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さゆちゃんの電話
さゆちゃんの電話
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さゆちゃんが生まれてくるより前のことです。マンションの部屋の台の上に、その電話はありました。わっかの形をしたダイヤルを回してかける、黒い電話。さゆちゃんのママがお嫁さんになる時に持って来た、お気に入りの電話。
その電話は、ずっと使われているうちに、心を持つようになっていました。そしていつも、さゆちゃんのパパとママが、よその家の人としゃべるお話を聞いていました。
その日。その電話がリンリンと鳴りひびきました。取られた受話器の向こうから、声が聞こえます。
「おめでとう! 元気な女の子よ。これからはパパね」
さゆちゃんのおばあちゃんの、とてもうれしそうな声が聞こえました。
(パパになれて、良かったね)
その電話は声は出せないけれど、心の中で優しく語りかけました。
お仕事から帰ったばかりのさゆちゃんのパパは、涙を流してよろこんだのでした。
病院から帰って来たさゆちゃんのママは、小さいさゆちゃんをだっこしていました。
「さゆちゃん。ここが、私たちのお家だよ」
ママは、にっこり笑ってさゆちゃんに言いました。
(はじめまして、さゆちゃん。これから、よろしくね)
その電話は、はじめて来たさゆちゃんにごあいさつをしました。ママにだっこされたさゆちゃんは、その電話を見て、にこにこと幸せそうに笑っていました。
「さゆちゃん、おばあちゃんだよぉ」
さゆちゃんが三歳になったお誕生日。受話器の向こうからおばあちゃんの優しい声が聞こえてきました。
「ばぁば、ばぁば」
お母さんが持つ受話器からその声を聞いたさゆちゃんは、キョロキョロしておばあちゃんを探しました。
(さゆちゃん、かわいい)
その電話は、ほのぼのとした気持ちになりました。
「さゆちゃん。おばあちゃんはね、この電話の向こうにいるんだよ」
お母さんがにこにこ笑って言うと、さゆちゃんは、ふしぎそうな顔をしました。
「さゆちゃん。今から、お家に行くからね」
受話器の向こうから、おばあちゃんの少し笑った声が聞こえてきました。
「ほぉら、さゆちゃん。お誕生日、おめでとう!」
おばあちゃんが来て大きな箱を開けると、さゆちゃんは目をかがやかせました。
「うわぁ、ケーキ~!」
箱には、大きな丸い、いちごのショートケーキが入っていたのです。
「さゆちゃん、三歳のお誕生日、おめでとう」
お父さんとお母さんは、にこにこ笑顔です。
「本当に、すくすくと大きくなっていくねぇ」
おばあちゃんは、元気に大きくなるさゆちゃんを見て、じんわりとしていました。
(さゆちゃん、三歳のお誕生日、おめでとう)
その電話も、少しお姉ちゃんに近づいたさゆちゃんに、そっとお祝いを言いました。
その日からさゆちゃんは、いつもその電話の前で座っておばあちゃんからの電話を待っているようになったのでした。
「うーん、うーん……」
さゆちゃんが五歳になった冬のある日のこと。さゆちゃんは、真っ赤になっておねんねしていました。ママが心配そうに熱をはかります。
「高い熱……」
そして、電話の受話器を取ってダイヤルを回しました。
「お医者さん。さゆが高い熱を出していて……すぐに、そちらの診療所へ連れて行っていいですか?」
すると、受話器の奥から、優しそうな男の人の心配そうな声が聞こえてきました。
「それは、大変だ。すぐに、お宅にうかがいます」
「でも、お医者さん。いそがしいのでは……」
ママがあわてて言いました。
「なぁに。この診療所では息子も医者をやっているんで、少しの間任せます。それに、こんなに寒い中さゆちゃんをお外に出してつれて来たら、もっとひどくなってしまいますよ」
受話器の向こうから、やわらかい声が聞こえてきました。
「お医者さん、ありがとうございます」
ママは、目に涙をにじませて言いました。
(お医者さん、ありがとう。さゆちゃん、あと少しだけ、がんばって!)
その電話は、心の中でさゆちゃんの熱がよくなることを祈りました。
「風邪をこじらせちゃったんだねぇ。さゆちゃん、このお薬を飲んでね」
お医者さんは、さゆちゃんののどを見て優しく言いました。さゆちゃんは、にがぁいお薬をがまんして飲みました。
「ゆっくり寝たら、すぐに良くなりますよ」
お医者さんは、にっこりと笑ってお母さんに言いました。
「お医者さん、ありがとうございました」
「いいえ。また何かあったら、お電話下さいね」
お医者さんは笑顔で診療所へもどって行きました。
その日の夕方。
「さーゆ、さーゆ、ねーんねんころりん♪」
ママがいつもの子守唄を歌ってあげて、さゆちゃんは気持ちよく眠っていました。
今日は心配して早く帰って来たパパも、気持ちよさそうに眠るさゆちゃんを見て、ホッと一安心です。
「あ、そうだ」
さゆちゃんの寝顔を見て安心したママは、あることを思い出しました。その電話の受話器を持ってダイヤルを回します。
「もしもし、お医者さん。さゆは熱も下がって、気持ちよさそうに眠っています」
「そっか。よかった、よかった」
電話の向こうから、ホッと安心した声が聞こえてきました。
「お医者さん。本当にありがとうございます」
「さゆちゃんが、がんばったからだよ。よかったね。安心、安心」
(さゆちゃん、がんばったね。よかった、よかった)
その電話も、ホッと安心しました。
小学一年生になったさゆちゃんは、毎日小学校に行くのが楽しそうです。小学校には楽しいお友達がたくさんいるのです。
今日も、家へ帰っておやつを食べたさゆちゃんは、その電話の受話器を持ってダイヤルを回しました。
「まいちゃん。今日も、お家に行くね!」
さゆちゃんは、ウキウキとして家を出て行きました。
(いいお友達ができてよかったね)
その電話は、心の中でにっこりと笑いました。
しかし、その夕方。
「まいちゃんなんて、嫌い!」
さゆちゃんは、プンプン怒って帰って来ました。
「どうしたの?」
ママが聞きました。
「私がお人形ハウスで遊んでいる間に、持って行ったシュークリーム、二つとも食べちゃうんだもん」
さゆちゃんは、ほっぺをプクッとふくらませました。すると、ママはちょっと笑ってさゆちゃんと目を合わせました。
「そっか。さゆちゃんの分も食べちゃったのね。でも、さゆちゃん。もしかして、お人形ハウスばっかりやってなかった?」
ママがそう言うと、さゆちゃんは少しうつむきました。
「さゆちゃんがお人形ハウスばっかりやっててさびしかったから、まいちゃんもさゆちゃんの分までおやつ食べちゃったんだと思うよ」
すると、さゆちゃんは涙をにじませた目を上げました。
「私……まいちゃんにお電話して、あやまる」
「そっか」
ママは、にっこりと笑いました。
「まいちゃん……怒ったりして、ごめんね」
さゆちゃんは、受話器ごしにまいちゃんにあやまりました。
「ううん。私も、本当はさゆちゃんと一緒におやつ食べたかったのに……本当に、ごめんね」
まいちゃんも、もう怒ってなかったので、さゆちゃんはホッと安心しました。それに、やっぱりまいちゃんはさびしかったんだと分かってクスッと笑いました。
「まいちゃん。明日も、お家行っていい? いっぱいおしゃべりしよ!」
「うん、さゆちゃん。明日は、一緒におやつ食べようね」
二人は、受話器ごしに笑い合いました。
(さゆちゃん、仲直りできてよかったね)
その電話もホッと安心しました。
さゆちゃんが小学五年生になったある日のこと。家に白い電話がやってきました。白くておしゃれな電話。ダイヤルじゃなくて押しボタンのついた電話。パパがお仕事でボーナスをもらったから、新しく買ったみたいです。
(え、ぼくは……どうなるの?)
黒い電話は、すごく心配になりました。
「わぁあ、すご~い!」
さゆちゃんは、今でも仲良しのまいちゃんからかかってきた時に白い電話から鳴ったメロディを聞いて、目をかがやかせました。大好きな映画で流れていた音楽だったのです。
(白い電話は、あんなにきれいな音楽を鳴らすことができるんだ。ぼくは、リーンとしか鳴ることができないのに……)
黒い電話は、きれいな音楽を鳴らせないことがくやしくなりました。
それから何日か後。さゆちゃんもパパもママもおでかけして、いない時のことです。
「ただいま、留守にしております。ピーっという発信音の後に、お名前とご用件をお話しください。ピー」
(え、うそ!)
黒い電話は、びっくりしました。何と、白い電話がしゃべったのです。
(ぼくはしゃべれないけど、あの白い電話はしゃべれるんだ……)
黒い電話は、何でもできる白い電話がうらやましくなりました。そして……。
(シクシク、シクシク……)
黒い電話は悲しくなって、心の中で泣きつづけたのでした。
おでかけから帰ってきたさゆちゃん達は、真っ先に白い電話の所へかけ寄りました。
「あ、留守番電話、入ってる!」
さゆちゃん達は、さゆちゃんのお友達、パパの会社の人とかからのメッセージを笑顔で聞いていました。
(もう、ぼくはこのお家には、いらないんだ……)
黒い電話は悲しくてたまりませんでした。
次の日曜日。ついに、黒い電話は押し入れにしまわれることになりました。さゆちゃんは、少し気にして黒い電話を見ています。
(このお家にいるのは、あの白い電話みたいに何でもできる電話の方がいいんだ。本当は、ずっとさゆちゃん達のお話を聞いていたかったけど……しかたがないよね)
黒い電話は、心の中でそっとあきらめたのでした。
黒い電話が押し入れにしまわれた、ある秋の日のことです。お外は風がビュービュー、雨がザーザー降っていました。
ひどい嵐で、さゆちゃんの小学校もお休みでした。パパもママも、ずっと家で心配そうにテレビでニュースを見ています。
その夜のことでした。
「わぁ!」
さゆちゃん達は、びっくりしました。とつぜん、電気が消えたのです。パパとママは懐中電灯をつけてろうそくを見つけ、火をともしました。部屋はぼんやりと明るくなります。
「電話がつながらない」
パパが、まゆをひそめて心配そうな顔をしました。嵐で電気がこないので、白い電話はつかなくなっていたのです。
その時、さゆちゃんがハッとあることを思い出しました。
「押し入れの、黒い電話は?」
パパもハッとしました。
「あ、そうだ。黒い電話なら、つながるかも知れない」
パパは押し入れから黒い電話を出してきて、ダイヤルを回しました。
「もしもし……」
黒い電話なら、電気がこなくてもつながったのでした。
(また、みんなの役に立つことができてうれしい……)
黒い電話は心からよろこびました。
その日からその電話は、また前のように部屋の台の上でみんなのお話を聞くことができるようになったのでした。
さゆちゃんも、もう中学生。すっかり大きくなりました。塾へも行きはじめ、帰るのが遅くなる日もあります。
「ねぇ、ママ。携帯電話がほしい」
さゆちゃんは、ママにおねだりしました。
「そうね。塾で夜遅くなると、危ないし……」
(携帯電話……?)
その電話は、心の中でくり返しました。
(さゆちゃんが、はなれていってしまうかも知れない……)
携帯電話とはどんなものか知りませんでしたが、その電話は不安になりました。家に白い電話がきた時のことを思い出したのです。
「やったぁ、携帯電話だぁ」
かわいいピンク色の携帯電話を手にしたさゆちゃんは、とてもよろこんでいました。さゆちゃんが持つと同時に、パパもママも携帯電話を持つようになりました。
さゆちゃん達が携帯電話を持ったその日から、その電話が鳴ることは、どんどん少なくなってゆきました。
(さゆちゃん、パパ、ママ……さびしいよぉ)
その電話は、さゆちゃん達と受話器の向こうの知らないお友達とのお話を聞けることがどんどん少なくなりました。使われることなく、さゆちゃん達が携帯電話を使ってお友達と話したり、指で何かを打ち込んだりしているのを、たださびしく見つめていました。
そんなある日のことです。
今日もその電話は、台の上でみんなから忘れ去られたように、さびしくさゆちゃんを見つめていました。さゆちゃんは携帯電話を開いて指でピコピコと何かを打ち込んで、一人でお友達と遊んでいるみたいでした。
しかし、その時でした。
『リーン、リーン!』
何日……いや、何ヵ月かぶりに、その電話は鳴りひびきました。さゆちゃんは、少しおどろいた顔でその電話の受話器を取りました。
「さゆちゃん、おばあちゃんだよぉ」
受話器の向こうから、元気なおばあちゃんの声が聞こえました。
「おばあちゃん、久しぶり」
目を丸くしたさゆちゃんも、笑顔です。
「十四歳のお誕生日、おめでとう!」
「わぁ、おばあちゃん。ありがとう!」
「これから、ケーキを持って行くからね」
おばあちゃんの笑う顔が見えるようでした。
(さゆちゃん、もう十四歳なんだ。そんなに大っきくなったんだね。本当におめでとう)
久しぶりに使われたその電話は、ポカポカと温かい気持ちになりました。
「さゆちゃん。お誕生日、おめでとう!」
「わぁあ。おばあちゃん、ありがとう!」
さゆちゃんもその電話もお待ちかねのおばあちゃんがやって来ました。
おばあちゃんが大きな箱を開けると、今年も大きないちごのショートケーキが顔をのぞかせました。
「ハッピーバースデーツーユー、ハッピーバースデーツーユー、ハッピーバースデーディア、さゆちゃん♪ ハッピーバースデーツーユー♪」
さゆちゃんは、パパとママとおばあちゃんに囲まれて、小さい時と変わらず、幸せなお誕生日を過ごしたのでした。
夜、おばあちゃんが帰って、もう家に着いたくらいのころ。さゆちゃんは、何かを思い出したようにその電話の受話器を持ってダイヤルを回しました。
「もしもし、おばあちゃん」
「さゆちゃんかい?」
「今日は、本当にありがとう。おばあちゃんが毎年、お誕生日のお祝いをしてくれるの、すごくうれしい」
「おやおや。こちらこそ、お電話、ありがとう。大っきくなったさゆちゃんの声を聞くのが、おばあちゃん、すっごく楽しみなんだよ」
「それでね。さゆ、これからも、ずっとおばあちゃんにお電話するね!」
さゆちゃんがにっこり笑うと、受話器から幸せそうな笑い声が聞こえてきました。
(うれしい……これからも、ずっとさゆちゃんとおばあちゃんのお話を聞けるんだ)
携帯電話を使うようになっても変わらずに、その電話を使ってお話をしてくれるさゆちゃんとおばあちゃん。その電話は、うれしくてたまらなかったのでした。
それからどれほどの年月がたったでしょう。その電話が使われることは、さゆちゃんが小さい時とくらべると、とても少なくなりました。でも、さゆちゃんは覚えていました。
その電話でお話して、まいちゃんと仲直りできたこと。嵐の日にも、助けてくれたこと。そして、ずっとおばあちゃんとその電話でお話してきたこと。
だから、さゆちゃんは分かっています。
ほとんど使わなくなったその電話を使ってお話をすることは、とても温かくて、とても居心地がよくて、とても大事なことなのです。
今ではその電話は、ママになったさゆちゃんの新しい家の台の上にあります。さゆちゃん達のことをずっと見守っています。
『リーン、リーン』
久しぶりにその電話をとったさゆちゃんは、にっこりと笑いました。そして、かわいいかわいい みさちゃんに、受話器を向けました。
「みさちゃ~ん、ひぃおばあちゃんですよ~」
「ばぁば、ばぁば」
受話器から声が聞こえると、さゆちゃんの赤ちゃん、みさちゃんはキョロキョロと辺りを見回しました。さゆちゃんは、その様子を見てクスッと笑います。
(みさちゃん、さゆちゃんにそっくり)
その電話も、心の中でクスッと笑いました。
そして、これからもずっとさゆちゃんと一緒に暮らせて、みさちゃんのことを見守っていくことを、とてもうれしく思ったのでした。
その電話は、ずっと使われているうちに、心を持つようになっていました。そしていつも、さゆちゃんのパパとママが、よその家の人としゃべるお話を聞いていました。
その日。その電話がリンリンと鳴りひびきました。取られた受話器の向こうから、声が聞こえます。
「おめでとう! 元気な女の子よ。これからはパパね」
さゆちゃんのおばあちゃんの、とてもうれしそうな声が聞こえました。
(パパになれて、良かったね)
その電話は声は出せないけれど、心の中で優しく語りかけました。
お仕事から帰ったばかりのさゆちゃんのパパは、涙を流してよろこんだのでした。
病院から帰って来たさゆちゃんのママは、小さいさゆちゃんをだっこしていました。
「さゆちゃん。ここが、私たちのお家だよ」
ママは、にっこり笑ってさゆちゃんに言いました。
(はじめまして、さゆちゃん。これから、よろしくね)
その電話は、はじめて来たさゆちゃんにごあいさつをしました。ママにだっこされたさゆちゃんは、その電話を見て、にこにこと幸せそうに笑っていました。
「さゆちゃん、おばあちゃんだよぉ」
さゆちゃんが三歳になったお誕生日。受話器の向こうからおばあちゃんの優しい声が聞こえてきました。
「ばぁば、ばぁば」
お母さんが持つ受話器からその声を聞いたさゆちゃんは、キョロキョロしておばあちゃんを探しました。
(さゆちゃん、かわいい)
その電話は、ほのぼのとした気持ちになりました。
「さゆちゃん。おばあちゃんはね、この電話の向こうにいるんだよ」
お母さんがにこにこ笑って言うと、さゆちゃんは、ふしぎそうな顔をしました。
「さゆちゃん。今から、お家に行くからね」
受話器の向こうから、おばあちゃんの少し笑った声が聞こえてきました。
「ほぉら、さゆちゃん。お誕生日、おめでとう!」
おばあちゃんが来て大きな箱を開けると、さゆちゃんは目をかがやかせました。
「うわぁ、ケーキ~!」
箱には、大きな丸い、いちごのショートケーキが入っていたのです。
「さゆちゃん、三歳のお誕生日、おめでとう」
お父さんとお母さんは、にこにこ笑顔です。
「本当に、すくすくと大きくなっていくねぇ」
おばあちゃんは、元気に大きくなるさゆちゃんを見て、じんわりとしていました。
(さゆちゃん、三歳のお誕生日、おめでとう)
その電話も、少しお姉ちゃんに近づいたさゆちゃんに、そっとお祝いを言いました。
その日からさゆちゃんは、いつもその電話の前で座っておばあちゃんからの電話を待っているようになったのでした。
「うーん、うーん……」
さゆちゃんが五歳になった冬のある日のこと。さゆちゃんは、真っ赤になっておねんねしていました。ママが心配そうに熱をはかります。
「高い熱……」
そして、電話の受話器を取ってダイヤルを回しました。
「お医者さん。さゆが高い熱を出していて……すぐに、そちらの診療所へ連れて行っていいですか?」
すると、受話器の奥から、優しそうな男の人の心配そうな声が聞こえてきました。
「それは、大変だ。すぐに、お宅にうかがいます」
「でも、お医者さん。いそがしいのでは……」
ママがあわてて言いました。
「なぁに。この診療所では息子も医者をやっているんで、少しの間任せます。それに、こんなに寒い中さゆちゃんをお外に出してつれて来たら、もっとひどくなってしまいますよ」
受話器の向こうから、やわらかい声が聞こえてきました。
「お医者さん、ありがとうございます」
ママは、目に涙をにじませて言いました。
(お医者さん、ありがとう。さゆちゃん、あと少しだけ、がんばって!)
その電話は、心の中でさゆちゃんの熱がよくなることを祈りました。
「風邪をこじらせちゃったんだねぇ。さゆちゃん、このお薬を飲んでね」
お医者さんは、さゆちゃんののどを見て優しく言いました。さゆちゃんは、にがぁいお薬をがまんして飲みました。
「ゆっくり寝たら、すぐに良くなりますよ」
お医者さんは、にっこりと笑ってお母さんに言いました。
「お医者さん、ありがとうございました」
「いいえ。また何かあったら、お電話下さいね」
お医者さんは笑顔で診療所へもどって行きました。
その日の夕方。
「さーゆ、さーゆ、ねーんねんころりん♪」
ママがいつもの子守唄を歌ってあげて、さゆちゃんは気持ちよく眠っていました。
今日は心配して早く帰って来たパパも、気持ちよさそうに眠るさゆちゃんを見て、ホッと一安心です。
「あ、そうだ」
さゆちゃんの寝顔を見て安心したママは、あることを思い出しました。その電話の受話器を持ってダイヤルを回します。
「もしもし、お医者さん。さゆは熱も下がって、気持ちよさそうに眠っています」
「そっか。よかった、よかった」
電話の向こうから、ホッと安心した声が聞こえてきました。
「お医者さん。本当にありがとうございます」
「さゆちゃんが、がんばったからだよ。よかったね。安心、安心」
(さゆちゃん、がんばったね。よかった、よかった)
その電話も、ホッと安心しました。
小学一年生になったさゆちゃんは、毎日小学校に行くのが楽しそうです。小学校には楽しいお友達がたくさんいるのです。
今日も、家へ帰っておやつを食べたさゆちゃんは、その電話の受話器を持ってダイヤルを回しました。
「まいちゃん。今日も、お家に行くね!」
さゆちゃんは、ウキウキとして家を出て行きました。
(いいお友達ができてよかったね)
その電話は、心の中でにっこりと笑いました。
しかし、その夕方。
「まいちゃんなんて、嫌い!」
さゆちゃんは、プンプン怒って帰って来ました。
「どうしたの?」
ママが聞きました。
「私がお人形ハウスで遊んでいる間に、持って行ったシュークリーム、二つとも食べちゃうんだもん」
さゆちゃんは、ほっぺをプクッとふくらませました。すると、ママはちょっと笑ってさゆちゃんと目を合わせました。
「そっか。さゆちゃんの分も食べちゃったのね。でも、さゆちゃん。もしかして、お人形ハウスばっかりやってなかった?」
ママがそう言うと、さゆちゃんは少しうつむきました。
「さゆちゃんがお人形ハウスばっかりやっててさびしかったから、まいちゃんもさゆちゃんの分までおやつ食べちゃったんだと思うよ」
すると、さゆちゃんは涙をにじませた目を上げました。
「私……まいちゃんにお電話して、あやまる」
「そっか」
ママは、にっこりと笑いました。
「まいちゃん……怒ったりして、ごめんね」
さゆちゃんは、受話器ごしにまいちゃんにあやまりました。
「ううん。私も、本当はさゆちゃんと一緒におやつ食べたかったのに……本当に、ごめんね」
まいちゃんも、もう怒ってなかったので、さゆちゃんはホッと安心しました。それに、やっぱりまいちゃんはさびしかったんだと分かってクスッと笑いました。
「まいちゃん。明日も、お家行っていい? いっぱいおしゃべりしよ!」
「うん、さゆちゃん。明日は、一緒におやつ食べようね」
二人は、受話器ごしに笑い合いました。
(さゆちゃん、仲直りできてよかったね)
その電話もホッと安心しました。
さゆちゃんが小学五年生になったある日のこと。家に白い電話がやってきました。白くておしゃれな電話。ダイヤルじゃなくて押しボタンのついた電話。パパがお仕事でボーナスをもらったから、新しく買ったみたいです。
(え、ぼくは……どうなるの?)
黒い電話は、すごく心配になりました。
「わぁあ、すご~い!」
さゆちゃんは、今でも仲良しのまいちゃんからかかってきた時に白い電話から鳴ったメロディを聞いて、目をかがやかせました。大好きな映画で流れていた音楽だったのです。
(白い電話は、あんなにきれいな音楽を鳴らすことができるんだ。ぼくは、リーンとしか鳴ることができないのに……)
黒い電話は、きれいな音楽を鳴らせないことがくやしくなりました。
それから何日か後。さゆちゃんもパパもママもおでかけして、いない時のことです。
「ただいま、留守にしております。ピーっという発信音の後に、お名前とご用件をお話しください。ピー」
(え、うそ!)
黒い電話は、びっくりしました。何と、白い電話がしゃべったのです。
(ぼくはしゃべれないけど、あの白い電話はしゃべれるんだ……)
黒い電話は、何でもできる白い電話がうらやましくなりました。そして……。
(シクシク、シクシク……)
黒い電話は悲しくなって、心の中で泣きつづけたのでした。
おでかけから帰ってきたさゆちゃん達は、真っ先に白い電話の所へかけ寄りました。
「あ、留守番電話、入ってる!」
さゆちゃん達は、さゆちゃんのお友達、パパの会社の人とかからのメッセージを笑顔で聞いていました。
(もう、ぼくはこのお家には、いらないんだ……)
黒い電話は悲しくてたまりませんでした。
次の日曜日。ついに、黒い電話は押し入れにしまわれることになりました。さゆちゃんは、少し気にして黒い電話を見ています。
(このお家にいるのは、あの白い電話みたいに何でもできる電話の方がいいんだ。本当は、ずっとさゆちゃん達のお話を聞いていたかったけど……しかたがないよね)
黒い電話は、心の中でそっとあきらめたのでした。
黒い電話が押し入れにしまわれた、ある秋の日のことです。お外は風がビュービュー、雨がザーザー降っていました。
ひどい嵐で、さゆちゃんの小学校もお休みでした。パパもママも、ずっと家で心配そうにテレビでニュースを見ています。
その夜のことでした。
「わぁ!」
さゆちゃん達は、びっくりしました。とつぜん、電気が消えたのです。パパとママは懐中電灯をつけてろうそくを見つけ、火をともしました。部屋はぼんやりと明るくなります。
「電話がつながらない」
パパが、まゆをひそめて心配そうな顔をしました。嵐で電気がこないので、白い電話はつかなくなっていたのです。
その時、さゆちゃんがハッとあることを思い出しました。
「押し入れの、黒い電話は?」
パパもハッとしました。
「あ、そうだ。黒い電話なら、つながるかも知れない」
パパは押し入れから黒い電話を出してきて、ダイヤルを回しました。
「もしもし……」
黒い電話なら、電気がこなくてもつながったのでした。
(また、みんなの役に立つことができてうれしい……)
黒い電話は心からよろこびました。
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(携帯電話……?)
その電話は、心の中でくり返しました。
(さゆちゃんが、はなれていってしまうかも知れない……)
携帯電話とはどんなものか知りませんでしたが、その電話は不安になりました。家に白い電話がきた時のことを思い出したのです。
「やったぁ、携帯電話だぁ」
かわいいピンク色の携帯電話を手にしたさゆちゃんは、とてもよろこんでいました。さゆちゃんが持つと同時に、パパもママも携帯電話を持つようになりました。
さゆちゃん達が携帯電話を持ったその日から、その電話が鳴ることは、どんどん少なくなってゆきました。
(さゆちゃん、パパ、ママ……さびしいよぉ)
その電話は、さゆちゃん達と受話器の向こうの知らないお友達とのお話を聞けることがどんどん少なくなりました。使われることなく、さゆちゃん達が携帯電話を使ってお友達と話したり、指で何かを打ち込んだりしているのを、たださびしく見つめていました。
そんなある日のことです。
今日もその電話は、台の上でみんなから忘れ去られたように、さびしくさゆちゃんを見つめていました。さゆちゃんは携帯電話を開いて指でピコピコと何かを打ち込んで、一人でお友達と遊んでいるみたいでした。
しかし、その時でした。
『リーン、リーン!』
何日……いや、何ヵ月かぶりに、その電話は鳴りひびきました。さゆちゃんは、少しおどろいた顔でその電話の受話器を取りました。
「さゆちゃん、おばあちゃんだよぉ」
受話器の向こうから、元気なおばあちゃんの声が聞こえました。
「おばあちゃん、久しぶり」
目を丸くしたさゆちゃんも、笑顔です。
「十四歳のお誕生日、おめでとう!」
「わぁ、おばあちゃん。ありがとう!」
「これから、ケーキを持って行くからね」
おばあちゃんの笑う顔が見えるようでした。
(さゆちゃん、もう十四歳なんだ。そんなに大っきくなったんだね。本当におめでとう)
久しぶりに使われたその電話は、ポカポカと温かい気持ちになりました。
「さゆちゃん。お誕生日、おめでとう!」
「わぁあ。おばあちゃん、ありがとう!」
さゆちゃんもその電話もお待ちかねのおばあちゃんがやって来ました。
おばあちゃんが大きな箱を開けると、今年も大きないちごのショートケーキが顔をのぞかせました。
「ハッピーバースデーツーユー、ハッピーバースデーツーユー、ハッピーバースデーディア、さゆちゃん♪ ハッピーバースデーツーユー♪」
さゆちゃんは、パパとママとおばあちゃんに囲まれて、小さい時と変わらず、幸せなお誕生日を過ごしたのでした。
夜、おばあちゃんが帰って、もう家に着いたくらいのころ。さゆちゃんは、何かを思い出したようにその電話の受話器を持ってダイヤルを回しました。
「もしもし、おばあちゃん」
「さゆちゃんかい?」
「今日は、本当にありがとう。おばあちゃんが毎年、お誕生日のお祝いをしてくれるの、すごくうれしい」
「おやおや。こちらこそ、お電話、ありがとう。大っきくなったさゆちゃんの声を聞くのが、おばあちゃん、すっごく楽しみなんだよ」
「それでね。さゆ、これからも、ずっとおばあちゃんにお電話するね!」
さゆちゃんがにっこり笑うと、受話器から幸せそうな笑い声が聞こえてきました。
(うれしい……これからも、ずっとさゆちゃんとおばあちゃんのお話を聞けるんだ)
携帯電話を使うようになっても変わらずに、その電話を使ってお話をしてくれるさゆちゃんとおばあちゃん。その電話は、うれしくてたまらなかったのでした。
それからどれほどの年月がたったでしょう。その電話が使われることは、さゆちゃんが小さい時とくらべると、とても少なくなりました。でも、さゆちゃんは覚えていました。
その電話でお話して、まいちゃんと仲直りできたこと。嵐の日にも、助けてくれたこと。そして、ずっとおばあちゃんとその電話でお話してきたこと。
だから、さゆちゃんは分かっています。
ほとんど使わなくなったその電話を使ってお話をすることは、とても温かくて、とても居心地がよくて、とても大事なことなのです。
今ではその電話は、ママになったさゆちゃんの新しい家の台の上にあります。さゆちゃん達のことをずっと見守っています。
『リーン、リーン』
久しぶりにその電話をとったさゆちゃんは、にっこりと笑いました。そして、かわいいかわいい みさちゃんに、受話器を向けました。
「みさちゃ~ん、ひぃおばあちゃんですよ~」
「ばぁば、ばぁば」
受話器から声が聞こえると、さゆちゃんの赤ちゃん、みさちゃんはキョロキョロと辺りを見回しました。さゆちゃんは、その様子を見てクスッと笑います。
(みさちゃん、さゆちゃんにそっくり)
その電話も、心の中でクスッと笑いました。
そして、これからもずっとさゆちゃんと一緒に暮らせて、みさちゃんのことを見守っていくことを、とてもうれしく思ったのでした。
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聖女が華麗にざまぁします♪
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※ 悪女視点と聖女視点があります。
※ 表紙絵は親友の朝美智晴さまに描いていただきました♪
あだ名が242個ある男(実はこれ実話なんですよ25)
tomoharu
児童書・童話
え?こんな話絶対ありえない!作り話でしょと思うような話からあるある話まで幅広い範囲で物語を考えました!ぜひ読んでみてください!数年後には大ヒット間違いなし!!
作品情報【伝説の物語(都道府県問題)】【伝説の話題(あだ名とコミュニケーションアプリ)】【マーライオン】【愛学両道】【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】【トモレオ突破椿】など
・【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】とは、その話はさすがに言いすぎでしょと言われているほぼ実話ストーリーです。
小さい頃から今まで主人公である【紘】はどのような体験をしたのかがわかります。ぜひよんでくださいね!
・【トモレオ突破椿】は、公務員試験合格なおかつ様々な問題を解決させる話です。
頭の悪かった人でも公務員になれることを証明させる話でもあるので、ぜひ読んでみてください!
特別記念として実話を元に作った【呪われし◯◯シリーズ】も公開します!
トランプ男と呼ばれている切札勝が、トランプゲームに例えて次々と問題を解決していく【トランプ男】シリーズも大人気!
人気者になるために、ウソばかりついて周りの人を誘導し、すべて自分のものにしようとするウソヒコをガチヒコが止める【嘘つきは、嘘治の始まり】というホラーサスペンスミステリー小説
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すごくよかったです!
優しい作品が多かった影響でしょうか。真冬なので寒いはずなのですがポカポカした気分になりました。
どれも素晴らしかったですが、特に虹の木のお話と黒電話のお話とチューリップのお話はぐっときました。
自分も飼っていた犬にもう一度会いたいです……