善夜家のオメガ

みこと

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閑話:コーヒーブレイク

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桜ヶ丘駅前のコーヒーショップは入れ立てのコーヒーの香りを店の外にまで漂わせ、街を行き交う人たちの鼻腔をくすぐる。
出勤や登校前のひととき、今日一日を乗り切るための大切な一杯。
皆、この時だけはゆったりとした気持ちで至高の一杯を楽しんでいる。
しかし朝の八時をまわるとそのゆったりとした空気がそわそわしだす。
鏡を見てメイクをチェックする者、こっそりとリップを塗り直す者、定員すら窓を映る自分を見て身だしなみを整え直すのだ。

八時五分、店の自動ドアが開く。
いつもより若干高めの『いらっしゃいませ~』が店内に響いた。
店内に入って来る長身の男。明らかにアルファと分かる佇まいだ。キリッとした美男子で誰もが思わず見惚れてしまう。
皆、彼が来るのを待っていた。毎日ではないが、朝のこの時間帯にやって来る王子。
もちろん見ているだけでも幸せだが、出来たらお近づきになりたり。さらに欲を言えば…。
彼は一人で来ることが多い。ゆったりとコーヒーを飲み外を眺めている。意外なことにスマホでゲームをしていることもある。そんなギャップも良い。
たまに女を伴っている時もある。アルファの女だ。
話の内容から男は大学生で、しかもあのT大。余計に皆の興味と関心を引いた。
特定のパートナーはいないようで、誰かと来る時にはいつも違う顔ぶれだった。

『来た…。』
『王子だ…。』

皆、口には出さないが店内が色めきたった。
こちらを見て欲しい。
お近づきになりたい。

『え…?』

しかしいつもと違う様子に皆の表情が変わる。
王子が笑顔だ。
そして隣に誰かいる。
しかも手を繋いでいる。それはオメガの男のようで王子の腕に顔を埋めており容姿は分からない。
嬉しそうな王子はいつも自分が座る席にそのオメガを座らせた。

『誰?』
『オメガのくせに…。』

嫉妬と羨望と興味が入り混じる視線がそのオメガに集まった。
王子がコーヒーを注文するため席を離れたその隙に皆がオメガを見定めようと注視する。

『あ…。』
『え…。』

小さな白い顔に緩やかなウェーブの髪。ヘーゼルの瞳は光に照らされてグリーンのようなブラウンのような不思議な色合いだ。例えるなら宝石のスフェーンに似ている。
小さな鼻に上品な口元。

『ウソ…かわいい。』
『くぅ、負けた…。』

一目見て打ちのめされた。
しかし皆希望を捨てていない。
何人か連れているうちの一人かもしれないし…。
そんな僅かな望みはコーヒーとカフェオレを持って戻ってきた王子によって打ち砕かれる。
まず王子が相手の飲みものを買って来るなんて…。
今までその逆はあっても王子が相手のために動くことなんてなかった。
そして…。
王子の顔。
終始笑顔だ。デレデレしている。オメガの隣に座り顔を覗き込んだり背中を撫でたりしている。
そのうちオメガに抱きついて顔中にキスをし始めた。





「店長。今日は王子、来ますかね~。」

「王子?ああ、あのアルファ?」

「そうです~。ぜひお近づきになりた~い。」

「私もです~。」

二人のバイト生がキャッキャしている。
この店舗で働くスタッフは皆あのアルファに夢中だ。
確かにカッコいいし、あのT大だと聞いた。

「そんなに良いかねぇ。」

「すっごく良いです。」

「ねぇ。」

彼はアルファだ。きっとここにいるベータの娘たちなんて相手にしないだろう。良くてもセフレくらいか。
店長のあがたははしゃぐバイト生たちをぼんやり眺めていた。
まぁでも彼のおかげで朝のシフトには困らない。むしろ争奪戦だ。おまけに客足も増えるし良いことだらけ。

「お客様に失礼なことするんじゃないぞ。」

「「はーい。」」

ふざけたような返事が返って来る。本当に分かっているのだろうか。
県はベータだ。バイトの二人もベータ。彼目当てに通って来る客も半分がベータでアルファとオメガがその残りの半々。
アルファやオメガの世界はとても複雑だ。
番いやフェロモン。
ベータには想像もできない世界で、ベータが割って入ることは不可能に近い。
まあ若い奴らに夢を見させてやるくらい良いだろう。
そんなことを思っていると自動ドアが開いた。
噂のアルファ様のご来店だ。
しかし今日はいつもと違う。隣に誰かいる。
オメガだ!しかもものすごくかわいい。
バイト生や客が落胆する中、県と数人のアルファとベータの男の客が浮き足立つ。

『か、かわいい…。』
『天使かよ。』

落胆する者と浮き足立つ者ととで店内が両極端に分かれた。

例のアルファ様はカウンターでコーヒーとカフェオレを注文している。レジのバイト生が緊張した面持ちだ。
県は席に座っているオメガを見た。じっと見ていたせいか、そのオメガがふっとこちらを向く。

「うわっ、ヤバい。」

吸い込まれそうな瞳。キラキラと潤んでまるで宝石だ。目が離せない。

「はっ!」

急に視界にあのアルファが入ってくる。その顔は静かに怒りを湛えている。
『俺のオメガだ。』
彼の目がそう言っている。

「うぐっ…。」

彼の威圧のフェロモンで県は一歩も動けなかった。


「店長?どうしたんですか?」

「え?は、ああ、何でもない。」

バイトの声でやっと我に帰った。
チラリとあの二人を見るとイチャイチャベタベタしている。あのアルファもデレデレだ。さっきと同じ人物とは思えない変わり様。

『くそーっ、見ることもダメか。夢ぐらい見させてくれても良いのに!』

圧倒的な力の差に県はがっくりと項垂れだ。
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