善夜家のオメガ

みこと

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葉月

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「はぁ、疲れた…。外人のアルファってすごい押しが強い…。」

ホテルのパウダールームで顔を洗い、乱暴に蝶ネクタイを外す。
葉月は姉の美月とパーティーに来ていた。ロンドンの某ホテルで開かれているアルファとオメガの集団見合いのようなパーティー。
アルファは皆、名家や富豪の子息ばかりだ。オメガもそれ相応の者でないと招待されない。
選ばれし者の集まり。
美月のコネで招待券を手に入れた。
やむ得ない理由でこのパーティーに出席したが、葉月にはあまり興味のないパーティーだ。
アルファたちは自信過剰で、オメガは皆媚びを売るのに必死だった。
一歩引いて見るその様子はあまりにも滑稽だ。
『ピロン』
胸ポケットのスマホが鳴った。
詩月からだ。北海道旅行中の彼は行く先々の観光名所や食べた物を送ってくれる。その写真には必ず健人が写り込んでいた。

「あいつ。わざとだろ…。」

カニとイクラがこれでもかと乗ったどんぶりとそれを横から食べようとする健人。
函館山の景色。自撮りする詩月にべったりくっついている健人。
二人は本当に幸せそうだ。この間、番いになり健人の両親とともに健人父親の実家に顔見せに行っている。
健人は三歳の頃から詩月に惚れている。その想いは全くブレず今でも詩月一筋だ。
それもそのはず、二人は運命の番いなのだ。
従兄弟の奈緒によって証明されている。どうやって証明されたのかはあえて聞かないが…。

「帰ろ…。」

明日は大英博物館に行く予定だ。むしろこちらが本当の目的。親の金でたっぷり観光しようと決めていた。
葉月が顔を上げると誰かが入ってくる気配がした。
おそらくアルファだろう。フェロモンに敏感な葉月には分かる。声をかけられたら面倒だと思い、奥にあった個室に隠れた。

「サイード、良いオメガ居たか?」

「ふんっ!居るわけないだろ。あんな下品な種族。」

「おまえなぁ。相変わらずお堅いな。どれも皆んなかわいかったじゃないか。俺はあのミシェルが良いな。カリーナも悪くない。アジアの彼も良かった。」

「どっちでもいい。どれも変わらんだろ。」

どうやら今日のパーティーに出席していいアルファだ。一人は嬉々としているが、もう一人はオメガが嫌いらしい。

「あぁ、おまえにはコリンがいるもんな。」

「…。」

「アルファで男同士だからな…。お父上は?」

「ダメに決まってるだろ。聞くまでもない。まあオメガよりはマシかもな。」

オメガ嫌いの男は心に決めた人がいるらしい。だがそれは許されない恋のようだ。
狭い場所で葉月が身体を動かずと立てかけてあった掃除用具がガタンと音を立てて倒れてしまった。

「誰だ!誰かいるのか?」

葉月の方に近づいてくる足音がする。隠れても無駄だと悟った葉月は扉を開けて外に出た。

「あっ!君、アジアの美人!」

「隠れて盗み聞きか。所詮オメガだ。薄汚い。」

やや浅黒い肌で彫りの深い男、おそらく中東系だろう。葉月を軽蔑するような目で見下ろす。

「サイード、失礼だろ?」

「こいつに言葉が分かるわけない。」

完全に葉月のことを馬鹿にしている。葉月は語学が得意だ。英語にフランス語、ドイツ語と中国語が少し。
二人の会話は英語だ。もちろん葉月には理解できている。

「…。」

何も言わない葉月にサイードと呼ばれた男がふんと、鼻で笑った。

「ほらな?分かってないだろ?アルファに寄生する薄汚い…」

「薄汚いのはどっち?」

「え?」

サイードが葉月の言葉に驚く。

「知りもしない相手に、失礼な言葉を吐く君の方が汚いんじゃない?それと、その英語、なまってるから直した方がいいよ。」

「なっ!」

「それと、オメガが皆んなアルファに寄生したいと思ったら大間違い。特に君みたいなアルファなんてこっちから願い下げだね。」

怒りで震えるサイードの横を澄ました表情で通り過ぎてパウダールームの外に出た。後ろで何か言っていたが振り返らずそのままホテルを後にした。



「本当、最悪っ!」

サイードを思い出してイラつきながらベッドに寝転がる。
スマホを見ると美月から連絡が入っていた。

「あ、しまった。ムカついて美月に何も言わずに出てきちゃった。」

面倒だな、と思いながら美月に折り返すと案の定怒っている。適当に謝りながら電話を切った。
何もしてないとイライラするのでスマホで明日の予定を立てる。
大英博物館は一日では見きれない。
エジプトのミイラやギリシャの彫刻。アステカの双頭の蛇、ロゼッタストーン。想像するだけでウキウキしてくる。
葉月はさっきのアルファのことも忘れて、明日のことを考えていた。



ホテルからハイヤーで大英博物館に向かう。地下鉄や電車も考えたが、一人では危険だと言われて諦めた。
大英博物館の少し手前で降ろしてもらう。歩きながら街を眺めたい。

「うわー、すごい人。」

たくさんの観光客でごった返している。
アルファやオメガもいる。フェロモンに敏感な葉月はそれだけで酔いそうだ。

「そうだっ!」

葉月は鞄から薬を取り出した。
奈緒にもらったフェロモンを感じなくなる薬。極秘で研究中の薬だ。正確には感じる力が鈍くなると言っていた。それを持っていた水で流し込む。

「よし、これでフェロモン酔いしないぞ!」

周りを散策しながら歩く。かわいいカフェや土産物屋、雑貨屋など着くまでに一日が終わってしまいそうだ。

「あ、あれかわいい!」

雑貨屋の軒先にアヌビスがプリントされたTシャツが飾ってあるのが見えた。葉月がそこを目指して歩くといきなり路地から出てきた男にぶつかる。

「痛っ!」

「あっ、すまない…。」

その男はふらつく葉月を支えたかと思ったら急に抱き付いてきた。
大きな身体を縮めて華奢な葉月の身体に隠れるように路地の影に隠れる。

「ちょっと…。」

「しっ、追われてるんだ。このままで頼む。」

「え?」

葉月が固まっていると何人かの男が路地を通り過ぎた。
言葉は分からないが誰かを探しているようだ。葉月の方に顔を埋める男をチラリと見る。
追われているのは本当らしい。その男の額にはうっすらと汗が滲んでいる。
葉月は肩にかけていたストールをふわりとその男にかけて隠した。

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