木の上のティアラ

いっき

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「すっきりした?」
「うん……」
 三十二歳にもなってみっともない泣き顔を見せた僕に、ティアラはにっこりと白い歯を見せた。
「良かった。また、あの時の笑顔が戻ってくれて」
「あの頃の笑顔?」
 僕はその言葉に首を傾げた。
 するとティアラは、ゆっくりと話し始めた。
「あの時……三年前の丁度今日くらいの時。あなたが動物園で私を抱いてくれたの。それはとても温かくて心地よくて。ずっと忘れることができなかった。それで……あなたが今日、ここに戻って来るって分かったから、私は動物園を抜け出して来たんだ」
「え、抱いて? いや、そんなこと……」
 恐らくは顔を真っ赤にして「してない」と言おうとした瞬間。僕はその言葉を飲み込んだ。何故なら僕は思い出したから。
 三年前の春……丁度、今くらいの頃。僕は前妻と一緒にここ、西山動物園を訪れた。その日は、生まれたばかりのレッサーパンダの『ティアラ』を抱っこできるイベントがあって。でも前妻は、可愛い動物に目がない割には動物に触れるのが苦手みたいで、僕だけがティアラをそっと抱っこしたのだ。大切に抱っこしたその感覚、その柔らかさ……温もりは今でも僕の腕の中に残っている。
「ティアラって、まさか……」
 すると、彼女はニッと白い歯を見せた。
「あなたは独りじゃないのよ。だって、あなたがここに帰って来るのを私、いつも待っているんだから」
「ティアラ……」
 その瞬間。彼女の姿はすっと消えた。心地良いそよ風に吹かれていた僕を残して。
 木を降りて西山動物園に着いた時。何やら大きな騒ぎが収束した後のようだった。
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