善夜家のオメガ

みこと

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葉月

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バタバタと怪しげな男たちが通り過ぎて行く。しばらくすると周りが静かになった。

「あの、もう誰も居なくなりましたよ?」

「…ありがとう。」

葉月のストールを脱いで男が顔を上げた。
褐色の肌に意志の強そうな瞳。ゆるくウェーブがかった艶やかな黒髪。
その顔を見た瞬間葉月は目を丸くした。

「あっ!」

「…ああ!おまえは!」

その男は昨日のパーティーであったあの男。
オメガ嫌いの失礼なアルファだった。
相手も葉月に気がついたようだ。

「ちょっと、いつまでくっついてるんだよっ!」

「えっ、あ、あぁ。」

「あんただったら助けなかったのに。」

「おまえな…。」

サイードはバツの悪そうな顔をする。昨日、あんな事を言ったオメガに助けられたのだ。

「じゃあね。僕、忙しいんだ。」

「またパーティーか?」

「は?あんなの付き合いで行ったんだよ。僕の目的はあれ。」

葉月は意気揚々と大英博物館を指差す。
サイードは唖然としていた。
オメガなのにあのパーティーへ行かないことに驚いている。
世界中の富豪が集まるパーティー。招待状をもらうだけでも大変名誉なことだ。
オメガならあのパーティーでより良いアルファを捕まえるのに必死なはずだ。
それに行かずに大英博物館に行くと言っている。

「大英博物館?」

「そ。じゃあね。」

サイードに被せたストールを取り上げて肩にかけ直す。
颯爽と歩き出そうとする葉月の腕をサイードが掴んだ。

「え?何?」

「このまま俺を見捨てるのか?」

「はぁ?」

「追われてるんだぞ。捕まれば命はない。」

「そんな事言われたって。僕は知らないよ。」

なんて図々しやつだ。昨日あれだけ大口叩いたのに、と葉月は呆れた。
彼がどうなろうと知ったこっちゃない。
…ないはずだ。
だが、もしこのアルファに何かあったら良い気分はしない。命がないとか言っていた。
面倒なことに巻き込まれたなと、葉月は縋るような目の男を見てため息をついた。

「何で追われてるんだよ。」

「そ、それは…。」

サイードが目を逸らして口ごもる。

「犯罪者とかじゃないよね?」

「は?そんなわけないだろ。家のことで追われてるんだ。いわゆるお家問題とかいうやつだよ。」

力なく項垂れるサイードを見て葉月は再度大きくため息をついた。

「…分かったよ。」

「そうか!感謝する。」

「でもあそこには行くからね。」

「え?博物館か?」

サイードは驚いて葉月を見る。匿って欲しいと言っているのに人混みの中に行くとは…。

「あれだけ人がいるんだから分からないよ。まぁ、でもその格好をなんとかしなきゃね。」

上等なスーツに身を包んだサイードを上から下まで見る。
その格好は彼の精悍さを際立たせ、余計に目立ってしまう。

「そうだ!あれを着なよ。」

目を輝かせた葉月が指差した先にはアヌビスがプリントされているTシャツがあった。






「おい、本当にこれでいいのか?」

「うん。いい。絶対にバレないよ。」

サイードはアヌビスのTシャツにタボっとしたテーパードパンツにスニーカー、さらには帽子とメガネをかけさせられた。

「それくらいのダサさが良いんだよ。普通っぽくて良い!」

「おまえ、ダサいって…。」

「あのさぁ、おまえはやめてくれる?」

「あ、すまない。えっと…。」

お互い名前も知らない。あのパーティーに来ていたくらいなのできちんとした身元であることは確かだろう。

「葉月。僕の名前。」

「葉月か。私はサイードだ。」

「そ。よろしくね。」

「ああ。」

二人は大英博物館に向かって歩き出した。
大勢の観光客に紛れるとサイードは違和感なく、すんなりと溶け込んだ。
二人でいろいろな場所や展示物を見学する。意外なほどサイードは博識で葉月と趣味も合った。

「あ、あれ!アヌビス!」

「ああ。」

「うわーっ!パンフレット通りだ!」

「ふふ、そうだな。アヌビスは死者の神だろ?墓場の神とも言うけどなんでそんなに好きなんだ?」

「アヌビスは自分の親であるオシリスを飲み込んだんだ。それで冥界の神となった。自分の親を飲み込み神様になるなんてすごいよね。」

「ふーん、そうか。葉月もそうなりたいのか?」

「別に…。母さんを飲み込んだって、不味そうだし。」

「母さん、か…。」

バースは平等になりつつあると言われている。しかしそんなものは表面上だけだ。アルファを頂点としたピラミッドは崩れることはない。
特にオメガは政治や家の繋がりの駒にされることが多い。
サイードの国もそうだ。オメガは虐げられ差別され、結婚すら自分の意思で出来ない。
きっと葉月にも何かしらの悩みがあるのだろう。
自分の人生を自分で選べない悔しさや悲しさはサイードにもよく分かる。

「まあ、色々あるよな。」

ポンと大きな手で葉月の頭を撫でた。
葉月の口から真っ先に母のことが出た。母と間に何かあるのかもしれない。
サイードのはオメガが嫌いだ。何度ハニートラップをかけられそうになったことか。サイードの番いになり子を孕めば安泰なのだ。
しかしそれはそうせねばオメガは真っ当な人生を歩めないからかもしれない。
そう思うと今、隣にいるオメガが不憫に思えてきた。

「あのさ、そんな顔しないでよ。同情なんていらないからね?」

「え?」

「そりゃ、うちは色々あるよ。でもそんなのうちだけじゃないだろ?みんな口にはできない悩みや家の事情があるはずだ。それに流されるか抗うかは自分次第なんだ。」

「…。」

サイードは驚いて葉月を見た。
華奢で美しい目の前のオメガは意外にも強くしなやかだった。ふっと不敵に微笑み力強く歩き出す。
こんなオメガもいるのかと、サイードは慌てて葉月のあとを追いかけた。
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