善夜家のオメガ

みこと

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奈緒

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「どういうことだ…。」

雪也の頭の中はぐしゃぐしゃにこんがらがっている。
二人の話は頭に入ってこず、部屋に戻って一人になって考える。しかし考えれば考えるほど分からない。
運命って何なんだ?
雪也は自分が追い求めてきたものが音を立てて崩れていくのを感じた。
唯一無二の運命。それは雪也が想像していたものではないのかもしれない。
じゃあ一体自分は何を求めていたのだろう。
今まで会ったオメガたちは皆違った。それははっきりと分かる。
この間のオメガもそうだ。顔はかわいかったが性格が無理だ。纏うフェロモンも甘ったるくて胸焼けがする。そう思うとかわいいと思っていた顔さえ醜く感じた。
もっとこう、自分としっくりくる、居るだけで安らげる相手…。
ガラガラと崩れた理想の先に一筋の光が見えた。
そこには見慣れた後ろ姿。雪也がその後ろ姿を凝視しているとゆっくりと振り返り微笑む。
奈緒…。
クール見える顔だが笑うと目が垂れてかわいらしくなる。

「そういうことか…。」

雪也は自分が追い求めていたぼんやりしたものが、今はっきりと目の前に現れた。

「奈緒か…。」

奈緒こそが雪也の理想の相手。
何もかもしっくりくる、全ての相性が良い。
何で気が付かなかったのだろう。
全ては自分自身のせいだ。運命という幻想に縛られて、こんなに近くに居たのに気付かなかった。
雪也はその事実に愕然とした。

「奈緒だったのか…。」

すんなりとその事実は受け入れられた。
奈緒ほどしっくり来るはやつは居ない。
奈緒ほど一緒にいて安心するやつは居ない。
奈緒ほど何もかも合うやつは居ない。
哲郎と仲良くしているのを知るたびにもやもやした。
それは嫉妬だったのだ。
そう思うと居ても経っても居られなかった。
直ぐに雪也は奈緒に電話をした。何度かけても出ない。
『話がある』とメッセージも送った。
しかし返事が返ってくることはなかった。
その後も何度も連絡をし、奈緒が両親と住んでいるマンションにも行ってみた。インターホンを押すが誰も出てこない。
そんなことを繰り返しているうちに冬休みに突入した。
その日も奈緒の家の最寄駅をウロウロしていた。
何かの予感がして目を凝らすと奈緒が歩いているのが見えた。
何日かぶりに見る奈緒。胸がいっぱいになった。
会いたくて会いたくてたまらなかったのだ。

「奈緒っ!」

声の限り叫ぶ。
奈緒も気付き驚いた顔で立ち止まった。
雪也は全速力で走りその腕を掴んだ。

「はぁはぁ、奈緒っ、話がある…。大事な話だ。」

「雪也…何?どうしたの?」

「奈緒、俺、見つけたんだ。運命を…」

「えっ?」

驚いて目を見開き雪也を見つめる。そんな顔さえ愛おしく感じる。

「俺…」

雪也が口を開いた時だ。クラクションが鳴り奈緒がそちらを向く。

「僕、行かなきゃ…。」

「奈緒?」

「さよなら…」

「え?」

奈緒が雪也の腕を振り払いその車に向かって駆け出した。素早く助手席に乗り込むと一度も振り返らず、通りの中に消えていった。
あっという間の出来事だった。雪也は車が走り去った方を見ながら唖然とする。
何も伝えられなかった。
そして妙な胸騒ぎがする。こんな息苦しさを感じたことはない。
雪也は胸を押さえながらもと来た道を歩いた。



♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



「奈緒っ!」

待ち合わせの駅前に着くと自分を呼ぶ声に奈緒は振り返った。
懐かしい声。
数週間合わなかっただけなのに。
その声の主はぐんぐん奈緒に近付いてくる。身体が固まってしまいそこから動けなかった。
息を切らした雪也は奈緒の腕をぐいっと掴んだ。
その顔はいつになく真剣だ。

「話がある。大事な話だ。」

突然のことで何も答えられず雪也の顔を見る。泣きそうな、それでいて清々しさを湛えた目をしていた。

「見つけたんだ。運命を…。」

運命を見つけた。
今、確かにそう言った。
奈緒の思考が止まる。そして世界も止まった。
とうとう来てしまった。奈緒が一番恐れていた日。
何か言おうとするが言葉が出てこない。
その時、クラクションが聞こえ奈緒ははっと我に帰る。
思考と止まっていた世界が動き出した。
聞きたくない…。分かっていたことだけど雪也本人の口から聞きたくなかった。
奈緒は雪也の手を振り払い逃げるように迎えの車に乗る。

「叔父さん、早く出してっ!」

運転席の叔父にせっつくように言ってその場を離れた。




「奈緒?どうした?」

「何でもない。何でもないよ。」

車の助手席からぼんやりと窓の外を見る。
どんよりとした曇り空。空港に向かう道は多くの車が流れていたり。
雪也に運命が見つかった。きっと奈緒にそれを報告したかったのだ。
良かった…。
こうなる日がくると思っていた。
運命と結ばれる雪也を見なくて済む。散々迷ったが決断して良かった…。

「荷物は全部あっちに?」

「うん。」

「そうか。寂しくなるな。」

「…うん。」

奈緒は今日、日本を発つ。
父がワシントンD.C.に転勤になり母と奈緒も付いていくことになったのだ。父の前任者が大病を患い、急遽決まった。
当初、奈緒は日本に残り大学に通う予定だった。
しかし両親と一緒に渡米することにした。
たかが失恋くらいで、と言われそうだが、奈緒にとっては身を引き裂かれるような思いなのだ。
雪也から離れることで忘れよう…。
準備期間はほとんどなくしかもこんな時期だ。今年は大学は諦めて語学習得に力を入れる。
そうやって生活すればきっと忘れられるはずだ。

叔父に見送られて一人飛行機に乗る。
哲郎だけには渡米の件は話した。
複雑な顔をしていたが最後は応援してくれた。
それからは諸々の手続きで飛びまわっていた。
そして今日だ。
最後に一目だけでも顔を見られて良かった。

「さよなら、雪也…。」

窓の外を見ながら奈緒は小さく呟いた。



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