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奈緒
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しばらくすると中でガチャンとドアガードが外された音がした。ドアノブが動きゆっくりドアが開く。哲郎はすかさずその隙間に足を滑らせドアを思いっきり開いた。
「なっ…!」
ドアノブを握ったままバランスを崩し驚く雪也。哲郎は素早く中に入った。
「何だ⁉︎誰だおま…ぇ…」
雪也が問うより先に哲郎がキャップを脱ぎ捨てる。その顔を見て雪也が目を見開いた。
まさか哲郎が来るとは思っていなかったのだろう。口をぱくぱくして言葉が出ないようだ。
それは哲郎が知っている雪也ではなかった。痩せこけて髪も伸ばしっぱなしだ。落ち窪んだ目だけがギラギラと不自然なほど光っている。
「どうして此処が…。」
哲郎は何も答えず勝手に中に入る。驚いて哲郎を止める雪也の腕を払うと容易に吹っ飛んで床に倒れた。
そんな男ではなかったのに。
雪也は上位アルファだ。フェロモンも力も哲郎が敵うことはなかったはずだ。
痩せこけて力が出ないのだろう。そんな友人を哀れに思い見下ろす。
「何しに来た!出て行ってくれ!」
それを無視して廊下を突き進む。ここへは一度だけ来たことがある。弟の駿と一緒にだ。
駿は奈緒に懐いていた。奈緒は普段はクールな顔だが子どもの前では優しく柔らかい顔になる。『奈緒、奈緒』と纏わりつく駿を奈緒も可愛がってくれていた。
「やめろ!哲郎っ!」
雪也の叫ぶ声を無視して廊下の突き当たりのドアを開けた。
そこはリビングだ。
ドアを開けると大きなテレビが目に入った。
その画面は昔の映画が放映されている。
『遠い空の向こうに』だ。
雪也と奈緒が好きな映画。高校時代にその映画がいかに素晴らしいかを語っていた二人を思い出す。
画面に向かう形で置かれた大きなグレーのソファー。
そのソファーに寄りかかるように座る人物かいる。
黒い髪に華奢な肩が覗いている。
見覚えのある後ろ姿。
哲郎は震える足でその人物の前に回った。
「うっ…!」
その人物の顔を見て思わず右手で口を覆う。
奈緒だ。
奈緒だった。
しかしそれは人間ではない。
奈緒そっくりに作られたロボット。
奈緒のアンドロイドだった。
「雪也っ!おまえ…。」
ふらふらと部屋に入ってきた雪也を睨む。
虚な瞳、生気が感じられない。
「奈緒だ…。」
雪也が奈緒のアンドロイドに近づきそっと頬に触れる。
ゾッとするような光景に哲郎は思わずアンドロイドの頬に添えた雪也の手を思いっきり叩いた。
「あっ!」
その勢いでアンドロイドがソファーから転がり落ちた。
ゴトンと無機質な音が響く。
「雪也…雪也…」
ひっくり返ったアンドロイドが雪也を呼ぶ。声まで奈緒にそっくりだ。おまけにぱちぱちと瞬きまでする。
「奈緒っ!」
雪也がかがみ込みアンドロイドを抱き起こそうとする。
そんな雪也を哲朗は突き飛ばした。
「雪也っ!おまえ何やってんだよっ!目を覚ませ!」
「雪也、雪也…」
床に転がるアンドロイドは雪也を呼び続ける。
その声に反応し、這ってアンドロイドに近づこうとする雪也を再度突き飛ばした。
抑揚のない奈緒の声で雪也を呼ぶアンドロイドにも無性に腹が立つ。
「おまえもうるさいんだよっ!」
アンドロイドを力一杯投げ飛ばす。壁にぶつかりガシャン、ゴトンと大きな鈍い音がして床に崩れた。首と腕がおかしな方向を向いている。
そんな格好になってもアンドロイドは雪也を呼び続ける。
あまりにも悍ましい光景に哲郎は膝から崩れ落ちた。
「奈緒っ!奈緒っ!」
雪也が青い顔をしてアンドロイドに駆け寄り抱き起こす。
首があらぬ方向を向き、雪也を呼び続けるアンドロイドからジージーと雑音が聞こえた。雪也を呼ぶ声も徐々にゆっくりになる。
「ゆきや、ゆ、きや、ゆき……ゆ、き…」
「奈緒っ!奈緒っ!今助けてやるからな…」
奈緒の名前を呼びながら首を戻そうとする。
その必死な形相は狂気的だった。
哲郎は目の前の光景に吐き気を催したが、震えながら近づき雪也を殴りつけた。アンドロイドともども吹っ飛び床に転がる。
「雪也、目を覚ませ。よく見ろ、奈緒じゃない。おまえ、こんなもの作って…。うっ、うぅ、」
言葉が続かず泣き崩れた。床に転がる雪也が哀れで、情けなくて、傷ましくて、言葉が出ない。
何故こんなになるまで…。
嬉々として大学院に進んだ雪也。
目的はこれだったのだ。
奈緒のアンドロイドを作ること。
雪也は奈緒を忘れてはいなかった。もしかしたら皆が桜ヶ丘駅前で見た恋人はこのアンドロイドかもしれない。
「雪也…しっかりしてくれ、頼むから…。」
哲郎は雪也に覆い被さって泣いた。雪也は天井を見つめ動かなかったが、その目から涙が流れていた。
「哲郎君、ありがとう。このあとは私たちに。それとこのことは…。」
「もちろんです。誰にも言いません。」
哲郎は雪也の兄に連絡した。兄の龍也と鷹也がすぐに駆けつけてこの惨状を目の当たりにした。
二人はあまりにも変わり果てた弟の様子にたじろぎ涙した。そしてすぐにいろいろな手配をして雪也を連れて帰って行った。
この部屋に入ってからの出来事はほんの数時間、いや数十分だったかもしれない。
だが、永遠のように長く感じた。
狂った雪也と奈緒のアンドロイド。
「おぇっ…!」
思い出すと猛烈な吐き気が襲いトイレに駆け込む。何も出てこない。胃液だけが込み上げてくる。涙も止まらない。
転がるアンドロイドを残して哲朗は203号室を後にした。
「なっ…!」
ドアノブを握ったままバランスを崩し驚く雪也。哲郎は素早く中に入った。
「何だ⁉︎誰だおま…ぇ…」
雪也が問うより先に哲郎がキャップを脱ぎ捨てる。その顔を見て雪也が目を見開いた。
まさか哲郎が来るとは思っていなかったのだろう。口をぱくぱくして言葉が出ないようだ。
それは哲郎が知っている雪也ではなかった。痩せこけて髪も伸ばしっぱなしだ。落ち窪んだ目だけがギラギラと不自然なほど光っている。
「どうして此処が…。」
哲郎は何も答えず勝手に中に入る。驚いて哲郎を止める雪也の腕を払うと容易に吹っ飛んで床に倒れた。
そんな男ではなかったのに。
雪也は上位アルファだ。フェロモンも力も哲郎が敵うことはなかったはずだ。
痩せこけて力が出ないのだろう。そんな友人を哀れに思い見下ろす。
「何しに来た!出て行ってくれ!」
それを無視して廊下を突き進む。ここへは一度だけ来たことがある。弟の駿と一緒にだ。
駿は奈緒に懐いていた。奈緒は普段はクールな顔だが子どもの前では優しく柔らかい顔になる。『奈緒、奈緒』と纏わりつく駿を奈緒も可愛がってくれていた。
「やめろ!哲郎っ!」
雪也の叫ぶ声を無視して廊下の突き当たりのドアを開けた。
そこはリビングだ。
ドアを開けると大きなテレビが目に入った。
その画面は昔の映画が放映されている。
『遠い空の向こうに』だ。
雪也と奈緒が好きな映画。高校時代にその映画がいかに素晴らしいかを語っていた二人を思い出す。
画面に向かう形で置かれた大きなグレーのソファー。
そのソファーに寄りかかるように座る人物かいる。
黒い髪に華奢な肩が覗いている。
見覚えのある後ろ姿。
哲郎は震える足でその人物の前に回った。
「うっ…!」
その人物の顔を見て思わず右手で口を覆う。
奈緒だ。
奈緒だった。
しかしそれは人間ではない。
奈緒そっくりに作られたロボット。
奈緒のアンドロイドだった。
「雪也っ!おまえ…。」
ふらふらと部屋に入ってきた雪也を睨む。
虚な瞳、生気が感じられない。
「奈緒だ…。」
雪也が奈緒のアンドロイドに近づきそっと頬に触れる。
ゾッとするような光景に哲郎は思わずアンドロイドの頬に添えた雪也の手を思いっきり叩いた。
「あっ!」
その勢いでアンドロイドがソファーから転がり落ちた。
ゴトンと無機質な音が響く。
「雪也…雪也…」
ひっくり返ったアンドロイドが雪也を呼ぶ。声まで奈緒にそっくりだ。おまけにぱちぱちと瞬きまでする。
「奈緒っ!」
雪也がかがみ込みアンドロイドを抱き起こそうとする。
そんな雪也を哲朗は突き飛ばした。
「雪也っ!おまえ何やってんだよっ!目を覚ませ!」
「雪也、雪也…」
床に転がるアンドロイドは雪也を呼び続ける。
その声に反応し、這ってアンドロイドに近づこうとする雪也を再度突き飛ばした。
抑揚のない奈緒の声で雪也を呼ぶアンドロイドにも無性に腹が立つ。
「おまえもうるさいんだよっ!」
アンドロイドを力一杯投げ飛ばす。壁にぶつかりガシャン、ゴトンと大きな鈍い音がして床に崩れた。首と腕がおかしな方向を向いている。
そんな格好になってもアンドロイドは雪也を呼び続ける。
あまりにも悍ましい光景に哲郎は膝から崩れ落ちた。
「奈緒っ!奈緒っ!」
雪也が青い顔をしてアンドロイドに駆け寄り抱き起こす。
首があらぬ方向を向き、雪也を呼び続けるアンドロイドからジージーと雑音が聞こえた。雪也を呼ぶ声も徐々にゆっくりになる。
「ゆきや、ゆ、きや、ゆき……ゆ、き…」
「奈緒っ!奈緒っ!今助けてやるからな…」
奈緒の名前を呼びながら首を戻そうとする。
その必死な形相は狂気的だった。
哲郎は目の前の光景に吐き気を催したが、震えながら近づき雪也を殴りつけた。アンドロイドともども吹っ飛び床に転がる。
「雪也、目を覚ませ。よく見ろ、奈緒じゃない。おまえ、こんなもの作って…。うっ、うぅ、」
言葉が続かず泣き崩れた。床に転がる雪也が哀れで、情けなくて、傷ましくて、言葉が出ない。
何故こんなになるまで…。
嬉々として大学院に進んだ雪也。
目的はこれだったのだ。
奈緒のアンドロイドを作ること。
雪也は奈緒を忘れてはいなかった。もしかしたら皆が桜ヶ丘駅前で見た恋人はこのアンドロイドかもしれない。
「雪也…しっかりしてくれ、頼むから…。」
哲郎は雪也に覆い被さって泣いた。雪也は天井を見つめ動かなかったが、その目から涙が流れていた。
「哲郎君、ありがとう。このあとは私たちに。それとこのことは…。」
「もちろんです。誰にも言いません。」
哲郎は雪也の兄に連絡した。兄の龍也と鷹也がすぐに駆けつけてこの惨状を目の当たりにした。
二人はあまりにも変わり果てた弟の様子にたじろぎ涙した。そしてすぐにいろいろな手配をして雪也を連れて帰って行った。
この部屋に入ってからの出来事はほんの数時間、いや数十分だったかもしれない。
だが、永遠のように長く感じた。
狂った雪也と奈緒のアンドロイド。
「おぇっ…!」
思い出すと猛烈な吐き気が襲いトイレに駆け込む。何も出てこない。胃液だけが込み上げてくる。涙も止まらない。
転がるアンドロイドを残して哲朗は203号室を後にした。
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