物語の中の小さな恋

いっき

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ニ. ひとりぼっちのイソギンチャク

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 家に帰ると、お母さんがおやつを用意してくれていた。大好きなドーナツとオレンジジュース。
 僕はウキウキしながら手をあらってテーブルについた。
「ねぇ、亮太。新しい学校はどう? お友達、できそう?」
 お母さんが、心配そうな顔で聞いた。
「うん。サクラもきれいで、いい学校だよ。それに、今日、お友達できたんだ」
 僕が顔いっぱいに笑顔をうかべて言うと、お母さんは目をまるくしたが、すごくうれしそうになった。
「よかった。亮太、あまりしゃべらないし、なかなかお友達できないから心配してたの。でも、新しい学校にはいい子がいるみたいね。どんな子?」
「うん、あのね……」
 千沙ちゃんのことを言おうとしたら、あのすきとおった瞳を思い出した。僕は、急にはずかしくなった。
「ヒミツ」
 ニコッと笑った。
「え、知りたぁい。どんな子なの?」
 お母さんはすごく知りたそうだけど、安心しているみたいに目を細めた。

 その夜、僕は明日の学校のしたくをしていた。とはいっても、教科書もまだもらっていない。時間割を見て、ノートの用意だけをした。宿題も今日はない。
 したくが終わった僕は、いつものように勉強机の上にノートをひらいた。転校することが決まってから、毎日のようにやっていることがある。
 日記ににているけれど、ちょっとちがう。物語を書いているんだ。
 昨日、ひっこしてくる前から書いていた一つの物語……『ちいさなオコジョのぼうけん』のお話を書き終わった。

 住みなれた岩かげの家をこわされたオコジョのポン太が、新しい家をさがして、ぼうけんする。空から追いかけるフクロウからにげたり、川の流れにのみこまれそうになったり……でもポン太は、昔、はなればなれになったお母さんとまた会うことができて、新しい家でしあわせに暮らすんだ。

 はじめは椋 鳩十みたいな物語を書きたくなって書きはじめた。そうして書いていると、僕は物語の中のポン太になった。家をなくして悲しくなって、ドキドキハラハラぼうけんして、お母さんと会えて、泣きそうなくらいよろこんで。
 気がついたら、書くことが楽しくてしかたなくなっていたんだ。


「今日からは、どんな物語を書こうかな?」
 書く前からワクワクした。
「そうだ、『ひとりぼっちのイソギンチャク』のお話にしよう」
 僕はノートに書きはじめた。

◇ ◇ ◇

【ひとりぼっちのイソギンチャク】

 ここは、海の水がひいたときにできる小さな水たまりの中です。そのイソギンチャクは、今日もひとりぼっちでした。えびの親子がとおりかかっても、イソギンチャクを見ると、にげていきました。
「あぶない、あぶない。あの糸でしびれさせられて、食べられるところだった」
 そのイソギンチャクは、本当はやさしくてさびしがりやでした。 それなのに、頭からでている糸が、海のみんなをしびれさせて動けなくさせてしまいます。
 ともだちをつくるのをあきらめてひとりさびしく海にゆられていた、そんなときです。
 桃色にしげったさんごしょうのかげから、大きなかいがらをせおったヤドカリがでてきました。
「わっしょい、わっしょい。ふぅ、つかれたなぁ。ここで、ひとやすみしよう」
 ヤドカリは、イソギンチャクの近くでかいがらをおろしてやすみました。イソギンチャクは、おそるおそるヤドカリにこえをかけました。
「その大きなかいがらは、家ですか?」
 ヤドカリはイソギンチャクを見ると、うれしそうに言いました。
「そうさ。いまさっき、このおおきな家にひっこしたんだ」
 いつもみんなからにげられるイソギンチャクは、よろこんで言いました。
「ひっこしって、楽しいですか?」
 ヤドカリは言いました。
「楽しいよ。海にはいろいろなかいがらがあるんだ。すごくきれいなかいがらもあるし、ごつごつしたかいがらもつるつるしたかいがらもある。自分のすむ家をさがすのって、すごく楽しいんだ」

◇ ◇ ◇

「今日はここまでにしよう」
 ノートをしまった。
 この物語、どんなお話になっていくのかな? ベッドに入ってからも、すごく楽しみだった。

 次の日の朝。席について、やっぱり誰ともしゃべることのできない僕の前に、千沙ちゃんが来た。
「おはよう」
 そう言ってニコッと笑う千沙ちゃんを見ると、僕の胸の中はポカポカとあたたかくなった。
「うん。おはよう」
 すると、千沙ちゃんは本を一冊、僕の机の上においた。
「『みかづきとタヌキ』……」
「うん。亮太くん、読んだことないって言ってたでしょ? 貸したげる」
「ホント!? ありがとう! すごく嬉しい」
 僕は、本当にうれしかった。
 もちろん、この本を読めることもうれしいけれど、何より、はじめて友達に本を貸してもらったことが、すごくうれしくて感激した。
「千沙ちゃんも、『やせ牛物語』読んだことなかったよね。明日、持ってくるよ」
「本当?」
 千沙ちゃんも、目をかがやかせた。

 その日から、僕たちは椋鳩十の本を貸したり借りたりするようになった。二人とも、読むのは同じくらいのはやさだったから、三日くらいで返して、また別の本を持ってきた。
 僕は本を読んでいると、たびに出ているような気分になる。自分が物語の中に出てくる動物たちや、動物と触れ合う人になって、物語の中でたびをするんだ。千沙ちゃんから色んな本を借りるたびに、色んなたびをすることができる。
 僕の『ひとりぼっちのイソギンチャク』のお話の続きも、進んでいった。

◇ ◇ ◇

 イソギンチャクは、ヤドカリのはなしを聞いていると、うらやましくなりました。
「いいなぁ。ぼくには足がないから、ずっとここにくっついていることしかできないんです。それに、ともだちがほしいのに、みんなにげていくんです」
 イソギンチャクは、悲しくなって泣きだしました。すると、ヤドカリは言いました。
「じゃあ、ぼくの家にのってよ。ぼくがいろんなところにつれていってあげる」
 イソギンチャクは、びっくりして言いました。
「本当ですか。うれしいです」
 ヤドカリは、とくいそうに言いました。
「おやすいごようさ。ぼくは、ちからもちなんだ。ちょっと、ちからをぬいてね」
 ヤドカリは、手でイソギンチャクをもちあげると、自分のかいがらにのせました。
 その日から、ふたりはいっしょにくらしました。
 ヤドカリは、青々とおいしげったワカメの森とか、いろとりどりのヒトデのひろばとかいろんなところにイソギンチャクをつれていってあげました。
 イソギンチャクははじめて見るものばかりで、毎日がゆめのようでした。
 生まれてはじめて親切なともだちができて心からよろこんでいました。

◇ ◇ ◇

 そんなある日の帰り道。何だか千沙ちゃんの元気がなかった。
「どうしたの?」
「えっ?」
「何だか、元気がないみたい」
 すると千沙ちゃんは、くもった顔をして言った。
「明日、算数のテストがあるでしょ」
「うん、そうだね」
「私、授業を聞いても、分数がぜんぜん分からなくて。明日のテストなんか、できそうにないの」
 そっか。本が好きな千沙ちゃんは、国語は大得意だけど、算数は苦手なんだ。だったら……
「ねぇ、千沙ちゃん。僕の家、来ない?」
「えっ?」
「一緒に、明日のテストの勉強をしよう」
 僕は、学校の勉強は得意だ。でも、そのことで友達ができるというわけでもなかったし、誰かの役に立つとは思ってなかったんだけど……今、千沙ちゃんの役に立てるかも知れない。
 すると、千沙ちゃんも笑顔になった。
「ありがとう。亮太くんの家、行ってみたかったの」
 千沙ちゃんがはじめて、僕の家に来ることになった。
「こんにちは、河原といいます。今日、亮太くんに勉強を教えてもらいに来ました」
 千沙ちゃんが玄関口できちんとあいさつをすると、お母さんは目をまるくした。
「まぁ、いらっしゃい」
 そして、僕の方を向いてからかうように笑った。
「そっかぁ、亮太。ヒミツのお友達って、この子だったのね。すっごくかわいい子じゃない」
「いいから、いいから。これから勉強するんだから、じゃましないで」
 僕があわてて言うと、お母さんはクスッと笑った。
「はい、はい。後で、部屋にジュース持っていくわね」
 そんな僕とお母さんを見て、千沙ちゃんもにっこり笑っていた。

「すごぉい。亮太くん、教えるの上手だね。分かりやすい」
「そうかな」
 勉強机の前にいすを二つならべてすわって分数を教えていたら、千沙ちゃんにほめられて、僕の顔はあつくなっていった。
「そうだよ。将来、学校の先生になれるんじゃない?」
「それはむずかしいよ。だって、学校の先生になりたいなら、まり先生みたいにおもしろくなくちゃいけないでしょ」
「大丈夫。亮太くんも、おもしろいから」
「えっ、どこが?」
 ふしぎな顔をする僕を見て、千沙ちゃんはくすぐったそうに笑った。そんな千沙ちゃんを見て、僕も楽しくなってくる。
「そういえば千沙ちゃんは、将来、何になりたいの?」
「私は……」
 千沙ちゃんのほっぺが少し赤くなった。
「ヒミツ」
「え、そうなの?」
「ええ。でも……私たちが椋 鳩十の物語を全部読み終わったら、その時に言うわ」
「えー、気になるよ」
「そうね。でも何だか、全部読み終わってからじゃないと、その夢がかなわないような気がして」
 椋 鳩十の物語を全部読み終わってからじゃないと、かなわない夢……何だろう?
 気になったけど、僕たちは算数の勉強をがんばることにした。

 次の週の算数の時間に分数のテストが返された。まり先生は、ひとりひとりにやさしく、時にはきびしく言いながら返していく。
「河原さん」
 名前を呼ばれて千沙ちゃんが教壇の前に行くと、まり先生は顔いっぱいにやさしい笑いをうかべた。
「よくがんばったわね」
 千沙ちゃんはテストを見ると、目をまるくしてびっくりした。そして算数の時間の後、すごくうれしそうに、そのテストを持ってきてくれた。
「亮太くん……本当に、ありがとう」
 算数のテストは、僕も千沙ちゃんも百点だった。僕の得意なこと……だけど、今まで人の役に立てなかったことが、千沙ちゃんの役に立てたんだ。僕は、自分だけが百点取った時よりも、百倍も千倍もうれしかった。

 その夜。僕の物語『ひとりぼっちのイソギンチャク』が完成した。

◇ ◇ ◇

 そんなある日のことです。海のふたりたびにつかれて、ヤドカリとイソギンチャクは岩場でねていました。そこへ、おなかをすかせたウツボがやってきました。
「はらがへったなぁ。いいえものはいないかなぁ。おっ、うまそうなかいがらを見つけたぞ」
 ウツボは、ヤドカリとイソギンチャクをまるのみにしました。ヤドカリは、目をさましておおさわぎしました。
「どうしよう、食べられてしまった」
 すると、イソギンチャクは言いました。
「だいじょうぶ。ぼくにまかせて」
 そして、頭の糸をあちこちにつきさしました。今度は、ウツボがおおさわぎです。
「ぐわぁ、いてててて」
 ウツボは、ヤドカリとイソギンチャクをはきだすと、にげていきました。ヤドカリは、イソギンチャクにお礼を言いました。
「ありがとう、助かったよ。きみは、ぼくの命のおんじんだ」
 イソギンチャクは、とてもよろこびました。
 今まで怖がられてばかりだった頭の糸が、初めて大切な友達の役に立てたのです。
「ふたりとも助かって、君の役に立てて、とてもうれしいよ。これからも、食べられそうになったらぼくにまかせて」
 こうして、ふたりはそれからもずっと、なかよくくらしたのでした。

【ひとりぼっちのイソギンチャク・完】

◇ ◇ ◇

 完成して、物語を読みかえしてみた。すごくうれしかった。このお話は誰も読んだことのない、僕だけの物語。
 はじめに、だれに読んでもらおう……。すると、真っ先に、頭の中に千沙ちゃんの顔がうかんで、僕は何だかむずがゆくなった。
 読んでもらうのは、これからもずっと書き続けて、もっと上手になってからにしよう。そう思った。
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