洞窟姫と封印の指輪

いっき

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第四章 アシスの過去

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 アシスは、カヴァラ国の辺境、クライスという町で生まれた。
 青い髪に緑色の瞳、雪のように白い肌をした彼は、恐ろしい程の美貌の持ち主であった。彼を見た男は、性癖の如何に関わらず、誰もがその虜になる。
 どれほど美しい少女にもない妖艶さ、それを彼は有していた。
 しかし、彼は『望まれない子供』だった。
 母親は娼婦であり、誰との子供かも分からない彼に愛情をかける筈もなかった。常にアシスを邪魔者として扱い、彼の見る前で、他の男との快楽に酔いしれた。
 それでも、幼少のアシスは汚れを知らない少女のように純粋だった。
 ある時、母親の連れてきた男がアシスを見てニターっと笑った。部屋の片隅で小さく座るアシスは、その不穏な笑みにゾッと鳥肌が立つ。
 母親が寝付いた時、その男が邪悪な笑顔を向けながらアシスに近づいてきた。アシスはその恐怖にガクガクと震えながらも、逃れる術を知らない。

「可愛いねぇ。おじさんと、楽しいことをしようね」

 それからは、アシスにとっての地獄の始まりだった。
 無理矢理に奉仕させられ、その苦痛に最初は泣き叫んだ。すると、起き出した母親は……怒りに満ちた悪魔のような顔でアシスをぶった。

「お前、私の男をたぶらかしやがって! 三日間、食事は抜きよ!」

 耐えきれない空腹と恥辱を味わったアシスは、この時初めて心を氷の中へ封印することを覚えた。
 それからというもの、アシスは母親の金儲けの道具として扱われた。
 小さいドレスを着せられ……少女のような格好をさせられて、悪魔のような男に売られる。アシスが苦痛と恥辱に顔を歪め泣き叫ぶほどに、男達の加虐心は増していった。
 しかし母親は、アシスの味わう苦痛や恥辱と引き換えに金を得た。
 自分は娼婦から足を洗い、代わりにアシスを売ることで生活していくのに必要な以上の金をつくり、遊び回ったのだった。
 挙句には、母親は新しい男をつくり、アシスは用無しとなった。いよいよ厄介になったのである。
 そこで、とある金持ちに彼を売る代わりに莫大な大金を得たのであった。

 金持ちの家でも、アシスは奴隷としてそれまで以上の苦痛を味わった。
 ある時は屋敷の隅から隅まで掃除し磨くように言われた。アシスは一日中かけて屋敷をピカピカにした。しかし、主はわざと塵を落とした。
「ごぉぅら、アシス! 来い!」
 主の怒号が響いた。
「こんなに塵が落ちてるじゃないか。どうして言うとおり、ピカピカにしない?」
「え、いえ、そこは掃除しまし……」
「口答えするな!」
 主はぶった。アシスは衝撃を受けて転がった。主は彼を蹴り続けた。
「あーぁ、お父さん、またやってる。やり過ぎたら、死ぬよ、そいつ」
 アシスと同い年くらいだろうか。その家の子供は何一つ苦労もせずにぬくぬくと育てられ、彼を見て嘲笑う。
「ふん、ワシはこいつにあれほどの大金を払ったのだ。とことん、使わせてもらうからな」
 主は、咳込み倒れているアシスを見て、いやらしく笑った。
「それより、お父さん。お腹空いた」
「そうかい、可愛い、私のニコルよ。今から、食事にしような」
 そして、倒れるアシスを見て、またよからぬ事を思いつき、ニヤっと笑った。
「おいっ、アシス。お前も来るんだ」
「えっ、お父さん。そいつにもやるの?」
「何を言ってる? やるワケなどないじゃないか」
 主はアシスを椅子に縛り付けた。その前では、主の家族が温かい食事をしている。
 子羊の肉のステーキに、コーンスープ、色とりどりのフルーツ……。空腹のアシスはそれを与えられもせず、目の前で見せつけられたのだ。
 アシスは、ゴクリと唾を飲む。
「お父さん、こんなに沢山食べられないよぉ」
「そうかい、そうかい。残りは捨てような」
 耐えきれない空腹に苦しむアシスの目の前で豪華な食事が捨てられる。そんな地獄は三日三晩続いた。
 しかし、アシスにはどうすることもできない。心を限りなく冷たく凍らせ、封印することしかできなかったのだ。

 さらに、アシスの恐ろしい程の美貌も、状況をさらに悪くした。
 主は毎日のようにアシスにドレスを着せた。
「さぁ、アシス。今日も来なさい。お前はこの家の奴隷なんだから、命令は絶対だ。この家の、誰にも言うんじゃないぞ」
 主はアシスの手を引き、自分の寝床へ連れ込んだ。
 そして、毎晩のように彼を玩具として扱ったのだ。アシスが堪えようのない恥辱に泣き叫べば泣き叫ぶほど、悪魔のようにニタァと笑った。加虐心は増していって留まるところを知らなかった。
 そんな虐めにあえばあうほど、恥辱を受ければ受けるほど、アシスの心はより固く冷たく……氷のように凍てついていった。

 そんなある晩のこと。主は青いドレスを着せたアシスをベッドに押し倒し、腕に蝋燭の炎を近づけた。
「やめて! 離して!」
 アシスが抵抗すればするほど、苦痛に顔を歪めれば歪めるほど、主は変な興奮を覚えた。悪魔のような笑みを満面に浮かべ、アシスを焼こうとする。
 熱い、嫌だ!
 助けて!
 でも、アシスは分かっていた。
 いつもと同じだ。誰も自分を助けてはくれない。今日もまた、心を凍りつかせて痛みを麻痺させる他はないのだ。
 アシスはいつものように無表情になり、心を氷の中に封印した。
 自分は『人形』だ。泣くことも、叫ぶことも許されない。
 ただ、玩具になる……主の『人形』になるしかないのだ。
 主は、嬉々として蝋燭の炎をアシスの右手に押し付けた。

 しかし、次の瞬間!
「なにぃ!?」
 主は、仰天した。アシスの右手に触れた瞬間、蝋燭の炎はアシスを焼くどころか、蝋燭もろとも凍りついたのだ。
「お前、何をした!?」 

 アシスも、驚いた。
 またいつものように痛い……熱い思いをするものだと思っていた。それなのに、気がついたら……凍ってる?
 アシスの右の手の平には……生まれつき持っていた、氷の結晶の形をした痣が青白く光っていた。
 だが、不思議に思う間もなく主が掴みかかってきた。アシスは抵抗し、主の腕を掴む!
「ぎゃああ!」
 またも驚いた。アシスが掴んだ瞬間、主の腕は凍りついたのだ。
 凍る……自分の触ったものは全部。
 これは、もしかして神が自分に与えたもうた力?
 今まで自分を加虐的な、悪魔のような笑みを浮かべて見ていた主は、凍った腕の痛みに顔を歪ませ、目に恐怖の色を浮かべながら自分を見ていた。

 形勢は逆転した。
 アシスはそう思った。
 今まで自分を虐め続けていた人間が、自分の圧倒的な力に恐怖している。背中がぞくっと冷たくなるような快感に溺れた。
 主に少しずつ歩み寄る。
「や、やめてくれぇ!」
 涙ながらに懇願する主を、アシスはじわじわと、少しずつ凍らせていった。
 凍らせる度ごとに、主が泣き叫ぶごとに、アシスは強者としての快感の海に飲み込まれていった。今までの虐待や恥辱を思い出させるように、アシスは時間をかけてゆっくりと主の全身を凍らせた。

「何の騒ぎ?」
 主の家族……妻子が来て、凍った主を見て青ざめた。
「お前……何てことを!?」
 しかし、アシスにはもう、怖いものなど何もなかった。主のそれよりも深く冷たく……悲しい笑みを浮かべて家族へ手を伸ばす。
「や……やめて!」
「やめろぉ……ギャアア!」
 アシスは、主家族を残らず氷漬けにした。

 それからのアシスは、人を凍らせる『魔物』と化した。人間そのものに対して、凍りつくほどの恨みを抱いていたのだ。

 まずは母親とその男を凍らせた。
 アシスには、そのことに悲しみも罪悪感も感じなかった。母親が凍りつき、苦痛に顔を歪め助けを懇願する度に……冷んやりとした快感に溺れた。
 さらに、クライスに住む人間全てを凍らせ、町全体をも氷漬けにしたのだった。

 町全体を氷漬けにした日。
 右手の平に青白い光を灯したアシスは、無表情で氷の中に佇んでいた。そんな彼のもとへ、邪悪な笑みを浮かべるリザリア王妃が来た。
「ねぇ、その力でこの世を支配しない?」
 自分がこの世を支配……考えたこともなかった。
 しかし、自分の力は絶大だ。神が与えたもうたこの力をもってすれば或いは、それも叶うかも知れない。
-恨み多きこの世を破壊し、自分が神になる……。
 アシスもまた、邪悪な笑みを浮かべたのだった。
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