千五百万分の一の三毛猫喫茶

いっき

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第二章 七年前の約束

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 七年前。僕も美沙も小学四年生で、マンションの隣同士の部屋に住んでいた。
 僕の家は母子家庭。お互いに幼稚園の頃から、毎日のように美沙は僕の家に遊びに来ていた。
 幼いながらも、美沙は僕の母の料理や洗濯を手伝ったりしていて、母も大層美沙がお気に入りだった。
 物心つかない頃だったので覚えてはいないが、僕のファーストキスの相手も美沙だったようだ。マンションのベランダに置いたゴムプールの中で、当時お互い幼稚園だった僕達がキスしている写真が、幼い頃のアルバムに飾られている。
「あんた、大人になったら美沙ちゃんと結婚しなさいよ」
 母からもいつもそう言われ、僕もまんざらでもなかった。
 実際、幼い頃にはお互いそこら辺の羞恥心もなく、僕もしょっちゅう
「大人になったら、みさと結婚する」
と言っていたし、美沙もよく
「大きくなったら、かずまのお嫁さんになる」
と言っていた。
 小学生になって周りからの冷やかしが始まり出してからも、学校終わりの放課後には、僕達はやはり仲良く遊んでいた。マンションの裏庭がいつもの遊び場で、ヒラヒラと舞うアゲハ蝶を追いかけたり、二人で小鳥達のさえずりを聞いたりしていた。
 小学四年生のある夏の日。いつも底抜けに明るかった美沙は、何だか元気がなかった。いつもの裏庭で遊んでいても、ずっと眩しかった笑顔に少しだけ陰りが見えた。
「みさ、どうしたの?」
「えっ?」
「何か、ちょっと元気がないみたい」
 そう言うと、曇った顔は無理に笑顔をつくって言った。
「そうかな? 気のせいよ。それか、ちょっと夏バテなのかも」
「そう? それなら、いいんだけど」
 なぜか不安だった。今まで当たり前だと思っていた、美沙のいる生活がなくなってしまいそうな、漠然とした不安……。
 そんな僕の気を逸らすように彼女は言った。
「ねぇ、それよりさ、何か鳴き声みたいなの聞こえない?」
「鳴き声?」
「うん。ミャー、ミャーって」
 僕達は、鳴き声のする方を探した。どうやら、マンション共同の大きなダストボックスの中からのようだ。蓋を開けると、その片隅で、小さな三毛猫がつぶらな瞳で僕達を見上げていた。
「かわいい!」
 美沙ははしゃいだ。
「こんな所で、捨てられたのかな?」
 そう言うと、美沙はまた元気がなくなった。だから、慌てて言った。
「ここで、僕達で育ててあげよう!」
 美沙は、いつもの笑顔で頷いた。

 その日から、僕達は学校終わりの放課後に子猫にミルクやご飯をあげた。ご飯は、僕の家にあったササミなんかを湯がいて美沙が包丁で切り刻んで小さくした。母に教えて貰っていただけあって、美沙は包丁の扱いに慣れていて、びっくりした。
 子猫には『ミケ』という名前をつけて、僕達は毎日、日が沈むまで可愛いがりながら世話をした。ミケも、そんな僕達に懐いていた。

 そんな、夏休みも目前になったある日のこと。僕達が学校から帰りいつものように裏庭へ行くと、作業服を来た大人達が数人、汗で額を濡らしながらマンションの壁の隙間を覗いていた。
 僕達は、顔を見合わせた。慌てて大人達の所へ行く。
 壁の隙間の奥では、ミケが小さい体をさらに小さくしており、大人達が捕まえようとしていたのだ。
「ちょっと、何してるの?」
 美沙が聞くと、大人の一人が言った。
「ここに野良猫がいるって、保健所に苦情が入ったので、捕まえに来たんだ」
 すると、美沙が言った。
「そのコは野良猫じゃないわ。私の猫よ」
「私のって、君。このマンションの子だろ?マンションでは猫は飼えないんだ」
 すると、美沙は僕も驚くことを言ったのだ。
「私、明後日引っ越すの。引っ越し先の家では、猫も飼える。だから、お願い。そのコを連れて行かないで」
 大人達は、顔を見合わせた。僕も思わず聞いた。
「みさ……引っ越すって本当?」
 美沙は口を噤んだ。
 その時、
「本当よ」
 後ろから声が聞こえた。
 振り返ると、いつもと違う裏庭の様子を見に来たらしい、美沙のお母さんがいた。
「やっぱり、このコ、かずま君に言ってなかったのね。お父さんが転勤することになって、私達、引っ越すことになったの。このコが自分の口で言うって言ってたから私も何も言ってなかったんだけど……」
 切なそうな顔をした。美沙も、泣きそうな顔をしていた。
 ミケは、連れて行かれずに済んだ。でも、僕の心にはポッカリと大きな穴が空いたようだった。

 美沙が引っ越す前日。僕の気持ちの整理がつかないまま、美沙はクラスメイト達の前でお別れの挨拶をし、僕達は学校を終え、いつもの裏庭へ行った。落ち込んでいる僕とは対照的に、美沙はそう意識してか、いつも通りだった。
 裏庭の石段に二人で腰掛けた。その石段は冷んやりとして心地良く、夏の照り返す太陽もマンションで隠れて涼しかった。ミケを抱いた美沙は、僕にいつも通りに話しかける。
「ねぇ、かずま。約束しよ」
「約束?」
「私、絶対にこの町に戻ってくる。そんで、このコ、ミケのお店…『三毛猫喫茶』を開く」
「三毛猫喫茶?」
 その言葉を反復すると、美沙は頷く。
「猫のいる喫茶店よ。三毛猫に限らず、捨てられた猫達も一緒に育てて、楽しいお店をつくるの」
 想像した。美沙の開く『三毛猫喫茶』。お客さんも猫達も、笑顔の絶えない素敵な店になるだろうな。
「だから」
 美沙は言った。
「かずまも、絶対に獣医さんになること!」
「獣医さん」
 反復すると、美沙はうなづき僕に顔を近づけた。
「かずま、幼稚園の頃からなりたいって言ってたわよね。かずまは頭がいいから絶対になれると思うの。かずまが獣医さんになって私のお店のコ達を診てあげて!そんで、それから……」
 恥ずかしそうにごにょごにょ言っていたので、『何だろう』と思い、顔を近づけた。
 次の瞬間。美沙の唇が僕の唇に重なった。
 一瞬、何をされたか分からなかった。
 自分の唇に柔らかいものが触れた。
 その柔らかいものが美沙の唇だと認識すると、僕の顔は段々と火照り、熱くなっていった。そんな僕に、いつもの眩しい笑顔は言った。
「結婚しよ!」
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