善夜家のオメガ

みこと

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詩月

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「それで?どうすんの?詩月のこと諦める?」

諦める?詩月と結ばれない?
そんなこと想像したこともない。
ずっと一緒にいていつか番いになって結婚する。そう信じて生きてきた。それ以外の選択肢なんて考えたこともなかった。

「い、嫌だ。」

「彼女がいるのに?」

「彼女や彼氏がいても諦められない。詩月に何があっても、俺のこと嫌いになっても諦められない。」

「はあ、じゃあ詩月にそう言いなよ。諦めないって、どんな障害も乗り越えるって。」

いつもはおちゃらけている葉月の目が何故が真剣だ。
健人もその顔を見て頷いた。




「葉月、一人にしてって言ってる…け、健人っ⁉︎」

健人は葉月に家に入れてもらい、詩月の部屋に行った。
ベッドにうつ伏せになっていた詩月は顔を上げて驚く。

「何しに来たんだよ。」

「話をしに来た。」

「話すことなんてないよ。出ていって。」

「ないわけないだろ?設楽さんと付き合ってるって本当か?」

詩月はゆっくりと起き上がりベッドの上に座った。
何故か泣いたような顔をしている。

「健人には関係ない。」

「あるよ!あるだろ?俺は…」

「僕が誰と付き合おうと健人にはもう関係無いんだよ…。」

「何で…っ!俺が詩月のこと好きなの知ってるのに…何で…。」

健人は泣いていた。悲しくて苦しくて悔しくて…いろいろな感情が押し寄せてくる。
言いたいことはたくさんあるはずなのにうまく言葉にならない。

「結婚するって、番いになってくれるって言ったのに…番いに…」

その言葉に詩月の顔が苦しそうに歪む。

「無理だよ。無理なんだ…。」

「何で?俺、何でもするから、頼む。詩月が居ないと生きていけない…お願いだから詩月…。」

嗚咽混じりで健人が懇願する。
詩月が徐に立ち上がり机の引き出しから一枚の紙を取り出した。

「無理なんだよ。健人のせいじゃない。」

その紙を健人に手渡す。
バース検査の結果だ。
『善夜詩月 男 ベータ』と記載されていた。

「え?詩月、これ…。」

「僕のバース検査の結果だ。僕はベータだった。オメガじゃない。ベータなんだ!」

顔を覆って泣いている詩月を健人は唖然と見つめる。
詩月がベータ?
だって詩月は善夜の男だろ?
今まで疑いもせずオメガだと思ってきた。健人だけではない。おそらく詩月の周りの人間は皆んなそうだ。

「嘘、だろ?」

「嘘じゃない。僕は、ベータだ。健人とは番いにもなれなければ結婚も出来ない…。」

日本での同性婚は認められていない。ただしアルファとオメガの場合は別だ。男同士であっても結婚できる。

「分かっただろ?僕たちはもう無理なんだ…。」

力のない声で言う詩月にかける言葉がなかった。
その後健人は自分がどうやって家まで帰ってきたのか覚えていない。途中、葉月に声をかけられたような気もするがよく分からない。
気がつくと自分の部屋のベッドの上で転がっていた。

「詩月がベータ…。」

考えもしなかった。
自分がベータだったら困るな、くらいは思ったことがある。しかし皆んなから健人はアルファだと言われ続けていた。
詩月がオメガじゃない。
番いになることも、結婚することも出来ない。
頭の中がぐちゃぐちゃになってどうしたら良いのか分からない。
俺の詩月。
俺の女神様。

「あ…。」

健人はガバッと起き上がり家の外に出た。
向かいの祖父の家の門を抜けて、庭に出る。
あの蔵が見えた。祖父から教えてもらっていた暗証番号で鍵を開け中に入る。
ここへ来るのは久しぶりだ。
祖父は一昨年亡くなった。以来ここへは来ていない。
カビと埃の匂い。それに混じって油絵の具の匂いがする。
入り口のテーブルに置いてあるランタンをつけて奥の部屋に入る。
祖父のコレクション部屋だ。
その中で健人が一番気に入っている一枚。
女神が降臨する絵。
神々し女神だ。詩月に似ていると思っていたがそうでもない。
詩月の方がずっと綺麗だ。
俺はどうしたい?
自分に問いかける。
詩月と番いになって、夫婦になって、それから…。
ずっと一緒にいたい。
そう、ずっと一緒にいたいんだ。番いも結婚も一緒に居る手段に過ぎない。
ずっと一緒に居られればいい。番いになれなくても、結婚できなくても…。
そうだ。ずっと一緒いればいい。バースも性別も関係ない。詩月がベータでも何でもいい。詩月は詩月だ。
目の前のもやが晴れた気がした。
バース検査の結果を健人に渡して泣いていた詩月を思い出した。
何で泣いていた?
詩月は何で泣いていたんだ?
オメガじゃなかったからだ。それは健人と結ばれないから…。

「詩月…ごめん。」

健人は力強く立ち上がり蔵を出て詩月の家に向かった。






「葉月、ありがとう。葉月は知ってたんだな。」

「まあね。善夜は大騒ぎだよ。オメガ以外のバースが出たって。」

「そうか。」

「ほら、はやく行けよ。母さんに見つかる。今日は珍しく家にいるんだ。」

葉月が健人の背中を押した。健人はもう一度葉月に礼を言って詩月の部屋に向かう。

「詩月。」

詩月はベッドの上に座って窓の外を眺めていた。
今日は満月だ。月は詩月の部屋を明るく照らしていた。

「健人…。今度は何?」

「ん?詩月に良いこと教えてやろうと思って。」

健人は笑顔でベッドに腰掛ける。

「…。」

「俺はオランダがいいと思う。一番歴史が古いんだ。北欧でも良いかもな。詩月、好きだろ?」

「は?何言って…。」

「アメリカはほとんどの州で認められている。ヨーロッパもだ。日本もそのうち認められるだろ。まあでも俺は形には拘らないタイプだから今のままでも平気だ。」

「何なんだよ。一体…。」

「同性婚だよ。同性婚が認められてる国。詩月が夫婦という形に拘るなら…なんてね。へへ。」

一人で照れている健人を詩月が唖然と見つめる。

「詩月、バースのこと、正直びっくりした。でも俺、考えたんだ。オメガだから好きなんじゃない。詩月だから好きなんだ。だから詩月がどんなバースでも…。」

「何言ってるんだよ!そんなこと…無理だよ。」

「無理じゃないよ。さっきも言ったろ?先進国のほとんどの国で同性婚は認められている。俺はどっちでもいいよ。このままでも、同性婚が認められてる国で結婚しても。詩月がいればいい。」

「健人…おまえバカじゃないの?」

詩月の声が涙で震えている。

「うん。バカだよ。詩月のことに関しては大バカだ。他に何も考えられなくなっちゃう。」

「うっ、うぅ、僕、ベータなのに…、」

「それでも良いよ。俺が詩月を大好きなのは変わらない。」

健人が優しく詩月の涙を拭ってくれる。
その顔は悩みなどない清々しい顔だった。

「そっか、そうだよな。健人は僕が居なきゃダメだもんな…、」

「うん。詩月が居なきゃ死んじゃうよ。」

「ふふ、バカ。」

「うん。」

詩月はにこにこ笑う健人に近づいてそっとキスをした。

「えっ?えぇっ!!」

「ちょっと、大きい声出さないで。」

「うわっ!だって今、今、」

「ほら、もうこんな時間。早く帰りなよ。」

驚いてあわあわしている健人を追い出そうとする。
詩月も照れているのだ。

「やだっ!待って、もう一回、詩月、もう一回、お願い。お願いします。」

「やだよ。大きな声出すなって。」

「やだ!やだ!もっとしっかり感じたい!詩月、お願いっ!」

「そんなにしたかったら自分からすれば良いだろ?」

一瞬キョトンととした健人はその意味を理解し目を輝かせる。

「うん!する!詩月~!」

健人は嬉しそうに詩月に抱きついた。

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