ウミガメの海

いっき

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二十年後。
僕は海洋生物の調査のため、沖縄を訪れていた。
勿論、あの約束は忘れていない……だけれども、きっと、彼女は誰か、別の良い人と出会って幸せに暮らしているんだろう。そう思っていた。
だって、あんなに綺麗で頭も良くて……噂では無事、医師の国家試験に合格したって聞いた。そんな彼女が、僕なんかのことを今でも想ってくれる訳がない。

そんなことを思いながら海を眺め、ハァーっと溜息を吐いた時だった。
僕の目は、海の向こうからこちらの海岸に向かって泳いで来る楕円形の生物をとらえた。

「あっ、ウミガメ……」

僕の口からまるで自然にその言葉が出た。それは、あの日……二十年前に見たのと同じ、ウミガメだったのだ。

その時……

「本当だ。あの時のウミガメ、かなぁ」

僕の隣からまるで自然に、懐かしい……二十年前、僕が大好きで大好きで堪らなかったその声が聞こえて。僕は思わず、そちらを向いた。

「あ……亜弓!」

「久しぶり! 徹ちゃん!」

僕の愛しくてたまらないその笑顔は、左目を軽く瞑ってウィンクをした。

「どうして?」

「約束したじゃない、あの日。二十年後、ここで会うって。だから、私、この海辺に診療所をつくったの」

彼女の指さす先には、小さな建物があって……『あゆみ診療所』という看板が立てられていた。それを見て、僕は思わず吹き出した。

「すごい……孤島の診療所。まるで『Dr.コトー』みたい」

「笑わないでよ。これでも一応、大学病院の教授の話があったのを蹴って、この診療所つくったんだから……」

怒った時に頬を膨らます彼女の癖……それがたまらなく愛しくて、僕は彼女を抱きしめた。

「徹ちゃん……」

「亜弓! 一緒にいよう。これからはずっと一緒に……」

すると、彼女は眩しい笑顔を見せて……その薄紅色の唇を僕の唇にそっと重ねた。

「亜弓……」

「当たり前じゃない! そうでなきゃ、私、ここに診療所つくった意味ないでしょ」

顔を離した亜弓の笑顔はとても美しく輝いていて。

「結婚しよう、亜弓! 海の綺麗なこの場所で」

「もちろん! だって、私も。医師になることもだけれど、こんなに海の綺麗な場所で家族を持って、ずっと住み続けるのも夢だったんだから」

珊瑚礁のそのウミガメは、夕焼けに染まる空の下で結婚を約束した僕達を見守ってくれているかのように、ゆったりと優雅に泳いでいたのだった。
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