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0-れい-
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◇
その日は土砂降りの雨だった。
空から降ってくる無数のそれは激しくアスファルトにぶつかり、飛沫となって散ることを繰り返す。意志を持たずに消滅してゆくそれらに、何処か自らの運命を重ねてしまい、私はブルッと身震いをした。
私はこの停留所で待つ誰もと同じように服を着て、傘を差し、手首には腕時計もしている。だがしかし……誰もと決定的に違うところがある。
私はぼんやりと、腕時計の下の刻印を見つめた。そこには12桁のバーコードが刻まれている。
それが、私が人間ではない証だ。
私は人間ではない『人型』……とある青年の恋人係として出荷された。
青年の名前は「いち」。
奥さんを交通事故で亡くして、その後……また大切な女性を亡くして、今は恋人もなく一人暮らしをしているという。
私は青年のそんな情報を頭の中にアウトプットすると、なんとなく憂鬱になって「ふぅ……」と溜息を吐いた。
私は「人型」の中でも、所謂「使い古し」というものだ。三年間の使用期限が切れるか、若しくは何らかの事情によりその機能を失った人型は、研究所に回収されてもう一度生命を吹き込まれ、再利用される。その使用期限は新品の約半分……出荷されたところで、一緒に過ごせる時間もごく僅かだ。
(こんな私が訪れたところで、何の力になれるだろう?)
私の頭には、そんな疑問が浮かんでは行き場を失い、また意味のない溜息へとその姿を変えた。
「いち」の家は研究所最寄りの停留所からバスに乗って五駅目。山を裏手にしたアパートの三階だ。
私は自分を育てた研究員から渡された地図を頼りに、傘で雨を避けながらその部屋へ向かった。
アパートにたどり着いて階段を一段、また一段と登るたびに鼓動が少しずつ速くなってゆく。それは、新たな人間、新たな生活を迎えることへの期待と不安……そう、名付けられるのかも知れない。
「306号室」の扉にはネーミングプレートが貼られており、「近藤 壱」という名前……そして、「壱」の下にはホワイトの上からマジックでなぞられた「れい」という文字があった。
それを見て……私の胸はトクンと鳴った。
「れい」それは、私の名前。
だけれども、人間の中では多分、それほど珍しい名前ではなくて。
「いち」の奥さんか恋人か……恐らくは私と同じ名前の女性が過去にこの家に住んでいたのだろう。
そのことが分かった私は切なくなって……だけれども何故かほっとして、高鳴っていた鼓動は治まった。
私は扉の横のインターホンを押した。すると「ピンポーン」という音が響いて、ほどなくして単調な足音が真っ直ぐにこちらに向かってきた。
「はい」
ガチャッと扉が開いて……「いち」は顔をのぞかせた。
「えっ……」
いちの顔を一目見た時、私は不思議な感覚に捉われた。
何故だか分からない。だけれども、彼の顔が懐かしくって、切なくて……溢れ出る、何だか分からない想いが熱い涙となって、私の目から溢れ落ちたのだ。
そんな私を見たいちの目にもじんわりと涙が滲んで。
「れい……」
その手でそっと、私の頭を撫でてくれたのだ。
「どうして私の名前を?」
そう尋ねるのも、何だかおかしな気がする……そう思うほどに、いちが私の名を呼ぶのは自然なことに思えた。
すると、彼は潤んだ瞳を真っ直ぐに私に向けて……にっこりと白い歯を見せて微笑んだ。
「ごめん。昔……一緒に住んでいた娘が『れい』って名前で、つい……」
彼のそんな笑顔に私も落ち着いた。
「そう……ですか。私もれい。これからお世話になります」
「うん。どうぞ、上がって」
彼はそっと優しく、柔らかに私の手を引いてリビングまで連れて入ってくれた。
この感じ……懐かしくって堪まらなくなるこの感じ、何だろう?
私は自分の心に芽生えた……いや、元々あって、また芽を出したこの気持ちが何なのか分からなかった。
その日は土砂降りの雨だった。
空から降ってくる無数のそれは激しくアスファルトにぶつかり、飛沫となって散ることを繰り返す。意志を持たずに消滅してゆくそれらに、何処か自らの運命を重ねてしまい、私はブルッと身震いをした。
私はこの停留所で待つ誰もと同じように服を着て、傘を差し、手首には腕時計もしている。だがしかし……誰もと決定的に違うところがある。
私はぼんやりと、腕時計の下の刻印を見つめた。そこには12桁のバーコードが刻まれている。
それが、私が人間ではない証だ。
私は人間ではない『人型』……とある青年の恋人係として出荷された。
青年の名前は「いち」。
奥さんを交通事故で亡くして、その後……また大切な女性を亡くして、今は恋人もなく一人暮らしをしているという。
私は青年のそんな情報を頭の中にアウトプットすると、なんとなく憂鬱になって「ふぅ……」と溜息を吐いた。
私は「人型」の中でも、所謂「使い古し」というものだ。三年間の使用期限が切れるか、若しくは何らかの事情によりその機能を失った人型は、研究所に回収されてもう一度生命を吹き込まれ、再利用される。その使用期限は新品の約半分……出荷されたところで、一緒に過ごせる時間もごく僅かだ。
(こんな私が訪れたところで、何の力になれるだろう?)
私の頭には、そんな疑問が浮かんでは行き場を失い、また意味のない溜息へとその姿を変えた。
「いち」の家は研究所最寄りの停留所からバスに乗って五駅目。山を裏手にしたアパートの三階だ。
私は自分を育てた研究員から渡された地図を頼りに、傘で雨を避けながらその部屋へ向かった。
アパートにたどり着いて階段を一段、また一段と登るたびに鼓動が少しずつ速くなってゆく。それは、新たな人間、新たな生活を迎えることへの期待と不安……そう、名付けられるのかも知れない。
「306号室」の扉にはネーミングプレートが貼られており、「近藤 壱」という名前……そして、「壱」の下にはホワイトの上からマジックでなぞられた「れい」という文字があった。
それを見て……私の胸はトクンと鳴った。
「れい」それは、私の名前。
だけれども、人間の中では多分、それほど珍しい名前ではなくて。
「いち」の奥さんか恋人か……恐らくは私と同じ名前の女性が過去にこの家に住んでいたのだろう。
そのことが分かった私は切なくなって……だけれども何故かほっとして、高鳴っていた鼓動は治まった。
私は扉の横のインターホンを押した。すると「ピンポーン」という音が響いて、ほどなくして単調な足音が真っ直ぐにこちらに向かってきた。
「はい」
ガチャッと扉が開いて……「いち」は顔をのぞかせた。
「えっ……」
いちの顔を一目見た時、私は不思議な感覚に捉われた。
何故だか分からない。だけれども、彼の顔が懐かしくって、切なくて……溢れ出る、何だか分からない想いが熱い涙となって、私の目から溢れ落ちたのだ。
そんな私を見たいちの目にもじんわりと涙が滲んで。
「れい……」
その手でそっと、私の頭を撫でてくれたのだ。
「どうして私の名前を?」
そう尋ねるのも、何だかおかしな気がする……そう思うほどに、いちが私の名を呼ぶのは自然なことに思えた。
すると、彼は潤んだ瞳を真っ直ぐに私に向けて……にっこりと白い歯を見せて微笑んだ。
「ごめん。昔……一緒に住んでいた娘が『れい』って名前で、つい……」
彼のそんな笑顔に私も落ち着いた。
「そう……ですか。私もれい。これからお世話になります」
「うん。どうぞ、上がって」
彼はそっと優しく、柔らかに私の手を引いてリビングまで連れて入ってくれた。
この感じ……懐かしくって堪まらなくなるこの感じ、何だろう?
私は自分の心に芽生えた……いや、元々あって、また芽を出したこの気持ちが何なのか分からなかった。
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