡の崩れた書棚から、上方の山が崩れて本を吐き出した。アネット様のいたところに、厚い表紙の重い本が音を立てて降り注ぐ。
 床にぶつかった本が硬い音を立てていたもの、すぐに床は本で覆われて、本の上に本が積み重なる。落ちる本がなくなってからも、ホコリくさい空気が浮き上がっていた。

 崩落の現場を目の当たりにして、状況が落ち着くのを静かに待つ。

「アネット様、お怪我はありませんか?」
「……っ!」

 アネット様はぶるりと身を震わせると、首を少し横に傾けた。
 もう少しで崩落に巻き込まれるところだったことへの恐怖心からか、上擦った声でアネット様は言う。

「平気よ、ありがとう。でも耳元でささやかれるとその、恥ずかしいから」
「大変失礼しました」
「いいえ、嫌ではないの。ただ恥ずかしい、だけ……」

 アネット様をすぐに離して差し上げるべきということは分かっているはずだが、なぜか手放す気にはなれなかった。
 そのアネット様もただ呆然としている。ホコリ臭い空気も沈んでしまったあとで、妙な時間だけが流れ。

「多分それだわ。私が探していた本」

 どうやらアネット様の探し物は見つかったようで、僕はぱっと手を離した。
 すると彼女はしゃがみ込んで、目当ての本に指で触れるとホコリを払って取り上げた。
 それを見て、僕も残りの本を抱き上げては、書棚の上に戻していく。

「私も手伝うわ」
「これは私の仕事でございますから、アネット様のお手をわずらわせる訳には参りません」
「仕事、って……」

 するとアネット様はアメジストの美しい瞳で困った見上げ方をしてくる。
 まただ。何度か見た、どこか世界から切り離されているような儚げな瞳――

 その瞳の意味を深く考えないようにし、僕は後片づけに戻ろうとした。
 そう、仕事だ。アネット様はご主人様のご令嬢で、僕は貴族のただの雇われ人だ。その間にはしっかりと線を引かなければならない。

 アネット様は、お召し物のすそにホコリをまとわりつかせながらまた言う。

「私も手伝うわよ」

 こういうときのアネット様は頑固だ。それ以上彼女のご厚意をお断りすることもできない。
 つま先立ちで上の棚に本を戻すアネット様に再度の崩落を危惧しながら、二人で元の位置へと本を戻していった。

「ねえユベール。もし、もしよ。私がどこかにとつぐことになったら、ユベールはついてきてくれるかしら」

 使用人を婚家に連れていくのはそう珍しいことでもない。
 であるにしても、アネットお嬢様と僕の関係はちょっと異常だ。
 お父君であられるモーリス様の信認を得ているから許されているが、相手によっては暗殺されてもおかしくはない。

 アネット様の想い人と出会い、殺されるのはそれはそれで面白い人生かもしれない。
 それ以上に、僕はこの人を放ってはおけないだろう。

「ええ、つつしんでお仕えいたします」

 僕が快く返すと、アネット様はどこか不満げな顔をした。

「仕事熱心で助かるわ。ああ、時間を取らせてごめんなさい。探し物は見つかったから、私部屋に戻るわね」

 そう言うとアネット様は本を固く抱きしめながら、逃げるように出て行った。

 アネット様は面白い人だ。連れ去って駆け落ちでもするのも悪くないだろう。
 だが、アネット様と同じようにお父君のモーリス様のことも慕っているのだ。
 アネット様を裏切れないように、大恩のあるモーリス様のこともまた、裏切ることができない。



 今日もまた、離れの執務室でモーリス様にぬるめの紅茶を注いだ。
 人払いをしているのに、おごそかに執務机に向かう姿はさすが家長という風格だが、心なしか疲れの色が見える。
 僕はできるうる限りアネット様の不利益にならないよう、その学校での動向・・を報告した。

「なあユベール君。私は子育てを間違えたのだろうか」

 この御方は娘を愛しているから悩まれている。
 勝手に期待だけ膨らませてその責任も取らないような親なら、下手をすれば勘当でもしているだろう。
 
「私はそうは思いません。アネット様の中では、まだ好きも嫌いもはっきりしないのでしょう。今は大きく道を誤ることのないよう支える時期なのだと思います」
「そうだな」

 そう言うとモーリス様は、冷めかけの紅茶に口を付けた。
 一杯飲んでいる間に問題が片付くほど、香りを出せているかは不安が残るところだ。

「ところでユベール君。サランジェ家の継嗣問題については知っているだろう?」
「存じております」

 サランジェ家といえばゴスラン家とも親交が深く、そして僕の遠縁にあたる家であった。
 代々子どもに恵まれず、先日高齢のご当主を残しご令息が亡くなったと聞いている。

「ユベール君次第だが――エドゥアールの奴から頼まれていてな、サランジェ家の跡を継ぐ気はないか」
「しかしお言葉ながら、私では少々縁が遠いかと存じます」
「サランジェ家と縁がある者で水霊リンデーアの祝福を受けていて、かつあの家を継げそうな者はユベール君ぐらいしかおらんのだ。あの土地はリンデーアなくして治まらないからな。授爵状の変更については、姉にとりなしてもらって何とかする」

 モーリス様の姉というと、現ヤンクロット聖女猊下げいかか。なるほど、王室とのパイプも太そうだ。
 客観的に見たら悪くない話なのだろう。

 だが、まだモーリス様の真意が見えない。

「その代わりという訳ではないが――」
「何でございましょう?」
「アネットをもらって欲しい」

 願ってもみないモーリス様の御言葉。
 意図せず、アネット様と過ごした時間が次々浮かびあがる――

 時折、世界から切り離されているような儚げな表情を覗かせるアネットお嬢様――

 男娼街の闇で誰に看取られることなく息を引き取った弟の為に涙を流してくれたアネットお嬢様――

 アネット様との間には明確に線を引いていたはずなのに、その場で返事をしてしまいそうになる。
 しかし――

つつしんでお仕えします、とお応えしたい気持ちで一杯でございます。ですが、それを決めるのはアネットお嬢様です。もしアネット様のお気持ちに沿わないときはサランジェ家の継承権も返上いたしますよ」



 できることならすぐにでもアネット様を連れ去ってしまいたかった。
 懸想相手を一人また一人と取り逃すたびアネット様が疲弊していくのを見るのは見るに堪えなかった。
 しかし、下手に動けばモーリス様の親心が水の泡だ。だから僕は、陰に陽にアネット様に寄り添いながら機が熟すのを待つしかなかった。

 果たして、叙爵とともにアネット様ももらうことができた。
 妻に迎えてもアネットは面白くて飽きない人だ。同じ貴族生活だって、おすまししたお嬢様を迎えてはこうも楽しく過ごせなかったろう。そして帰天した弟のことを義弟として慈しんでくれる。
 僕はアネットがたまらなく愛おしい。

 予想外だったのは、往時と違ってアネットの魔力が著しく減退していたことだったか。
 領地の精霊リンデーアの刀自とじが務まるか危ぶまれたが、アネットらしい泥くさいやり方で精霊の刀自と認めさせたのだからまったく面白い。

 * * *

 ある穏やかな午後のことだった。

 執務室で領地の郷土誌を調べていると、アネットが入ってきた。
 時間から考えると、剣術の修練から戻ってきたのだろう。
 アネットも横で本でも読むのかと思い声をかけると、彼女は僕の様子を見て少し悩みながら言う。

「あのね。体を動かしたあとはしょっぱいものが食べたくなるの」
「侍従を呼んで、何か持ってこさせましょうか?」

 が、アネットは小さく首を振った。

「いいえ。ユベールからもらうからいいわ」

 次の行動に、しまったと感づいた。
 アネットは異常に僕の生理的反応に過敏だ。気づくのも早ければ、やることも極端だ。
 少し躊躇ためらっていたかと思えば、僕の腰元をくつろげて中の僕自身を口に含んだのだった。

「美味……」

 ただの血の巡りの問題で鎮まるのを待つだけだったはずの屹立は、アネットの口淫で鎮まりようもなくなっていた。
 どこで覚えてくるんだ――と気にもなってしまうが、アネットがそこまで放蕩ほうとうしていないことは他でもない僕が一番よく知っている。
 このまま至らせられては男の沽券に関わる、と本当にどうでもいいことに苛立いらだってしまう。

 僕は諸々のいきどおりをバネにアネットを持ち上げると、その体を机の上に寝かせた。

「だって、ここのところユベールが触れてくれないから」
「アネットが公務で忙しくしていたので、ゆっくり休んでいただこうと思ったのですよ」

 嘘偽りもない言葉だが、アネットは納得しなかった。

「一秒だってユベールの気持ちが他の人に向いているのは嫌なの。でも、そうなると考えちゃうでしょう? だから最後までできなくたって、手でだって何だってするって言ってるじゃない」

 大切なアネットにそんなことさせられる訳ないだろう――?
 が、こちらでの生活にまだ慣れていないこともあるのか、ひどく心配性のアネットはそんな言葉では納得しないし、さっきのように文字通り我が身を犠牲にしてまで奉仕してくる。

「一瞬たりともアネットのことを忘れたときなんてありませんよ。片時だって離したくない」

 アネットの背に腕を回して支え、その瞳を覗き込みながら問う。
 そのアメジスト色の瞳が、僅かに震えて逸れた。

「守られてるばっかりでいたい訳でも、ないの」

 伝わらない気持ちに胸を痛めたところで、アネットの不安は解けないのだろう。
 だから僕は、言葉で答える代わりにその唇を塞いだ。
 唇を寄せると、アネットはその凛とした目元を閉じて睫毛まつげを揺らし。

「いつも守られているのは僕のほうですよ。今日ばかりは、アネットを甘やかさせてください」
「ゆべー、る……」

 静かに唇を重ねると、アネットの背に回した腕にかかる圧がぐっと強くなる。しっかり支えるように力をこめ、引き寄せた。
 修練のあとに体を流してきたのだろう。抱きしめたアネットからはふわりと良い香りが舞っていた。

 アネットと唇を重ねながらゆっくりとした時間を楽しめればそれでもよかったのかもしれない。
 だが、次第に唇の隙間からくぐもった息を漏らす艶っぽい姿を見て、いてもたってもいられずにアネットをそっと執務机に押し倒した。
 そのワンピースをたくし上げながら脚を左右に割ろうとすると、アネットは脚を内に寄せるよう力を込め。

「恥ずかしい、って」
「昼間なのに煽って来たのはアネットでしょう? 昼だって夜だって、僕はアネットのことを愛しています。辛い思いはさせたくない」
「ユベール、少し意地悪になってないかしら? 分かったわ……」

 虐めたくもなるだろう? 神童にしろ悪魔憑きにしろ、アネットのこの顔が見られるのは二人きりのときぐらいなのだから。

 アネットは白い頬を赤めながら、強張こわばった脚から力を抜いた。
 にこやかに流すと、まだ湿りきっていない秘所を愛でるように口を寄せ。

「……やっ!」

 少し存在を主張しかけている花芽をついばむと、アネットの体がぴくりと跳ねた。
 反射的に動いたアネットに、頭からばさりとワンピースの裾を被せられた。

 * * *

「ん……あ、はぁっ……! ゆべー、るで、いっぱいで、嬉しいの……!」

 豊かな実りが比喩でなく潰れるのではないかと思うくらいにしがみついてくるアネットを、取りこぼさないように抱きしめていた。
 あやすように、なだめるように、膝のうえで繋がり激しく揺れる体をしっかりと抱きしめていた。

「……ッ、そんなに激しくして、大丈夫ですか?」
「ううん、平気だわ。は、ん……っ! ゆべーる、は……? っん!」

 上擦った声で問うアネットをきつく抱き支えながら、その中心を突き上げた。
 少し力の抜けた体がふわりとかぶさってくるのを心地よく受け止め。

「幸せですよ、こうしてアネットと愛し合っている時間は。……ッ、長続き、させたいものですね」

 こうしがみつかれていては動きづらいのだろう――普通は。
 いったい貴族のお嬢様というものはこう乱れるものかなんていう下らない疑問が浮かぶくらい、今日のアネットも乱れていた。
 勢いのままに締め付けてくる蜜肉は正直痛いくらいで、前のめりに擦りつけられる恥骨も圧迫感を感じはする。
 そんな彼女本位の動きにさえ、愛しいと感じ欲が込み上げてきてしまう。

 アネットだけに任せないように。アネットの勢いに飲み込まれないようにと、艶花の奥に軸を繋げた。
 波打つ密肉の奥の、一番いところに擦れ合うように緩く抽送する。
 アネットのしがみついてくる圧は少し強くなるもの、それでも彼女は止まらずに腰を揺らしていた。

「我慢、しないで、っ、あ、うっ! 激し……わ……!」
「アネットより激しくしたいのです。愛していますから」
「……っ……あ、ゆべーるに名前呼ばれると、わたし、わたし……っ!」

 軸にかかる蜜肉の圧がぎり、とまた一層強くなった。
 顔に出てしまうのではないかと言うくらいの強すぎる締め付け。それですらアネットには気持ちよいと感じてしまう。
 少しでもアネットのペースを緩めようとその耳を甘噛みすると、彼女はびくんと身を震わせた。その頭が、ころんと僕の肩に転がってくる。

「ゆべーる、私、もう……! もっとユベールのこと……したいのに」
「アネットのそんな姿を見せられては僕も、……ッ、もう持たない。一緒にいきましょう」
「中に、欲しいわ、あっ、ユベール、だめ、……ん! うぅ」

 お互いを高め切らそうと思いのままに腰を揺らめかすアネットを、すんでのところで机に寝かせ付けた。
 目を閉じ声にならない声を上げるアネットの、花芽を撫ぜ愛でながら雄芯で最奥をすりつぶす。
 体を繋げ同じくらいに高ぶっている幸せをかみしめながら、熟れた花芽を愛でていた。
 はくはくと口を開きながら蜜肉を痙攣するのを感じ軸を引き抜くと、アネットのへそ下に最後の熱を吐き出した――



「ユベールの赤ちゃん、欲しかったのに……」

 今のアネットにはまだ、荷が重いんじゃないだろうか。
 まだこの家に慣れているようには見えないし、もう少し時間が経ってからでいいだろう――
 なんて言うと、またアネットは無理をするから。

「もう少しアネットと二人きりで過ごす時間を楽しんでいたいのです。僕のわがままを許してくれませんか?」
「……! ユベールが、そう言うなら……」

 嬉しいのか不満そうなのかどうにも伺いたいアネットの瞳を覗き込むように顔を近づける。
 目と鼻の距離まで近づけると、彼女はこらえきれずに目を閉じた。
 無防備なアネットの、その口元に軽く乗せるように唇を落とし――

「誰が何と言おうと、アネットは手離しませんよ。絶対にね」
「ゆべーる……」

 とろんとした顔のアネットを緩く抱きしめると、彼女はそれ以上何も言わなかった。
 アネット。どうしたら凛として美しい筈の君のその不安を消してやることができる――?

「ユベール、今何か考え事していて?」
「あまりにもアネットが可愛らしいので、見とれていただけです」
「……!!」
 
 そわそわと恥ずかしげに体を震わせたアネットを、くすりと微笑みながらゆっくり抱きしめていた。

 今日も、領地の日差しは穏やかだ。

 (終)
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