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将太は、山小屋の片隅で小さく蹲り、ガクガクと震えていた。
手には、一つのカメラを握り締めている。
この雪山では、世にも美しい『雪のダイヤモンド』を見ることができるという。
それをカメラに収めるために、将太はこの雪山を登ったのだ。
『雪のダイヤモンド』を見て生きて帰った者はいない、との言い伝えも知っていた。
しかし、将太はどうしてもカメラに収めたかったのだ。
自分の彼女……愛菜のために。
そう、病床から離れることができず、この世の美しい物を見ることも触れることもできない愛菜のために。
病床を離れられない彼女は、いつも将太の撮影した風景を見て目を輝かした。
色とりどりのお花畑、青々とした木々、赤く染まった紅葉。
彼女は、その風景を見ることが一番の楽しみだった。
だから、将太は自分の身に少しばかり危険が及ぼうとも、必ず『雪のダイヤモンド』を撮影するとの意を決して雪山に登ったのだ。
しかし、登山中に突然、通り道が消え失せ、それまで歩んでいた道も消失した。
滔々と降り積もる雪を避けるため、突如現れたこの山小屋に入ったのだが、雪は一向に降り止む気配がない。
身を刺すような冷気が、徐々に体温を奪ってゆく……。
「俺、死ぬのかな……」
死ぬ前に、もう一度愛菜に会いたい。
愛菜に会って、いつものように、綺麗な風景の写真を見せて……いつもの眩い笑顔が見たい。
でも、もう、あの笑顔を見ることはできないんだよな……。
将太は、ゆっくりと目を閉じようとした。
その時だった。
山小屋の扉がすぅっと開いた。
将太は力を振り絞って目に力を入れ、瞼を開く。
凍りつくほど冷たくなった死際であったにも関わらず、仰天した。
雪のような白い肌に美しい白装束。
妖艶な笑顔を浮かべた、この世のものとは思えないほど美しい女性が立っていたのだ。
雪女は、右手で将太の顎を持ち、ゆっくりと自分の顔と近づけた。
さぁ、あなたも私の美しさに跪きなさい。
そして、この世の未練なんて沈め込むほどの快楽の中、氷の塊になるのよ。
雪女は、艶やかに笑った。
しかし……将太は僅かな力を振り絞って顔を背けたのだ。
雪女は仰天した。
「何故、拒む?」
こんな奴は、初めてだ。
雪女は尋ねる。
「何故、快楽に身を任せない? 私と会った者は皆、私との接吻を、そして快楽の上の死を望む。溢れ出る快楽に溺れればよいではないか」
「俺は……愛菜としかしない!」
雪女は、またしても驚いた。
こんな男は、今まで会ってきた中でも初めてだった。
俄かに、この男に興味を持った。
「愛菜とは誰だ? 話してみよ」
将太は、話した。
病床を離れられない彼女、愛菜のこと。
自分の撮影した風景の写真を見るのが彼女の一番の喜びであること。
そんな彼女の喜びが自分の幸せだから、雪山に『雪のダイヤモンド』の写真を撮りに来たこと。
そんな話をする将太は何故だか表情が輝き活気が戻っているように見え、そんな将太を見ると雪女は……凍りきっていた筈の心から溶けていってしまいそうな、初めての感覚を覚えた。
「これが……愛菜なんだ」
将太は話の最後に愛菜の写真を見せた。
その写真を見た雪女は、艶やかな目を細めた。
「この女……直に死ぬぞ」
「死ぬ?」
「私には分かる。この女、もうすぐ死ぬんだ」
雪女は、写真の彼女を見ただけで直感した。
しかし、将太は即座に言う。
「絶対に、僕が死なせない!」
「えっ?」
「愛菜は、僕の全てなんだ! だから、僕が死なせない! 絶対に僕が守り通してみせる!」
将太の瞳は決意の炎を灯した。
すると、どうだろう。
写真の中の愛菜は一気に活気を取り戻したのだ。
それと同時に……
『ドクン』
雪女の胸に、今まで響いたことのなかった音が響き渡った。
雪女は、自分の初めての感情に戸惑う。
しかし……自分でも予想していなかった言葉が口から出た。
「私と、約束するか?」
「約束?」
「その女を絶対に守り通すと、お前は私に約束するか?」
すると、将太は真っ直ぐうなづいた。
「絶対に、約束する」
雪女はすっと目を閉じ、扉を開けた。
「すごい……」
将太は、信じられなかった。
降り続く雪は一つの経路だけ避け、道ができていたのだ。
「行け」
雪女は、初めて感じる自分の複雑な想いを抑えて言う。
「ただし、お前が約束を破ったら……その女が死んだら、すぐに私はお前を氷の塊にする」
「もちろん」
将太は改めて決意を語る。
「絶対に彼女を死なせない!」
すると、雪女は今までに見せたことのない純粋な顔で笑った。
その時の雪女の笑顔が今までで一番美しくて……将太は、気がつくとカメラのシャッターを押していた。
手には、一つのカメラを握り締めている。
この雪山では、世にも美しい『雪のダイヤモンド』を見ることができるという。
それをカメラに収めるために、将太はこの雪山を登ったのだ。
『雪のダイヤモンド』を見て生きて帰った者はいない、との言い伝えも知っていた。
しかし、将太はどうしてもカメラに収めたかったのだ。
自分の彼女……愛菜のために。
そう、病床から離れることができず、この世の美しい物を見ることも触れることもできない愛菜のために。
病床を離れられない彼女は、いつも将太の撮影した風景を見て目を輝かした。
色とりどりのお花畑、青々とした木々、赤く染まった紅葉。
彼女は、その風景を見ることが一番の楽しみだった。
だから、将太は自分の身に少しばかり危険が及ぼうとも、必ず『雪のダイヤモンド』を撮影するとの意を決して雪山に登ったのだ。
しかし、登山中に突然、通り道が消え失せ、それまで歩んでいた道も消失した。
滔々と降り積もる雪を避けるため、突如現れたこの山小屋に入ったのだが、雪は一向に降り止む気配がない。
身を刺すような冷気が、徐々に体温を奪ってゆく……。
「俺、死ぬのかな……」
死ぬ前に、もう一度愛菜に会いたい。
愛菜に会って、いつものように、綺麗な風景の写真を見せて……いつもの眩い笑顔が見たい。
でも、もう、あの笑顔を見ることはできないんだよな……。
将太は、ゆっくりと目を閉じようとした。
その時だった。
山小屋の扉がすぅっと開いた。
将太は力を振り絞って目に力を入れ、瞼を開く。
凍りつくほど冷たくなった死際であったにも関わらず、仰天した。
雪のような白い肌に美しい白装束。
妖艶な笑顔を浮かべた、この世のものとは思えないほど美しい女性が立っていたのだ。
雪女は、右手で将太の顎を持ち、ゆっくりと自分の顔と近づけた。
さぁ、あなたも私の美しさに跪きなさい。
そして、この世の未練なんて沈め込むほどの快楽の中、氷の塊になるのよ。
雪女は、艶やかに笑った。
しかし……将太は僅かな力を振り絞って顔を背けたのだ。
雪女は仰天した。
「何故、拒む?」
こんな奴は、初めてだ。
雪女は尋ねる。
「何故、快楽に身を任せない? 私と会った者は皆、私との接吻を、そして快楽の上の死を望む。溢れ出る快楽に溺れればよいではないか」
「俺は……愛菜としかしない!」
雪女は、またしても驚いた。
こんな男は、今まで会ってきた中でも初めてだった。
俄かに、この男に興味を持った。
「愛菜とは誰だ? 話してみよ」
将太は、話した。
病床を離れられない彼女、愛菜のこと。
自分の撮影した風景の写真を見るのが彼女の一番の喜びであること。
そんな彼女の喜びが自分の幸せだから、雪山に『雪のダイヤモンド』の写真を撮りに来たこと。
そんな話をする将太は何故だか表情が輝き活気が戻っているように見え、そんな将太を見ると雪女は……凍りきっていた筈の心から溶けていってしまいそうな、初めての感覚を覚えた。
「これが……愛菜なんだ」
将太は話の最後に愛菜の写真を見せた。
その写真を見た雪女は、艶やかな目を細めた。
「この女……直に死ぬぞ」
「死ぬ?」
「私には分かる。この女、もうすぐ死ぬんだ」
雪女は、写真の彼女を見ただけで直感した。
しかし、将太は即座に言う。
「絶対に、僕が死なせない!」
「えっ?」
「愛菜は、僕の全てなんだ! だから、僕が死なせない! 絶対に僕が守り通してみせる!」
将太の瞳は決意の炎を灯した。
すると、どうだろう。
写真の中の愛菜は一気に活気を取り戻したのだ。
それと同時に……
『ドクン』
雪女の胸に、今まで響いたことのなかった音が響き渡った。
雪女は、自分の初めての感情に戸惑う。
しかし……自分でも予想していなかった言葉が口から出た。
「私と、約束するか?」
「約束?」
「その女を絶対に守り通すと、お前は私に約束するか?」
すると、将太は真っ直ぐうなづいた。
「絶対に、約束する」
雪女はすっと目を閉じ、扉を開けた。
「すごい……」
将太は、信じられなかった。
降り続く雪は一つの経路だけ避け、道ができていたのだ。
「行け」
雪女は、初めて感じる自分の複雑な想いを抑えて言う。
「ただし、お前が約束を破ったら……その女が死んだら、すぐに私はお前を氷の塊にする」
「もちろん」
将太は改めて決意を語る。
「絶対に彼女を死なせない!」
すると、雪女は今までに見せたことのない純粋な顔で笑った。
その時の雪女の笑顔が今までで一番美しくて……将太は、気がつくとカメラのシャッターを押していた。
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