1と0のあいだに

いっき

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0-れい-

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「海に行きたい!」
 私がそうねだった時、彼の顔は一瞬、強張ったような気がした。
 それは無理もないことかも知れなかった。だって、彼にとっては海での最後の思い出は恐ろしくって悲しいものだったから。
 でも、だからこそ……私は彼と一緒に海へ行って、そんな思い出を塗り替えてあげたかった。だって、写真の中の彼はとろけるような笑顔をしていて……とっても幸せそうだったから。
 それに、今の私は彼のあんなにも幸せそうな笑顔を見たことがない。そんな、以前の自分にまるで嫉妬するような、奇妙な感情もあったのだ。

 そして今日はとっておきの……私にとって幸せで堪らない報告も彼にしようって決めていたんだ。


「ねぇ、いち。早く、早く!」
「はい、はい」
「はい、は一回でいい!」
 彼とのこんなやりとりもすっかり馴染んできた。そんな些細なことでも楽しくって、幸せで。私はできることなら、いつまでも彼と過ごしたかった。

 だけれども……タイムリミットがきて回収されても、私はずっといちのそばにいる。私が今日、いちにしようと思っている報告は、そのことを彼に伝えることでもあるんだ。


「すっごい、綺麗……」
 青々とした空の下。どこまでも広がる青い海を見て、私の口からは自然に出た。
 だけれども、それは初めて見るものではなくて、何処か懐かしくって。それはきっと、昔、ここに来たからだろうな。そう思った。

「れいも。すっごく綺麗だよ。あの海よりも、ずっと」
「やだもう。お世辞はやめてよ」
 そんな、恋人同士の戯れ合いをしていた時だった。
「あ……お兄ちゃん!」
 その声に、私といちは振り返って……見覚えのあるその顔に驚いて、私達は見つめ合った。
 それは、小さな……だけれども、あの時よりは少し大きく、小学生くらいになった女の子。あの日、海で溺れていて、いちが救った女の子だったのだ。
「お兄ちゃん……あの時は、ありがとう。すっごく、かっこ良かった」
 女の子はキラキラと輝く笑顔を浮かべて。そんな彼女に微笑みながら、いちはそっと屈んだ。
「どういたしまして。元気で……また会えて僕も嬉しいよ」
 それはとっても微笑ましくって、私の顔も自然に綻んだ。
 すると、その女の子は私をじっと見つめた。
「ねぇ、お兄ちゃん。このお姉さん、お兄ちゃんの彼女?」
「えっ……」
 彼女……本当に今更だけれど、その響きがむず痒くって、私の顔はかぁっと熱くなった。いちはそんな私を見ながら、ニッと白い歯を見せた。
「そうだよ。この人は僕の……好きで好きで堪らない彼女」
「そっか……綺麗な人」
 照れくさくて仕方がない私を、女の子は真っ直ぐに見つめて……そして、今度はいちの方を真っ直ぐに見た。
「ねぇ、お兄ちゃん。私、将来……このお姉さんみたいになって、お兄ちゃんみたいな人と結婚するね!」
「えっ……」
 その言葉にいちも赤くなって……そんな私達に手を振って、彼女は家族の元へ走って行った。


「良かったわね、いち。すっごくいい子じゃん」
 私がそっと囁くと、いちも頬を桃にして微笑んだ。
「あぁ。ツラいこともあったけど、でも……元気なあの子にまた会えて、良かったよ」
 そんな彼に私もにっこりと微笑んで……そして、少し悪戯っぽく言った。
「私のお腹にいるこの子も……あんな元気な子になるかなぁ」
「えっ……」
 いちは、私の言葉がすぐには飲み込めなかったみたいだけれど……すぐに目を見開いた。
「えぇっ!? れい、まさか……」
「えぇ。私のお腹には、あなたとの子がいるのよ」
 私が伝えると彼は……その驚きの顔を、みるみるうちに歓喜の笑顔に変えた。
「本当に……信じられない。信じられないくらい、嬉しい……」
 彼の瞳は涙で潤んで、そして……思いついたかのように、私の手を握った。
「れい! 式を挙げよう」
「えっ……」
「結婚式だよ、結婚式。早くしないと、お腹が大きくなってドレス着れなくなるよ」
「えっ、でも……いいの?」
 私は思わず、自分の手首……それに刻まれた『刻印』を見つめた。だけれども、いちは手でそれを隠して。真っ直ぐに私を見つめてくれた。
「れいが、いいんだ。れいじゃなきゃ、だめなんだよ」
 いちのその言葉は私の胸の奥に染み込んで……それは、私の目に込み上げる熱い涙へとその姿を変えた。

「ありがとう、いち……嬉しい。私、嬉しくて堪らない……」
 透き通るように青かった空を夕焼けがオレンジ色に染めてゆく海辺で、私は彼の胸に顔を押し付けて。込み上げる幸せな想いでその温かな胸を濡らしたのだった。
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