善夜家のオメガ

みこと

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葉月

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「殿下、そろそろ…。」

「ん、あと五分。」

アーシムが葉月に抱きついて顔中にキスをしているサイードにもう何度目かの声をかける。
すでにアーシムには隠す気はないようだ。

「早く、行きなよ。ん、アーシムさんが、困ってるだろ?んんっ。」

「もう少し…。」

「もうお時間がございません。殿下…、」

「…。」

葉月に夢中でキスをするサイードにまた声をかけるが無視だ。

「いつまでやってんだよ。アーシムさん、連れてって!」

葉月がサイードを引き剥がすと半泣きで葉月を呼び続ける。
まるで駄々っ子だ。

「電話するから。ね?あとメールも。」

葉月が優しく慰めると今度はムスッとした顔で葉月を睨んだ。

「…分かった。浮気するなよ。」

「しないよ。サイードもね。」

「するわけない。俺は葉月だけだ。他の男に触らせるなよ。髪の毛一本でもダメだ。それから、話すのも、目を合わせるのも…。」

「うーん、それは善処する。」

「葉月っ!」

「アーシムさん!早く。」

「はい。」

また抱きつこうとするサイードをアーシムが引きずるように連れて行った。

「はぁ。本当にあれで王子かよ。」

しばらくして葉月が窓の外を見下ろすと人たがりが大きく動いた。
モーゼのように分かれ人だかりの間をサイードの乗った車が通る。警備員たちが必死で誘導しているのも見える。車は公道に出て曲がり、あっという間に見えなくなった。
その車が消えていった方向を眺めているとポコン、と葉月のスマホが鳴る。

『葉月、愛してる。』
『また、会いに行くから良い子にしてるんだぞ。』
サイードからのメッセージだ。

「良い子って…。」

『僕も愛してるよ。』
『サイードも良い子にね。』

そう送り返してクスッと笑った。






「ただいま~。」

三日ぶりの我が家だ。特に変わりない日常が始まる。こう見えて受験生なのでやることはたくさんあるのだ。
葉月はR大学に進学を希望している。奈緒が研究者として働いている大学だ。葉月もバースの研究をしたいと思っている。
もうすぐ推薦入試なので今が頑張りどきだ。
教師からは合格の太鼓判を押されているがそれでも気は抜けない。

キッチンでコーヒーを淹れていると、先ほどからずっと視線を感じる。

「何だよ、さっきから。」

壁に隠れて葉月を見ている詩月と健人に声をかけた。

「気づいてたの?」

「当たり前だろ?バレバレ。」

なんだ、と言いながら二人が葉月の前にやって来た。

「コーヒー飲む?」

「ううん。それより!どこ行ってたの?」

詩月と健人の目が興味津々だ。

「え?別に…。」

「別にじゃないだろ。サイード王子が訪日してたんだろ?そんで今日帰国した。そしたら葉月が帰ってきた。これはじっちゃんの名にかけて二人は会っていた!」

得意げに健人が言う。隣で詩月もうんうんと大きく頷いていた。

「何がじっちゃんの名にかけてだよ。おまえなんて見た目は大人、頭脳は子どものくせに。」

「何だよそれ。逆だろ?」

「ちょっと二人とも!ケンカは後で!で?葉月?」

「…その名探偵の言う通りだよ。」

「「えーーーっ!!!」」

二人は目を丸くして驚いている。

「やっぱり!」

「マジかーっ!」

キャーキャー大騒ぎしている二人をじとっと見た。

「うるさいなぁ。」

「葉月は将来、王妃になるんだな。すげーっ!」

「え?」

「だってそうだろ?王子と、しかも王位継承第一位の王子だそ?」

王妃…。
そうだ。健人の言う通り、サイードは王子だ。しかも王位継承第一位。サイードの相手は必然と王妃になるということなのだ。
オメガ嫌いの国にオメガの王妃…。
あり得ない。
サイードと葉月にこれからの未来なんてないのかもしれない。
そう思うとあんなに楽しかった気持ちが沈んでいく。

「そんなの分からないよ。この先どうなるかなんて…。」

まだ盛り上がっている二人を置いて葉月は自分の部屋に戻った。






「殿下、聞いてますか?」

「へ?」

ふにゃふにゃと締まりのない顔をしているサイードにアーシムが呆れ顔だ。
プライベートジェットの中で明日からの予定の確認をしているが全く聞いていない。
ずっとスマホを眺めてニヤニヤしているのだ。

「はぁ…。殿下、幸せなのは分かります。でも気持ちを切り替えて下さい。あなたにはやらなければならないことがたくさんおありでしょう?」

「分かってる。おまえはいちいちうるさいんだよ。」

小さくため息をついてアーシムがサイードに近づいて耳打ちする。

「葉月様とのことを認めてもらうにはいろいろと大変ですよ。そのためには大きな実績を残し、誰にも反対させない力が必要です。」

「…分かってる。」

アーシムの言葉に急に現実に引き戻されたサイードはスマホの画面を眺めた。そこには気持ち良さそうに眠る葉月がいた。
アグニアで葉月を認めてもらうにはかなりの難事だ。父のファールークが良い返事をするとはとても思えない。王族は皆アルファだ。サイードの結婚相手も当然アルファだと思われているはず。
サイードはスマホの画面の葉月を指で撫でる。
反対されたからといって諦められるだろうか。
それは否だ。
そうなったらアグニアを捨ててでも…。

「殿下、あなたの考えていることは分かります。時を待ちましょう。」

「時を待つ?」

「はい。今こそアグニアは転換期です。バースについて考え、改めなければならない。そのためにはあなたの強い意志が必要です。そして皆が従うだけのお力も。」

いつになく真剣なアーシムの言葉にサイードは頷く。
葉月のことは必ず手に入れる。そしてアグニアも。
サイードは自分の決意を誓うようにスマホの画面にキスをし目を閉じた。


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