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禁忌の魔法
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翌日は、ドラゴンレースの晴天が嘘のようにどんよりと曇った日だった。
サラは前日から続く胸騒ぎを抑えながら、ずっとマキの席に目をやり、彼女が現れるのを今か今かと待ち続けていた。
しかし、始業の時間になっても彼女は現れず……代わりにその日の空のように顔を曇らせたスミル先生が教壇に立ち、深刻な面持ちで言葉を発した。
「マキさんが……亡くなりました」
その言葉がまるで波紋のようにその教室の中で騒つきを広げてゆき……だけれども、サラにはすぐにその言葉の意味を理解できなかった。
「昨日の学校からの帰り道、暴走したドラゴンから崖に転落したということです」
スミル先生は行き場のない悲しみを堪えて絞り出すように、小さな声で説明した。
「ウソよ……」
突然の悲報に騒つく教室で、サラは殊更に青ざめていた。
「マキちゃんが……あのマキちゃんが、シルバーから転落するだなんて」
だがしかし、スミル先生はギュッと眉を寄せた悲壮な面持ちで言葉を続けた。
「こんなにも悲しい出来事……私にも信じられません。マキさんのお葬式は今夜、マキさんの家で行われるということです」
教室の騒つきはおさまらない。
だけれども、サラの胸ではずっと同じ言葉が反芻していた。
(ウソよ、絶対に……。マキちゃんが死ぬ訳がない)
サラは胸の前でギュッと固く右手を握っていた。
マキの家で行われるというお葬式には、サラは出るつもりはなかった。
何故なら、マキは絶対に生きている……そう、信じていたから。
同級生だけれど、まるで姉のように慕っていたマキ。何でもできて、シルバーに乗ってのドラゴンライドは殊更に誰にも負けないくらいに速くて。サラもマキとシルバー……信頼し合ったそのコンビが大好きだった。だから、マキがシルバーに振り落とされるなんて、考えられない……頑なにそう考えていたのだ。
だから、その放課後。クラスメイト達は各々の移動手段を使ってマキの家へ向かう中、サラは途方に暮れたように宛ても定めずに歩いていた。
時々、心ないクラスメイト達の声が聞こえた。
「でもさぁ、マキって優秀だからっていつでもツンとすましてて、好かなかったのよね」
「まぁ、自分の能力を過信し過ぎて調子に乗ったから、ざまぁ、って感じよね……」
そんな言葉が耳に入った途端……サラは燃えたぎるような瞳でそちらを睨みつけた。
「あんたら、最っ低! マキちゃんはあんたらなんかとは違って、すっごく優しくて頭も良くて……絶対に死んだりなんかしないんだ! 私……あんたらを絶対に許さない!」
その憎悪に満ちた瞳からは殺意すらも感じられて、今にも掴みかかりそうな勢いで。いつもの落ちこぼれ魔女とは正反対ともいえるその激しさに怯んだクラスメイト達は、一目散にホーキにまたがり逃げ出した。
サラは彼女達を追おうとしたが……
「あ……私、ホーキングも出来ないんだ」
彼女は自分のあまりの未熟さに茫然と立ち尽くした。
「マキちゃん、お願い。戻って来てよぅ。私、一人じゃ何も出来ないんだよぅ……」
サラは手で顔を覆って、その場でずっと泣き続けたのだった。
サラの想いも虚しく、マキは戻って来ることはなかった。
登校する時にはいつも何処か、サラは期待していた。きっとあの日のように、マキは窓際の彼女の席に座って、にっこりと私に微笑みかけてくれる……。
しかし、実際にはマキのだった机の上にお花をいけた花瓶が置かれているだけで。彼女が来ることはなかったのだ。
「……ただいま」
今日もサラは塞いだ顔のまま、帰宅した。マキに会えなくなったあの日から、彼女の顔はずっと曇っているのだ。
「おかえり!」
そんなサラを、母親のリラは努めて明るく迎える。
「今日はサラの好きなクリームシチューよ」
「……食欲ない」
「いや、食欲なくても食べないと……。それとホラ。あんた宛に手紙、来てるよ」
サラは無言でリラから手紙を受け取って、自分の部屋に閉じこもった。
リラはそんな娘を見て、溜息を吐いた。
「全く……あんたの中では、マキちゃんが亡くなった日から時が止まってるんだね。せめてお葬式にでも行ってちゃんとお別れしてあげてたら、現実を受け入れられただろうに……天国のマキちゃんも、あんたがそんなんじゃあ可哀想だよ」
部屋に閉じこもったサラに聞こえるくらいの声で言ったけれど、部屋からは何の反応もなくて。リラはもう一度、大きな溜息を吐いて食卓の用意を始めたのだった。
「絶対にお別れなんかしない……しないんだもん」
サラは部屋のベッドに顔を押し付けた。
ギュッと瞑った瞼からは熱いものが滲み出して、ひたすらに布団を湿らせる。こうするのも、もう何度目になるだろう……涙はどれだけ流れ出ても渇れることはないんだという無駄な知識がサラの中で増えていた。
今日もひとしきりの涙を流して……サラは自分の右手が、一本の手紙を握り締めているのに気がついた。
「あれ? これ……」
思い出した。そういえば、自分宛てに手紙がきてたんだ。
気になったサラは勉強机の上にその手紙を開いた。そして……驚きのあまり、目を見開いた。
『Magic Which Turn Back Time
時間を巻き戻す魔法
』というタイトル……そしてその方法が、以下にツラツラと説明されていたのだ。
「嘘でしょ……これ、本物なの?」
サラは信じられなかった。
それもその筈。それは禁忌の魔法で、方法を公表することは魔法の国でも禁止されていた。
その最大の理由は、その魔法を実行した時の影響力。かつて、ある魔女がそれを実行したことで歴史が大幅に変わってしまった。
そして、それはその世界の中でも最も難しい魔法の一つで……どれほど手練れの魔女でも滅多に成功できない。さらに、失敗した際にはその反動で、術者に大きな災いが降りかかるものだと聞いていたのだ。
だけれども……
「この魔法を使ったら……マキちゃんにまた会えるかも知れない」
サラの胸には、そんな一筋の希望の光が射し込んだ。
自分が落ちこぼれ魔女だとか、始めようとしている魔法が最も難しい魔法の一つだとか、失敗したらとんでもない災いが降りかかるものだとか……そんなことは、最早、サラには考えられなかった。
兎に角、早く魔法を実行してマキを生き返らせたい。その一心だった。
だから、サラはリラが食卓を整えて待っているリビングのドアの前を抜き足で素通りして。その差出人不明の手紙を持って、もうすっかりと暗くなった外へ走ったのだった。
翌日は、ドラゴンレースの晴天が嘘のようにどんよりと曇った日だった。
サラは前日から続く胸騒ぎを抑えながら、ずっとマキの席に目をやり、彼女が現れるのを今か今かと待ち続けていた。
しかし、始業の時間になっても彼女は現れず……代わりにその日の空のように顔を曇らせたスミル先生が教壇に立ち、深刻な面持ちで言葉を発した。
「マキさんが……亡くなりました」
その言葉がまるで波紋のようにその教室の中で騒つきを広げてゆき……だけれども、サラにはすぐにその言葉の意味を理解できなかった。
「昨日の学校からの帰り道、暴走したドラゴンから崖に転落したということです」
スミル先生は行き場のない悲しみを堪えて絞り出すように、小さな声で説明した。
「ウソよ……」
突然の悲報に騒つく教室で、サラは殊更に青ざめていた。
「マキちゃんが……あのマキちゃんが、シルバーから転落するだなんて」
だがしかし、スミル先生はギュッと眉を寄せた悲壮な面持ちで言葉を続けた。
「こんなにも悲しい出来事……私にも信じられません。マキさんのお葬式は今夜、マキさんの家で行われるということです」
教室の騒つきはおさまらない。
だけれども、サラの胸ではずっと同じ言葉が反芻していた。
(ウソよ、絶対に……。マキちゃんが死ぬ訳がない)
サラは胸の前でギュッと固く右手を握っていた。
マキの家で行われるというお葬式には、サラは出るつもりはなかった。
何故なら、マキは絶対に生きている……そう、信じていたから。
同級生だけれど、まるで姉のように慕っていたマキ。何でもできて、シルバーに乗ってのドラゴンライドは殊更に誰にも負けないくらいに速くて。サラもマキとシルバー……信頼し合ったそのコンビが大好きだった。だから、マキがシルバーに振り落とされるなんて、考えられない……頑なにそう考えていたのだ。
だから、その放課後。クラスメイト達は各々の移動手段を使ってマキの家へ向かう中、サラは途方に暮れたように宛ても定めずに歩いていた。
時々、心ないクラスメイト達の声が聞こえた。
「でもさぁ、マキって優秀だからっていつでもツンとすましてて、好かなかったのよね」
「まぁ、自分の能力を過信し過ぎて調子に乗ったから、ざまぁ、って感じよね……」
そんな言葉が耳に入った途端……サラは燃えたぎるような瞳でそちらを睨みつけた。
「あんたら、最っ低! マキちゃんはあんたらなんかとは違って、すっごく優しくて頭も良くて……絶対に死んだりなんかしないんだ! 私……あんたらを絶対に許さない!」
その憎悪に満ちた瞳からは殺意すらも感じられて、今にも掴みかかりそうな勢いで。いつもの落ちこぼれ魔女とは正反対ともいえるその激しさに怯んだクラスメイト達は、一目散にホーキにまたがり逃げ出した。
サラは彼女達を追おうとしたが……
「あ……私、ホーキングも出来ないんだ」
彼女は自分のあまりの未熟さに茫然と立ち尽くした。
「マキちゃん、お願い。戻って来てよぅ。私、一人じゃ何も出来ないんだよぅ……」
サラは手で顔を覆って、その場でずっと泣き続けたのだった。
サラの想いも虚しく、マキは戻って来ることはなかった。
登校する時にはいつも何処か、サラは期待していた。きっとあの日のように、マキは窓際の彼女の席に座って、にっこりと私に微笑みかけてくれる……。
しかし、実際にはマキのだった机の上にお花をいけた花瓶が置かれているだけで。彼女が来ることはなかったのだ。
「……ただいま」
今日もサラは塞いだ顔のまま、帰宅した。マキに会えなくなったあの日から、彼女の顔はずっと曇っているのだ。
「おかえり!」
そんなサラを、母親のリラは努めて明るく迎える。
「今日はサラの好きなクリームシチューよ」
「……食欲ない」
「いや、食欲なくても食べないと……。それとホラ。あんた宛に手紙、来てるよ」
サラは無言でリラから手紙を受け取って、自分の部屋に閉じこもった。
リラはそんな娘を見て、溜息を吐いた。
「全く……あんたの中では、マキちゃんが亡くなった日から時が止まってるんだね。せめてお葬式にでも行ってちゃんとお別れしてあげてたら、現実を受け入れられただろうに……天国のマキちゃんも、あんたがそんなんじゃあ可哀想だよ」
部屋に閉じこもったサラに聞こえるくらいの声で言ったけれど、部屋からは何の反応もなくて。リラはもう一度、大きな溜息を吐いて食卓の用意を始めたのだった。
「絶対にお別れなんかしない……しないんだもん」
サラは部屋のベッドに顔を押し付けた。
ギュッと瞑った瞼からは熱いものが滲み出して、ひたすらに布団を湿らせる。こうするのも、もう何度目になるだろう……涙はどれだけ流れ出ても渇れることはないんだという無駄な知識がサラの中で増えていた。
今日もひとしきりの涙を流して……サラは自分の右手が、一本の手紙を握り締めているのに気がついた。
「あれ? これ……」
思い出した。そういえば、自分宛てに手紙がきてたんだ。
気になったサラは勉強机の上にその手紙を開いた。そして……驚きのあまり、目を見開いた。
『Magic Which Turn Back Time
時間を巻き戻す魔法
』というタイトル……そしてその方法が、以下にツラツラと説明されていたのだ。
「嘘でしょ……これ、本物なの?」
サラは信じられなかった。
それもその筈。それは禁忌の魔法で、方法を公表することは魔法の国でも禁止されていた。
その最大の理由は、その魔法を実行した時の影響力。かつて、ある魔女がそれを実行したことで歴史が大幅に変わってしまった。
そして、それはその世界の中でも最も難しい魔法の一つで……どれほど手練れの魔女でも滅多に成功できない。さらに、失敗した際にはその反動で、術者に大きな災いが降りかかるものだと聞いていたのだ。
だけれども……
「この魔法を使ったら……マキちゃんにまた会えるかも知れない」
サラの胸には、そんな一筋の希望の光が射し込んだ。
自分が落ちこぼれ魔女だとか、始めようとしている魔法が最も難しい魔法の一つだとか、失敗したらとんでもない災いが降りかかるものだとか……そんなことは、最早、サラには考えられなかった。
兎に角、早く魔法を実行してマキを生き返らせたい。その一心だった。
だから、サラはリラが食卓を整えて待っているリビングのドアの前を抜き足で素通りして。その差出人不明の手紙を持って、もうすっかりと暗くなった外へ走ったのだった。
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