11 / 16
0-れい-
しおりを挟む
◇
フカフカのベッドの上で目を覚まして、私はグーンと伸びをした。
このベッドは以前、誰かが使っていたのだろうか?
使っていたとしたら、いちの元妻か、元恋人か……私とは全く無関係な女性。そのはずなのに、このベッドは何故か私の体によく馴染んで、私のにおいが染み付いているような気がして……とても安心して、熟睡することができた。
どうしてだろう?
私……この家に昨日、初めて来たはずなのに、何だかずっとここに住んでいるような気がする。
それに、あの人……いちも。顔を見た瞬間に懐かしくて切なくて、堪らない気持ちになったし、彼の作ってくれたカレーピラフ……舌がとろけるほどに美味しいそれも、初めて食べた気がしなかった。
私は着替えを済ませてキッチンに立った。
不思議だ……キッチン用品の場所を、私の体が覚えている。フライパンが上から二番目の棚にあることも、ヘラが一番左の引き出しにあることも、塩こしょうの場所さえも。まるで、毎日このキッチンでお料理していたかのように……。
「おはよう」
目玉焼きを焼いている時、後ろからかけられた挨拶に振り返った。
視線の先では少し寝惚け眼のいちが目を擦っていて、そんな彼を見ると私の顔も自然と綻んだ。
「おはよう、いち。今日は早いのね」
それは、自分の口から自然に出た言葉。しかし、ほどなく私はその違和感に気がついた。
(今日は早い……?)
私、何を言っているんだろう? 彼と朝を迎えるのは、今日が初めてのはずなのに。
だけれども彼はその違和感に気付かぬ様子でテーブルの席に着いて。私は作り上がったものから順に、朝食をテーブルに運んだ。
「うわぁ……朝からごちそうだなぁ」
「まぁ。ごちそうだなんて、大袈裟ね。ごく普通、定番の朝食じゃない」
私達はごく自然に、まるで恋人同士のような会話をする。
だけれども……考えてみたら、それも不思議なことだ。人間同士でも、打ち解けてスムーズに会話ができるようになるのにはある程度の時間がかかるものだと聞いたことがある。ましてやこれまでほとんど人間と関わりのなかった自分が、これほどすぐに彼と自然な会話ができるなんて……彼と会話をしながらも、私の中では次第に謎が深まっていった。
「ねぇ、いち」
私は彼をじっと見つめた。
「私が人型だってことは……気にならない?」
そう……私の手首には、私が人間ではない証。『刻印』のバーコードが刻まれている。しかし彼は、一度もそれを目で追ったことはなかったのだ。
すると彼は少し目を丸くしてキョトンとして……だけれども、すぐにその目を細めた。
「忘れてた」
「えっ?」
「れいが人型だってこと。だって、僕……れいと一緒にいると、楽しくて。他の誰といる時よりも幸せなんだから」
それは、彼の飾らない本当の気持ち……そのことは、彼の優しくて温かい目を見ると、伝わってきた。
だから私は何だか、体の中がくすぐったくて、いたたまれなくて……そっと、彼から目を逸らした。だけれども私の胸の中では鼓動が高鳴って、体が熱くて堪らなくなっていたのだ。
いちはそんな私の手を握った。その手は大きく、温かくって柔らかで……私の心を優しく包んでくれるようだった。
「なぁ、れい」
彼は私をじっと見つめた。
「今日、遊園地に行かない?」
「えっ?」
「だって、今日……日曜日で仕事、休みだし」
いちも照れているかのように、少し目を逸らした。
でも私はそんな彼の提案が嬉しくって幸せで。だから飛びっきりの笑顔で言った。
「うん! 遊園地、行きたい!」
それは、恋人同士のデートのお決まりのコース。そのことは知っていた。
私は彼が遊園地に誘ってくれたことが嬉しくて……今日のこれからが、楽しみでならなかったのだ。
フカフカのベッドの上で目を覚まして、私はグーンと伸びをした。
このベッドは以前、誰かが使っていたのだろうか?
使っていたとしたら、いちの元妻か、元恋人か……私とは全く無関係な女性。そのはずなのに、このベッドは何故か私の体によく馴染んで、私のにおいが染み付いているような気がして……とても安心して、熟睡することができた。
どうしてだろう?
私……この家に昨日、初めて来たはずなのに、何だかずっとここに住んでいるような気がする。
それに、あの人……いちも。顔を見た瞬間に懐かしくて切なくて、堪らない気持ちになったし、彼の作ってくれたカレーピラフ……舌がとろけるほどに美味しいそれも、初めて食べた気がしなかった。
私は着替えを済ませてキッチンに立った。
不思議だ……キッチン用品の場所を、私の体が覚えている。フライパンが上から二番目の棚にあることも、ヘラが一番左の引き出しにあることも、塩こしょうの場所さえも。まるで、毎日このキッチンでお料理していたかのように……。
「おはよう」
目玉焼きを焼いている時、後ろからかけられた挨拶に振り返った。
視線の先では少し寝惚け眼のいちが目を擦っていて、そんな彼を見ると私の顔も自然と綻んだ。
「おはよう、いち。今日は早いのね」
それは、自分の口から自然に出た言葉。しかし、ほどなく私はその違和感に気がついた。
(今日は早い……?)
私、何を言っているんだろう? 彼と朝を迎えるのは、今日が初めてのはずなのに。
だけれども彼はその違和感に気付かぬ様子でテーブルの席に着いて。私は作り上がったものから順に、朝食をテーブルに運んだ。
「うわぁ……朝からごちそうだなぁ」
「まぁ。ごちそうだなんて、大袈裟ね。ごく普通、定番の朝食じゃない」
私達はごく自然に、まるで恋人同士のような会話をする。
だけれども……考えてみたら、それも不思議なことだ。人間同士でも、打ち解けてスムーズに会話ができるようになるのにはある程度の時間がかかるものだと聞いたことがある。ましてやこれまでほとんど人間と関わりのなかった自分が、これほどすぐに彼と自然な会話ができるなんて……彼と会話をしながらも、私の中では次第に謎が深まっていった。
「ねぇ、いち」
私は彼をじっと見つめた。
「私が人型だってことは……気にならない?」
そう……私の手首には、私が人間ではない証。『刻印』のバーコードが刻まれている。しかし彼は、一度もそれを目で追ったことはなかったのだ。
すると彼は少し目を丸くしてキョトンとして……だけれども、すぐにその目を細めた。
「忘れてた」
「えっ?」
「れいが人型だってこと。だって、僕……れいと一緒にいると、楽しくて。他の誰といる時よりも幸せなんだから」
それは、彼の飾らない本当の気持ち……そのことは、彼の優しくて温かい目を見ると、伝わってきた。
だから私は何だか、体の中がくすぐったくて、いたたまれなくて……そっと、彼から目を逸らした。だけれども私の胸の中では鼓動が高鳴って、体が熱くて堪らなくなっていたのだ。
いちはそんな私の手を握った。その手は大きく、温かくって柔らかで……私の心を優しく包んでくれるようだった。
「なぁ、れい」
彼は私をじっと見つめた。
「今日、遊園地に行かない?」
「えっ?」
「だって、今日……日曜日で仕事、休みだし」
いちも照れているかのように、少し目を逸らした。
でも私はそんな彼の提案が嬉しくって幸せで。だから飛びっきりの笑顔で言った。
「うん! 遊園地、行きたい!」
それは、恋人同士のデートのお決まりのコース。そのことは知っていた。
私は彼が遊園地に誘ってくれたことが嬉しくて……今日のこれからが、楽しみでならなかったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる