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1-いち-
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◆
キッチンからは、れいの作る肉じゃがのとっても香ばしい匂いが漂っていた。
観覧車から降りると丁度良い時間になっていて、「晩御飯……何にしようか?」と彼女が尋ねてきて。外食にしても良かったのだけれど、今朝、れいの作ってくれた朝食がとても美味しくて、それに何だか、懐かしい味がして……僕は思わず、玲奈の得意だった料理をリクエストしてしまったんだ。
分かっている。今、キッチンに立っているこの女性は人型で、僕の愛しくて堪らない玲奈ではない。
だけれども、どうしてだろう。
さっきの観覧車の中……れいの反応を不安に思った僕に、彼女は玲奈と全く同じ答えを返してくれたんだ。
『楽しくって、幸せで仕方がない』……そう。初デートの時、玲奈が僕に言ってくれたのと寸分違わぬ言葉だった。
不思議だ。玲奈は人間で、れいは人型。それに、玲奈とれいは見た目も性格も、正反対のはずだ。
それなのに、どうしてれいは、こんなにも玲奈と重なってしまうんだろう……。
「お待たせ!」
れいが僕の前にホカホカの肉じゃがを運んでくると、やっぱりとても懐かしい感じがした。それは、この香り……甘くて優しい香りが玲奈の作ったものを思い出させたし、それに。
「絹さや……」
そう。肉じゃがには、かつて玲奈が僕に作ってくれたのと同じように、緑色の絹さやが鮮やかに彩られていたのだった。
「へへっ、教えられたのは飾りなんてしなかったんだけど。何だか、この方が彩り的に綺麗かなって」
れいはチラッと舌を見せて……だけれども、そんな仕草も僕にはあの女性にしか見えなかった。
「玲奈……」
「えっ?」
「会いたかった……会いたかった。ずっと……」
「ちょ、ちょっと……」
僕は自分の内なる衝動に抗うことができなくて。立ち上がり、戸惑う彼女の手首を掴んでぎゅっと強く抱きしめた。
「玲奈……愛してる。もう離さない。絶対に……」
「んっ……」
無理矢理に唇を奪った僕に彼女は少しだけ抵抗したけれど……すっと目を瞑って、僕にその身を任せてくれた。
「ねぇ、いち。お願い」
唇を離して……瞳を潤ませた彼女の口から出る言葉に、僕は我に返った。
「ちゃんと、私の名前を呼んで……」
そうだ、この娘はれい。どんなに玲奈と重なっても、同じことをしていても……玲奈ではないんだ。
「ご……ごめん、れい。僕……」
すると彼女は潤んだ瞳の目を少し細めた。
「続きは……お風呂の後だね」
「えっ……」
「だって。私、せっかく作ったのに冷めちゃうじゃない」
「あ……そうだな、ごめん。せっかく、美味いの作ってくれたのに」
「大丈夫! あぁ、いい匂い。我ながら、食べるのすごく楽しみ!」
れいはにっこりと白い歯を見せて、僕の向かいに座った。
『玲奈』……僕の口からその名前が漏れても、れいは決して深く尋ねることはない。僕は彼女の、そんな何気ない優しさが愛しくて……だけれども、つい彼女を通して玲奈を見てしまう自分が申し訳なくって。堪らない気持ちになったのだ。
*
「いち。私、初めてだから……優しくして」
ベッドのれいは、まるで少女のようにあどけない微笑みを浮かべていて、透き通った水のように純粋で……触れるのさえ躊躇われた。
だけれども、悶々とした本能に抗うことができず……僕は自らの指で彼女の敏感な部分をなぞった。
「あっ……」
れいの体がビクンと微かに動いて、そんな彼女が堪らず愛しくて。僕は今度こそ間違えずに、彼女の名前をよんだ。
「れい……愛してる」
「私も、愛してる。いち……」
僕の中からは玲奈が消えてなくなることはない。だけれども、僕は……目の前にいる、何処か玲奈と重なる彼女を出会ってすぐに愛してしまった。
もう決して人を愛することはないと思っていた僕は、その日……れいと激しく深く、愛し合ったのだった。
キッチンからは、れいの作る肉じゃがのとっても香ばしい匂いが漂っていた。
観覧車から降りると丁度良い時間になっていて、「晩御飯……何にしようか?」と彼女が尋ねてきて。外食にしても良かったのだけれど、今朝、れいの作ってくれた朝食がとても美味しくて、それに何だか、懐かしい味がして……僕は思わず、玲奈の得意だった料理をリクエストしてしまったんだ。
分かっている。今、キッチンに立っているこの女性は人型で、僕の愛しくて堪らない玲奈ではない。
だけれども、どうしてだろう。
さっきの観覧車の中……れいの反応を不安に思った僕に、彼女は玲奈と全く同じ答えを返してくれたんだ。
『楽しくって、幸せで仕方がない』……そう。初デートの時、玲奈が僕に言ってくれたのと寸分違わぬ言葉だった。
不思議だ。玲奈は人間で、れいは人型。それに、玲奈とれいは見た目も性格も、正反対のはずだ。
それなのに、どうしてれいは、こんなにも玲奈と重なってしまうんだろう……。
「お待たせ!」
れいが僕の前にホカホカの肉じゃがを運んでくると、やっぱりとても懐かしい感じがした。それは、この香り……甘くて優しい香りが玲奈の作ったものを思い出させたし、それに。
「絹さや……」
そう。肉じゃがには、かつて玲奈が僕に作ってくれたのと同じように、緑色の絹さやが鮮やかに彩られていたのだった。
「へへっ、教えられたのは飾りなんてしなかったんだけど。何だか、この方が彩り的に綺麗かなって」
れいはチラッと舌を見せて……だけれども、そんな仕草も僕にはあの女性にしか見えなかった。
「玲奈……」
「えっ?」
「会いたかった……会いたかった。ずっと……」
「ちょ、ちょっと……」
僕は自分の内なる衝動に抗うことができなくて。立ち上がり、戸惑う彼女の手首を掴んでぎゅっと強く抱きしめた。
「玲奈……愛してる。もう離さない。絶対に……」
「んっ……」
無理矢理に唇を奪った僕に彼女は少しだけ抵抗したけれど……すっと目を瞑って、僕にその身を任せてくれた。
「ねぇ、いち。お願い」
唇を離して……瞳を潤ませた彼女の口から出る言葉に、僕は我に返った。
「ちゃんと、私の名前を呼んで……」
そうだ、この娘はれい。どんなに玲奈と重なっても、同じことをしていても……玲奈ではないんだ。
「ご……ごめん、れい。僕……」
すると彼女は潤んだ瞳の目を少し細めた。
「続きは……お風呂の後だね」
「えっ……」
「だって。私、せっかく作ったのに冷めちゃうじゃない」
「あ……そうだな、ごめん。せっかく、美味いの作ってくれたのに」
「大丈夫! あぁ、いい匂い。我ながら、食べるのすごく楽しみ!」
れいはにっこりと白い歯を見せて、僕の向かいに座った。
『玲奈』……僕の口からその名前が漏れても、れいは決して深く尋ねることはない。僕は彼女の、そんな何気ない優しさが愛しくて……だけれども、つい彼女を通して玲奈を見てしまう自分が申し訳なくって。堪らない気持ちになったのだ。
*
「いち。私、初めてだから……優しくして」
ベッドのれいは、まるで少女のようにあどけない微笑みを浮かべていて、透き通った水のように純粋で……触れるのさえ躊躇われた。
だけれども、悶々とした本能に抗うことができず……僕は自らの指で彼女の敏感な部分をなぞった。
「あっ……」
れいの体がビクンと微かに動いて、そんな彼女が堪らず愛しくて。僕は今度こそ間違えずに、彼女の名前をよんだ。
「れい……愛してる」
「私も、愛してる。いち……」
僕の中からは玲奈が消えてなくなることはない。だけれども、僕は……目の前にいる、何処か玲奈と重なる彼女を出会ってすぐに愛してしまった。
もう決して人を愛することはないと思っていた僕は、その日……れいと激しく深く、愛し合ったのだった。
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