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翌日。
「おっ、今日も頑張ってるね、リッツェルちゃん。この手袋をもらうよ」
「ミリロさん、本当にいつも、ありがとう! 」
リッツェルはいつも通りに店を開いていました。
そんなリッツェルの目に、いつもの場所で、そっとこちらをうかがうリクルが見えました。リッツェルが優しく笑うと、リクルは赤くなって下を向きました。
「さぁて、今日もこのくらいにしとこっかな。よく売れる時間帯もすんだし」
今日もリッツェルは、早目にお店をたたみました。リッツェルも知らず知らずのうちに、リクルが来ることが楽しみになっていたのでした。
「ね……ねぇ、リッツェル」
「どうしたの、リクル?」
リッツェルがにっこり笑うと、リクルはしどろもどろになります。リッツェルにとっては、それがたまらなく可愛いのでした。
「僕のお父さんが、リッツェルにお礼を言いたいって……家に呼んできて欲しいって。今日……家に来てくれる?」
「うーん……」
リッツェルは少し考えましたが、すぐまた笑顔で言いました。
「分かった。今日は時間も早いし、リクルの家におじゃまするわ!」
「今度はこっちがお礼をする番だから、持って行かなくていいのに……」
家への道すがら、リクルはリッツェルの抱えるカゴを見て、すまなさそうに言いました。
「あら、リクルのお父さん、病気なんでしょ? このブドウ、甘くてみずみずしくて、買って帰ると私のお母さん、喜ぶんだから」
笑顔でそう言ったリッツェルはしかし、悲しげにうつむいて言いました。
「私のお母さん……いつになったらよくなるんだろう」
リクルは、そんなリッツェルを見て、たまらない気持ちになるのでした。
「はじめまして!リッツェルと言います」
リクルの家に着いたリッツェルは、元気にあいさつをしました。
「リッツェル……やっぱり、リッツェル……」
カベルは目を見開き、つぶやきました。
「えっ?」
「いや、何でもない。それより、この間は本当に、ありがとう。それに、今日もまた、そんなに美味しそうなブドウを持って来てくれて……。ウチでも、つまらないものだけど、実はシチューを作ってあるんだ」
カベルは、ゆっくりとベッドから起き上がりました。
「お父さん……起き上がれるようになったの?」
リクルが目を丸くします。
「ああ。リッツェルさんのおかげだよ。美味しいごはんを食べた日から、すこぶる体調がいいんだ」
すると、リッツェルは優しく目を細めました。
「良かった……。でも、私なんて、何の役にも立ってませんよ。リクルくんが、『願いを叶える泉』でお祈りをしてくれたおかげです」
「願いを叶える泉?」
カベルが不思議な顔をすると、リッツェルは微笑みました。
「リクルくんが、お父さんの病気が早くよくなるように……泉でお願いしていたんです。きっと、そのおかげですよ」
「リッツェルも……祈ってくれたんだ。リッツェルのお母さんも病気で大変なのに……それなのに、お父さんの病気が良くなりますようにって」
リクルがそう言うと、カベルの瞳が涙でじわっとうるみました。
「リッツェル……何て、優しくていい娘に育ってくれたんだ。リクルも……。僕は、自分の娘と息子がこんなにいい子に育ってくれて、嬉しいよ……」
「えっ? 娘と息子って……」
「お父さん、どういうこと?」
カベルは、涙ながらに二人に説明を始めました。
*
カベルにはかつて、二人の子供……リッツェルとリクルがいました。二人のお母さんはリクルが生まれてすぐに亡くなってしまい、カベルがそれまでに貯めていたお金を頼りに、男手ひとつで育てていました。
貧しく大変な生活でしたが、カベルにとっては二人の子供に囲まれて暮らすのが、何より幸せでした。
そんなある日のこと。
この国にくる、つかの間の春……ポカポカとあたたかい光が射していた日に、カベルはリッツェルとリクルを連れてお花畑に行きました。
まだ小さかったリッツェルは元気にお花畑を走り回っていましたが、カベルはより幼いリクルの方に付きっきりになっていました。
ふと、カベルが気付いた時。それまで走り回っていたお花畑に、リッツェルの姿はなくなっていました。
「リッツェル! リッツェル!」
カベルは青ざめて必死にリッツェルを探しました。しかし、どうしてもリッツェルの姿を見つけることができませんでした。
その日以来、カベルはリッツェルのことを気に病みながらリクルと暮らしました。そして、身体の方も病に倒れてしまったのでした。
*
「う……うそよ。人違いだわ」
リッツェルは、信じられないお話にあわてました。
「いや、リッツェル。家に来てくれて、お前は私の子供だと確信したよ。お前の首筋にある、三つ並んだホクロ。それは、確かに私の子供のリッツェルの首筋にあったんだ」
「そ……そんな。じゃあ、お母さんは? 今まで私を育ててくれた、ルルお母さんは、誰なの?」
「ルル……ルルと言ったのか?」
カベルは、また驚いて目を見開きました。
「ルルは……僕の妹だよ。この世にはいないはずの」
「この世にはいないはずの……妹?」
カベルは、うなずきました。
「ルルは……僕の妹は、ある男と結婚したんだけど、子供を産めなかったんだ。そのことで、その男から毎日のように責められて、ある日……崖から身を投げたんだ」
「崖から身を投げた……」
リッツェルは驚きのあまり、口を押さえました。カベルは、うなずきます。
「身を投げたと思っていた。崖の前に靴だけがあって、ルルの姿は私達がどれだけ探しても見つからなかったんだ。それが、まさか……僕のリッツェルをさらって、育てていただなんて……」
「そ……そんな。うそよ。ルルお母さんは、私をさらってなんかない。何かの間違いよ!」
「あ……リッツェル! 待ってくれ!」
リッツェルは青ざめて、その家を飛び出しました。自分の家へ向かって走ります。
「うそよ。そんなの……」
カベルの口から聞いたお話が、あまりにショックで。
信じられない……。いや、信じたくない。
リッツェルの頭は、その想いでいっぱいでした。
「おっ、今日も頑張ってるね、リッツェルちゃん。この手袋をもらうよ」
「ミリロさん、本当にいつも、ありがとう! 」
リッツェルはいつも通りに店を開いていました。
そんなリッツェルの目に、いつもの場所で、そっとこちらをうかがうリクルが見えました。リッツェルが優しく笑うと、リクルは赤くなって下を向きました。
「さぁて、今日もこのくらいにしとこっかな。よく売れる時間帯もすんだし」
今日もリッツェルは、早目にお店をたたみました。リッツェルも知らず知らずのうちに、リクルが来ることが楽しみになっていたのでした。
「ね……ねぇ、リッツェル」
「どうしたの、リクル?」
リッツェルがにっこり笑うと、リクルはしどろもどろになります。リッツェルにとっては、それがたまらなく可愛いのでした。
「僕のお父さんが、リッツェルにお礼を言いたいって……家に呼んできて欲しいって。今日……家に来てくれる?」
「うーん……」
リッツェルは少し考えましたが、すぐまた笑顔で言いました。
「分かった。今日は時間も早いし、リクルの家におじゃまするわ!」
「今度はこっちがお礼をする番だから、持って行かなくていいのに……」
家への道すがら、リクルはリッツェルの抱えるカゴを見て、すまなさそうに言いました。
「あら、リクルのお父さん、病気なんでしょ? このブドウ、甘くてみずみずしくて、買って帰ると私のお母さん、喜ぶんだから」
笑顔でそう言ったリッツェルはしかし、悲しげにうつむいて言いました。
「私のお母さん……いつになったらよくなるんだろう」
リクルは、そんなリッツェルを見て、たまらない気持ちになるのでした。
「はじめまして!リッツェルと言います」
リクルの家に着いたリッツェルは、元気にあいさつをしました。
「リッツェル……やっぱり、リッツェル……」
カベルは目を見開き、つぶやきました。
「えっ?」
「いや、何でもない。それより、この間は本当に、ありがとう。それに、今日もまた、そんなに美味しそうなブドウを持って来てくれて……。ウチでも、つまらないものだけど、実はシチューを作ってあるんだ」
カベルは、ゆっくりとベッドから起き上がりました。
「お父さん……起き上がれるようになったの?」
リクルが目を丸くします。
「ああ。リッツェルさんのおかげだよ。美味しいごはんを食べた日から、すこぶる体調がいいんだ」
すると、リッツェルは優しく目を細めました。
「良かった……。でも、私なんて、何の役にも立ってませんよ。リクルくんが、『願いを叶える泉』でお祈りをしてくれたおかげです」
「願いを叶える泉?」
カベルが不思議な顔をすると、リッツェルは微笑みました。
「リクルくんが、お父さんの病気が早くよくなるように……泉でお願いしていたんです。きっと、そのおかげですよ」
「リッツェルも……祈ってくれたんだ。リッツェルのお母さんも病気で大変なのに……それなのに、お父さんの病気が良くなりますようにって」
リクルがそう言うと、カベルの瞳が涙でじわっとうるみました。
「リッツェル……何て、優しくていい娘に育ってくれたんだ。リクルも……。僕は、自分の娘と息子がこんなにいい子に育ってくれて、嬉しいよ……」
「えっ? 娘と息子って……」
「お父さん、どういうこと?」
カベルは、涙ながらに二人に説明を始めました。
*
カベルにはかつて、二人の子供……リッツェルとリクルがいました。二人のお母さんはリクルが生まれてすぐに亡くなってしまい、カベルがそれまでに貯めていたお金を頼りに、男手ひとつで育てていました。
貧しく大変な生活でしたが、カベルにとっては二人の子供に囲まれて暮らすのが、何より幸せでした。
そんなある日のこと。
この国にくる、つかの間の春……ポカポカとあたたかい光が射していた日に、カベルはリッツェルとリクルを連れてお花畑に行きました。
まだ小さかったリッツェルは元気にお花畑を走り回っていましたが、カベルはより幼いリクルの方に付きっきりになっていました。
ふと、カベルが気付いた時。それまで走り回っていたお花畑に、リッツェルの姿はなくなっていました。
「リッツェル! リッツェル!」
カベルは青ざめて必死にリッツェルを探しました。しかし、どうしてもリッツェルの姿を見つけることができませんでした。
その日以来、カベルはリッツェルのことを気に病みながらリクルと暮らしました。そして、身体の方も病に倒れてしまったのでした。
*
「う……うそよ。人違いだわ」
リッツェルは、信じられないお話にあわてました。
「いや、リッツェル。家に来てくれて、お前は私の子供だと確信したよ。お前の首筋にある、三つ並んだホクロ。それは、確かに私の子供のリッツェルの首筋にあったんだ」
「そ……そんな。じゃあ、お母さんは? 今まで私を育ててくれた、ルルお母さんは、誰なの?」
「ルル……ルルと言ったのか?」
カベルは、また驚いて目を見開きました。
「ルルは……僕の妹だよ。この世にはいないはずの」
「この世にはいないはずの……妹?」
カベルは、うなずきました。
「ルルは……僕の妹は、ある男と結婚したんだけど、子供を産めなかったんだ。そのことで、その男から毎日のように責められて、ある日……崖から身を投げたんだ」
「崖から身を投げた……」
リッツェルは驚きのあまり、口を押さえました。カベルは、うなずきます。
「身を投げたと思っていた。崖の前に靴だけがあって、ルルの姿は私達がどれだけ探しても見つからなかったんだ。それが、まさか……僕のリッツェルをさらって、育てていただなんて……」
「そ……そんな。うそよ。ルルお母さんは、私をさらってなんかない。何かの間違いよ!」
「あ……リッツェル! 待ってくれ!」
リッツェルは青ざめて、その家を飛び出しました。自分の家へ向かって走ります。
「うそよ。そんなの……」
カベルの口から聞いたお話が、あまりにショックで。
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リッツェルの頭は、その想いでいっぱいでした。
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