1と0のあいだに

いっき

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1-いち-

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 春の陽が射し込んでくるかのように、僕の全身はポカポカと温かくなった。
 どうしたんだろう……さっきまで、まるで氷河の底に沈んでいるかのように、全身が硬く冷たく、重くって。もう二度と、この体が熱を持つことなんてないと思っていたのに。だけれど、この体はまるで、僕の愛しくてたまらない者に守られているかのように軽く温かく、柔らかくなって。

 僕がそっと、この瞼を開けると眩い光が差し込んで……。
「れい……?」
 口から自然に漏れた言葉を聞いて、僕の顔を覗き込んでいたその看護師はほっと安堵の表情を浮かべた。
「良かった……近藤さん、目を覚ましました。先生を呼びますから。お待ち下さいね」
「え、ちょっと待って……」
「れいは?」と僕が尋ねるより前に、その看護師は病室を出て医務室へと走り去った。


「良かった……意識もはっきりとおありのようで。回復は順調ですね」
 僕の様子に、医師も安堵の表情を浮かべた。
「はい。でも……それよりも。れいは?」
 すると、医師はふっと切なそうに微笑んだ。
「退院したらすぐに会えますから。壱さんは何も心配なさらず、治療にだけ専念されて下さい」
 医師のその表情はまるで何かを隠しているようで、もどかしくなった。だけれども、僕の容態が安定するまでは決して教えてはくれなさそうで。
 僕はそのもどかしい想いを必死で飲み込んだのだのだった。


 僕が全てを知ったのは……退院する三日前のことだった。それは、僕のお見舞いに訪れた母親の口から聞かされた。
「うそだ!れいが、れいがそんな……!」
 僕は叫んだ。まるで半狂乱になったかのように、この声がかれるまで、叫び続けた。
 信じられない……いや、信じたくなかった。れいが、僕の所為で命を落としただなんて。もう……この世にいないだなんて。
 嫌だ、嫌だ! 僕はまた、大切な……命よりも大切な女性を失ってしまった……

 ショックと自責の念で支配された僕の目からは涙が吹き出して、気が狂ったように取り乱して大声で喚き散らして。傍から見る僕は頭がおかしくなったように見えただろう。

「壱! 落ちついて。壱!」
 母親がそんな僕を必死で宥めた。だけれど僕は、母親のそんな声も耳に入らなくて……現実を受け入れることができず、取り乱し続けたのだった。


 医師と看護師の必死なカウンセリングがあって、漸く僕の心が少し落ち着いた時だった。
 母親がそっと僕の手を握って囁いた。
「壱が退院したら……今度こそは、『完全な』玲奈さんが来てくれるから」
「完全な……玲奈?」
 耳に入ったその言葉を不審に思い僕は聞き返した。
 すると、母親は屈んでそっと目を合わせて。発せられたのは、信じられない……まるで耳を疑うような現実だったのだ。
「あなたの元に出荷された『れい』は、私が研究所に頼んで……玲奈さんの細胞から造り出された人型。だけど、玲奈さんとはまるで別の『不完全な』人型だった。でも今では、さらに技術は進歩して、玲奈さんと全く『同じ』人型を造ることができるのよ」
 僕にはその意味がすぐには理解できなかったのだけれど、徐々にその言葉は妙な説得力を持って僕の中に収まった。
 れいは、玲奈の細胞から造り出された人型……だから、あんなにも玲奈と重なった。あんなにも、玲奈と同じ反応をして……出会ってすぐに、僕は恋に落ちたんだ。

 でも、それよりも何よりも。僕の中には沸々とした怒りが込み上げた。
 玲奈の細胞から人型を造り出したなんて、僕の愛する玲奈を侮辱された気がして……彼女と共に過ごした美しい想い出を侮辱された気がして。
 何てことをしたんだ! 心の中に込み上げるそんな想いと共に、僕は母親を睨んだ。

 だがしかし……僕の目には、頬のこけた母親の青白い顔が映った。
 そうだ。母もきっと……僕のことが心配で堪まらなかったんだ。物事の分別もつかなくなるほどに。
 だから僕は、こんなに取り乱してばかりいられない……。
 これほどまでに母親を心配させてしまった申し訳なさとともに、僕の心の中に湧き上がっていた怒りは徐々に治まっていった。

 その代わりに、僕の目には熱い涙が湧き上がってきた。
「心配かけてごめん、お母さん。でも……僕が大事なのは、そんな『作り物』なんかじゃない。『作り物』なんかじゃないんだ……」
 僕のそんな想いは嗚咽に混じり病室に響いて、行き場もなく消えていったのだった。
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